第32話 タウンハウス②

 王都のタウンハウスの庭は、城の庭と比較するまでもなく、うんと狭かった。

 それもそのはず。城下の高位貴族が集う土地は限られており、さすがの公爵家でも土地の広さまではどうしようもなかった。

 しかし、小ぶりであるがゆえに隅々まで丁寧に手入れが行き届いた庭には、春の足音がもうすぐそこまで来ており、庭の花達は今か今かと開花の時を待ち望んでいた。

「素敵・・・!」

 そう呟き、妖精のフェオは歓喜に震えていた。

 腐っても妖精。美しい自然が大好きなのだ。

「人の手が入らない森もいいけど、こんな風に誰かが整えたお庭もいいわね!」

 ランランとまるでスキップでもしているかのように飛び跳ねながら庭を満喫している。

 庭師達には後でお礼を言っておかないとな。

 その後もクリスティアナ様とエクスと手を繋ぎながらゆっくりと庭を巡り、ようやく肩の力が抜けたのを感じた。

 家に帰ってきたという実感を改めて噛み締めた。

 城にいるときは緊張など感じない、肩に力など入っていないと思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。

 自然と一体となり、リフレッシュしたことでようやくその事に気がついた。これからはもっと自然とふれ合い、悪いものが体の中に溜まる前に吐き出そうと思う。

 クリスティアナ様も同じ気持ちになってくれてるといいな。


 夕食の晩餐はとても豪華なものとなっていた。

 それもそのはず。久しぶりに家族が揃ったのてま、料理人達も、使用人達もとても張り切っているのだ。

 だがしかし、城よりも豪華な食事が出てくるのはどうかと思う。公爵家、恐るべし。

 それに気がついたクリスティアナ様の目は若干開き気味だった。そりゃ、驚くわな。

「すっご~い!お城で食べたときよりも豪華じゃん!」

 ああっ、フェオ、それ以上はやめてあげて!

 城の料理では見かけなかった料理が目の前に並び、興奮気味のフェオは、クリスティアナ様の引き吊った様子にも気が付かずにあちこち飛び回っていた。

 エクスはまだかまだかとウズウズした様子でチラチラとこちらを伺っていた。・・・エクスって食いしん坊キャラだったのか。よくよく考えると、確かに良く食べていたなぁ。本体が剣なだけに太らないようだが、この事を言ったらクリスティアナ様の機嫌を損ねそうなのでやめておこう。

「気にいって貰えたようだね。それでは皆で食べるとしよう」

 お父様の言葉を皮切りに、家族揃って食べ始めた。

 久しぶりの家族の団欒。この冬にあった出来事を語り合いながら、ゆっくりとした時間が流れた。

 そしてその結果、お前は少し自重するように、と釘を刺された。俺のせい、なのか?何だか解せない。

 食後の入浴も済ませ、ようやく自室に戻ってきた俺は、ゴロリと整えられたベッドの上に行儀悪く寝転んだ。二人がぐちゃぐちゃにしたベッドはいつの間にか綺麗に整えられていた。

 それにしても散々だった。風呂に入ろうとしたら、当然の如く三人娘が入ろうとしてきて大騒ぎになり、さすがにそれは不味かろうと、三人娘はお母様と一緒に入ることになったのだが、それなら皆で入りましょう、とお母様が言い出して、お父様と二人で全力でお断りした。2対4では分が悪く、押しきられそうになり、お父様と二人顔面蒼白になっているところを、常識ある執事長や使用人達によって何とか回避した。本当に疲れた。

 先ほどの状況を思いだしため息をついていると、フェオとエクスがのし掛かってきた。

「どうしたのシリウス?ため息なんかついちゃって」

「マスター不機嫌?」

 ちょこんと首を傾げるエクス。日に日に人間としての動きを身につけているようで、その仕草が段々可愛らしくなってきている。

「いや、お風呂の件でさ・・・」

 あはは、と苦笑いをした。

「あ~、一緒に入れなくてやっぱり残念だったのね」

「違う、そうじゃない」

 すぐに否定し、俺はまた深いため息をつくことになった。

 気を取り直して。

「二人とも、明日、何処か行きたいところはあるかい?」

 外に出る機会があまりなかった二人には、是非ともこの公爵家に帰省している期間くらいは好きな所に、興味のある場所に連れて行きたかった。

 そのままベッタリとひっついた状態で、二人はあれやこれやと行きたいところ、興味のある場所を話してくれた。

 明日からは存分に楽しもう。クリスティアナ様も含めて三人で。それにしても、クリスティアナ様は久々の一人での就寝になるが、一人で大丈夫かな?念のため、フェオを付けておくべきだったかな?

 トントン

 ドアを小さくノックする音が聞こえた。まさか・・・

 素早くドアに駆け寄り、ソッとドアを開けた。

 そこには予想通り、枕を抱き抱えた寝間着のクリスティアナ様が申し訳無さそうに俯いて立っていた。

 せめてガウンくらいは着てきなさい!他の人に見られたらどうするのですか!?

「クリピーじゃん!来るの遅いよ!」

 フェオは歓迎ムード。今さらこの状況が本来ならやや非常識であることなど、思いもよらないだろう。

 クリスティアナ様を部屋に招き入れて、いつものように四人で眠りについた。


「今日は城下に行って来ます」

 時は朝食時。俺がそう宣言すると、もはや諦めたかのようにお父様が許可をくれた。

 昨晩のことはすでに両親には知られており、もはや打つ手なし、とみなされたようだ。

 何だか問題児に拍車がかかったようだが、今更だ、と開き直ることにした。他人に迷惑をかけなければいいじゃない。

「せめて何処に行く予定くらいかは教えてくれ」

「分かりました。予定表を作ってお渡しします」

 そして昨晩の内にフェオとエクスと共に考えておいたプランを紙に書き、使用人に手渡した。

 これで下準備は万全だ。さあ、街へ繰り出そう!

 ガーネット公爵家の家紋を堂々と掲げた豪華な馬車が館の前に止まった。この家紋だけでも大きな抑止力となるのだが、この馬車が止まった店は戦々恐々となるという諸刃の剣でもあった。

 だが、中からあどけない子供達が出てくれば、きっとそれほどの騒動にはならないはずだ。

「それでは行って参ります」

 見送りに並ぶ両親やその後ろに整然と並ぶ使用人達に見送られ、俺達は街へ繰り出した。

「全く、どうしてこうなった」

 頭を抱える公爵家の当主。その隣にはニコニコと微笑む公爵夫人。

「よいではないですか。ダーリンも昔はよくやっていたことでしょう?お義父様に何度か苦言を言われたことがありますわ。シリウスはやっぱり私達の子供なのだと安心しましたわ」

「ああ、似て欲しくないことばかり似るものだな。しかし私はあそこまでの騒動は起こさなかったぞ?」

 ため息混じりにそういうと、夫人はウフフと笑いながら、

「シリウスは後の世に名を残すのかも知れませんね」

 と言った。それを聞いた夫は、もうなっとる!と言いたかったが、それをグッと堪えた。それを認めるには、シリウスはまだ若すぎたのだ。

 成人と認められる年齢にも達しておらず、それどころか、まだ魔法を正式に使うことを認められる年齢である10歳にも達していないのだ。

 しかし、シリウスはそんなことはお構い無しに数々の功績を残しており、恐らくはこれからも何かしらをやらかすことだろう。

 息子の功績を誇りつつも、まだ幼い息子を心配する親心はいつまでも尽きなかった。

 そして恐らく、シリウスが成人してもその思いは尽きることないだろう。

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