第37話 ミスリル

 最後は宝石加工の工房だ。

 ここでは宝石の加工から土台となる金属の加工までの一連の作業を同じ建物の中で行っていた。

 デザイナーもいるようで、アクセサリーの図案を持ち寄って議論を交わしたり、職人に指示を出したりしている。

 売れっ子のデザイナーにもなれば高貴な貴族から直接注文が来るようになり、一品物ということも相まって、物凄く儲かるらしい。

 我々側は主にお金を支払う方なので詳しくは知らないが。

 我がガーネット公爵家でもいくつか贔屓にしているお店や職人、デザイナーがいる。

「このようにして作られていたのですわね。こんなに繊細な作業を手作業でやっているだなんて、感心しますわ」

 そう。小さな加工は全て職人の手作業である。魔法を使えば簡単にできそうな気がするのだが、聞いたところによると、そんなに細かな作業を魔法でするなんてとても無理だということだった。

 魔法は細かな作業には向いていない。これはこの世界の常識のようだ。

 細かな作業を魔法でするには、とてつもなく繊細な魔力操作能力が必要とされる。そのような繊細な魔力操作ができる人はほとんどいないらしい。

「あたしならムキー!って、なってるわね」

 大雑把フェオならやりかねない。そういえば魔力を沢山流すと柔らかくなるみたいだから、それを併用すれば少しは加工し易くなるのではなかろうか。帰ったら試してみよう。

 この工房では熱で溶かした金属を型に入れ、冷ました後に型から取り出して磨き上げる方法をとっていた。

 一品物はここからさらに職人が叩き上げ、加工する。

 使われている宝石のカットには、かなりの種類がある、ように見えたが、どうやらそれぞれ職人の個性があるらしく、好きなようにカットしていた。どうやらまだ系統だったカットの方法はないようだ。

 それならば、今度クリスティアナ様達のために作るアクセサリーは宝石をブリリアントカットにしてみようかな?透明度の高い宝石を加工すれば光輝くはずだ。

 土台となる金属には魔方陣を組み込んでみるのもいいかも知れない。

 魔道具の工房で見たのは円形の魔方陣ばかりだったが、紋様を連ねて描いて、最初と最後をくっつければ魔方陣として認識されるのでは?と軽く思っている。

「フェオにも身につけられるサイズのアクセサリーがあったら良かったんだけど、小さすぎて難しそうだね。腕輪くらいなら何とかなるかもしれないけど、どうかな?」

 指輪やネックレスは多分無理だが、腕輪サイズなら、人でいうところの指輪サイズに近いので何とかなるかも知れない。

「え!シリウスが作ってくれるの!?」

「もちろん。クリスティアナ様だけだと拗ねるでしょ?」

「もちろん!拗ねる拗ねる!」

「わ、私にも作って下さいますの?」

「ええ。ですが素人が作るものなので、あまり期待しないで下さいね」

「わ、分かりましたわ。期待しないで期待して待ってますわ」

 クリスティアナ様は大分混乱しているらしく、瞳を輝かせてこちらを見ている。

 もちろん、エクスの分もあるよ。え?首輪がいい?いや、それ、ペットが付けるものだからさ、別のにしよう。そうだ、ペンダントにしよう。首輪と同じように首につける物だから似たようなものだよ。

 こうして無事に情報収集を終えて宝石加工の工房を後にした。

 途中にお昼も挟みながらのお出掛けだったので、家に帰り着いた頃にはかなり日が傾いていた。

「予定よりも大分帰りが遅くなってしまいました。申し訳ありません」

「気になさらないで下さいませ。とても楽しかったですわ。またシリウス様とご一緒に出掛けたいですやわ」

「うんうん、楽しかったよね~」

「ありがとうございます。それでは今度は美味しいスイーツを食べに行きましょうか」

「美味しいスイーツ、あり」

 エクスが親指を立てた。どこで習ったことやら。

 そうやってサロンで寛いでいると、夕食の準備ができたと声がかかり、ガーネット公爵家での晩餐会が始まった。


「シリウス、何やってるの?」

「ん?指輪の加工の下準備だよ」

 そう言いながらも、シルバーインゴットから指輪に使うだけの銀を切り出そうとして、悪戦苦闘していた。

「まあ、早速お作りになられるのですわね」

「ええ、銀製なので、大した物ではありませんがね。エクスの話では魔力を沢山流すと柔らかくなるみたいなので、ひとまず試してみようかと思いましてね」

「そのような話、初めて聞きましたわ」

「私もですよ。何かの本に載っているのかも知れませんが、金属加工の本はあまり読んだことなかったので盲点でしたね。もっと幅広い知識が獲られるように、今まで手にしてなかった分野の本も買い集めないといけませんね」

「シ、シリウス様、早めにアレクサンドリア図書館を作りましょうね」

 何故か引き吊った様子でクリスティアナ様が言ってきた。

 エクスの言った通り、魔力を通すと銀が柔らかくなってきた。熱を加えてないので火傷などの心配もなく、とても安全だ。そうして柔らかくした銀から、指輪に使うだけの銀を引き千切った。

「銀を引き千切るってどんな状況!?シリウス、本当に人族なの?」

「いやいや、銀が柔らかくなっているからだよ。ほら」

 そう言ってフェオにも柔らかくなった銀を触らせた。

「本当だ。何か、プニプニして気持ち悪い」

 ツンツンと嫌そうにつつくフェオ。スライム系はやはり苦手らしい。

「ホント、不思議ですわねぇ」

 クリスティアナ様もツンツンしていた。

 どのくらいの時間柔らかくなっているのかな?

「ねえ、もっと魔力を込めると水みたいになるのかな?」

「どうだろう?ちょっとやってみようか」

 魔力を通すのと、魔力を込めるのは少し違うが、まあ、似たようなものだろう。そう思って銀に魔力を込めだ。

「なんだか色が変わってきておりませんか?」

「ですよね、クリスティアナ様。なんだか青みがかってきたような気がしますよ。これってまさか」

「ん、ミスリルになった」

 エクスが親指を立てて言った。気に入ったのかい、そのポーズ。

「な、何だってー!」

「えええええー!!」

「ブフッ」

 一人、フェオが吹き出した。

「フェオ君・・・?君、分かっててわざと言ったよね?」

「ちょ!待ってシリウス!誤解よ、誤解。魔力溜まりに銀があると、長い時間をかけてミスリルになるって話はあったけど、銀に魔力を込めるとミスリルになるなんて聞いたことないから!」

「フェオは魔力を固めればオルハリコンになるってエクスが言っていたのを聞いていたよね?だったら予想つくよね?」

 静かにフェオに近づいた。

「何で言わなかったのかなー?お仕置きが必要かなー?」

 銀に魔力を込めるとミスリルになる。これは世紀の大発見だろう。何せ、天然資源のレアメタルのミスリルを作り出すことができるのだ。

 ミスリル製の杖や武具は非常に強力であり、どの国も喉から手が出るほど欲しがっている。そんなものが簡単に出回るようになったら、恐らく世界は混乱するだろう。

「お、お仕置きって、エッチなことするつもりでしょ!?」

 怯んだフェオが自分の体を抱きしめた。

「まさか。フェオをスライムベトベトの刑に処そう」

 フェオの顔色が真っ青になった。そんなに嫌か。

「ごめんなさい」

「うん、素直でよろしい。今度からは事前に報告するか、止めるように」

「はい・・・」

「分かりましたわ」

「ん、そうする」

 何故かクリスティアナ様とエクスも神妙に頷いた。そんなに嫌か、スライムベトベトの刑。

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