第24話 小さな英雄②
「犯人、出てこなかったね~」
「そうですわね。ですが、これだけ警戒されていては、さすがに犯人も犯行を起こせないのではないでしょうか。シリウス様はどう思われますか?」
「ソウデスネ」
ここは王族専用の広いお風呂。普段使わせてもらっている風呂も広かったが、ここはさらに広かった。大理石で造られた床や壁、何だったら湯船も大理石である。端々に黄金の装飾が幾重にも施されており、とても豪華だ。どういう原理かは知らないが、緑の植物がいくつも壁や床を這っていた。
そして、そんな風呂に浸かる三人。口は災いの元。昔の人は良く言った物だ。
「あの、クリスティアナ様、このことを国王陛下はご存知なのですよね?」
「いいえ。お母様に相談したら、きっと駄目だと言うからナイショで一緒に入りなさい、と言われたのでそうしましたわ」
国王陛下はご存知ない!?終わった、バレたら終わる。透明になる秘密アイテムが欲しい。
「それにしてもクリピー、おっぱい大きいよね」
「ファ!?どこを見て・・・って、フェオ!なんで裸なんですか!」
全裸で空中に浮くフェオをクリスティアナ様は両手で掴み、慌てて抱え込んだ。思わずクリスティアナ様の胸に行きかけた目を全力で反らした。
「何でって、ここお風呂だよ?服、脱ぐよね?」
「そ、それはそうですけど・・・で、でも普通はタオルを巻きますわよ!?」
「あー、シリウスが、湯船にタオルをつけるな!って、いつも一緒にお風呂に入る時に言うから、貴族のお風呂の常識なのかと思ってたよ」
「は?いつも一緒に裸でお風呂に・・・?」
温かいはずのお風呂が一気に氷点下まで冷えた気がした。
湯船に入る前に体を洗うこと、湯船にタオルを浸けないことは日本では常識だ。それを遵守して何が悪い!とは、とても言えそうな雰囲気ではない。矛先を別の方向に向けなければ。
「そ、そう言えば、怪しい人物は居ましたよ?」
「え!」
「え!どこに?」
やったぜ。
「実は、私達に近づく人を魔法で数えていたんですが、そうしたら、1人だけやたらに範囲内に入る人がいたのですよ。ただ、番号でその人を判断しているので名前までは分かりませんがね」
「いつの間にそんな魔法を・・・何と言う魔法なのですか?」
「や、野鳥の会、です」
「野鳥の会~?相変わらず変な魔法名をつけるよね。何でその名前なの?」
「や、野鳥を数える時に使う魔法だからだよ」
「なぜ、野鳥を数える必要があるのですか?」
「し、自然保護のためかな?」
「こんなにいっぱい魔境が残っているのに~?」
そうなのだ。この世界には魔境と呼ばれる、手付かずの自然が残っている場所が広く存在しているのだ。故に自然保護などする必要がなく、逆に魔境を減らして人が住める場所を確保している地域もあるのだ。
「デスヨネ」
二人からは残念な人を見る様な目で見られているが、当初の目論み通り話を反らすことができたので大いに満足である。
夕食もお風呂も済ませ、無事に自室に戻ってきた。こんなスリリングな風呂は、当分、遠慮したい。
「それで、明日はその犯人を捕まえるのですか?」
「う~ん、まだ怪しいだけですからね。証拠を集める必要があると思います。とりあえずは、明日、その人物、ナンバー13を密かに確認することにしましょう。国王陛下の耳にも入れておきたいと思いますので、面会をお願いしてもらっても大丈夫でしょうか?」
「分かりましたわ。怪しまれているのがナンバー13にバレて証拠を隠されると事件が長引きますものね」
うん、クリスティアナ様は本当に物分かりがとてもよろしい。同じ年とは思えない。これも、日々、王族としてのマナーや知識を身につけるべく努力をしている成果なのだろう。そんな頑張り屋さんな彼女に何かご褒美をあげたい気分である。
「ふぁあぁ、よし、それじゃ、明日に備えて寝よ~!」
眠気に襲われたフェオは大きな欠伸を一つして布団に潜り込んだ。相変わらずマイペースだが、そこがフェオらしいな。そして、当然の如く俺のベッドの布団の中に潜り込んだ。
フェオの部屋はこの間の騒動の時に別に作ってもらっており、そこにフェオ専用のベッドはある。
「ちょっとフェオ!そこは私の寝る場所ですわ!」
俺の部屋にはもう一つベッドがある。もちろん、クリスティアナ様専用のベッドだ。
相変わらず、君たちは仲がいいね。
邪魔をしては悪いと思い、隣の部屋のソファーで寝ようとして部屋を出ようとすると、二人に両腕を掴まれた。
「どこに行きますの?」
「どこ行くの?」
二人の間でもみくちゃにされながら迎えた翌日、朝食の席で昨日の話をした。もちろんこの場に容疑者が居ないのを確認している。
「なるほどな。そのナンバー13というのが怪しいのか。よく調べてくれたぞ。早急に確認し、証拠を掴まねばならんな」
いつもは王族の方々とは別に朝食をとっているのだが、今は緊急事態なので今日だけ無理を言って同席させてもらった。第一王女が主犯だったらアウトだが、もしそうだとしても、この話を聞いた国王陛下が先手を打ってくれるだろう。そして、焦りによってボロを出すはず。
「犯人の狙いは何なのでしょうか?」
クリスティアナ様がこちらを向いて聞いてきた。
正直に言うべきか、否か。迂闊な行動を取られると困るので、言っておこう。
「恐らくクリスティアナ様が狙いなのでしょう」
その言葉にクリスティアナ様が驚愕の声を上げた。
「え!私が狙いなのですか!?もしやそれでシリウス様はお風呂やトイレまで私とご一緒しているのですか!?」
誤解無きように言っておくが、トイレは一緒にしていない。お風呂は一緒に入ったが。
「なんだと!?おま」
「あらあら、それで一緒にお風呂に入りたいと言っていたのね。何か訳があるとは思ってましたけど、そこまでクリスティアナの事を大事に思ってくれているなんて、お母様は嬉しいわ」
ヤバそうなオーラを出した国王陛下に対し、クリスティアナ様のお母様が先手を打ってくれた。
「よいではありませんか。私達だって一緒にお風呂に入っているではないですか」
「そうなのですか?お父様とお母様は良くて、私たちは駄目なのですか?」
「おおおお、おまえは何を」
コロコロと笑う第二王女殿下。上下関係がはっきりと分かった瞬間だった。あと、二人の仲の良さも。
「それでは、朝食が終わったら容疑者を確認しに行きます。恐らく使用人の誰かだと思いますので、雇用している使用人を把握している人をどなたか付けていただけませんか?」
「うむ。使用人の全てを管理している者を付けよう。気取られるなよ?」
「御意」
「何、その侍チックなやり取り?」
フェオが怪訝そうな顔で聞いてきた。・・・侍?まさか、フェオ。
「侍、とは?」
クリスティアナ様が首を傾げてフェオに聞いた。
「ここから東にずっと行った所にある国にいる人達をそう呼ぶのよ」
「ここから東に行くと国があるのですね。世界は広いですわね」
ほう、とクリスティアナ様は感嘆の声を漏らした。世界はまだまだ広く、未だに誰もこの世界の世界地図を持っていない。世界が丸いのか、四角いのかも分からないのだ。日本に似た国があってもおかしくはないか。
フェオの謎に納得したような、しないような曖昧な気持ちを抱えたまま、犯人探しに向かった。
ナンバー13はマークしているのでさほど時間も掛けずに見つけることができた。
バレないように隠れながら、上級使用人に確認してもらった。
「この人は・・・」
どうやら何か曰く付きの人物らしい。顔色が先ほどよりも悪くなった。
「シリウス様、早急に国王陛下に伝えなければなりません。すぐに戻りましょう」
「ティアナ、すぐに国王陛下と面会の場を設けてくれ。頼んだよ」
「わ、分かりましたわ。すぐにそう致しますわ」
突如として場の空気が緊迫したものに変わった。そして速やかにその場を後にした。
ナンバー13、一体何者なんだ?
程なくして、クリスティアナ様の要請によって国王陛下との面会の場が設けられた。
「なるほど、あの侯爵家から派遣された者か」
一部始終を聞いた国王陛下は唸り声を上げ、黙り込んだ。あの侯爵家とは?
「すぐに奴の部屋を調べ上げろ。仲間もいるかもしれん。奴等に対処の時間を与えるな」
「ハッ!直ちに」
そう言うと、数人の高官が部屋を後にした。
それを見届けた国王陛下はおもむろに口を開いた。
「お前たちに黙っておく訳にはいくまい。容疑のかかった男は、王家の分家である、とある侯爵家から派遣された者でな。侯爵家の息がかかっていてもおかしくはないのだよ。何せ、自分たちこそが真の後継者だと主張しているのだからな」
何か複雑な事情があるのだろう。それ以上は言及しなかったが、どうやら目の上の瘤、頭の痛い問題のようだ。
「何故、私が狙われるのですか?」
不安そうな暗く曇った眼差しをこちらに向けてきた。
「国王陛下を暗殺したのでは自分達が王位には着けないからですよ。確実に王位に着くためには国王陛下から正式に譲り受けるしかない。そのためには国王陛下の大事な物を人質に取り、脅すしかないと考えたのでしょう。王妃殿下は常に国王陛下と共にいるので犯行は難しい。それで第二候補のクリスティアナ様の方が守りが薄いと判断して、犯行を計画しているのでしょう」
「そんな・・・」
「まあ、狙いはそんなところであろうな」
「でも犯人もバカだよね~。よりにもよって一番守りが硬くて、一番危険なところを選ぶだなんて。飛んで火に入る夏の虫はそいつのことね」
フェオがニシシ、と愉しそうに笑った。
「そ、そうなのか?」
国王陛下が顔を引き吊らせて尋ねた。
「もちろんよ。既にシリウスにバレてる上に、容疑者としてマークされてるからね。もし、クリピーに何かしたら、シリウスとあたしがそいつをミンチにするわ」
「ミ、ミンチ?」
「嫌だなー、国王陛下。そんなことしませんよ。その代わりにジワジワとなぶり殺しにするかもしれませんがね」
その場がシンとなった。ほんの冗談のつもりだったのに。
あとでフェオに、あのときのシリウスの顔は本気だった、と青い顔をして言われた。
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