第25話 小さな英雄③
その日のうちに容疑者の部屋は調べられたが、特に不信なものは見つからなかった。証拠がなければ追及することもできず、しっぽを掴むまでの間、当分監視することになった。
そうして数日が経った。ここにきてようやく、容疑者が自分が監視されていることに気がついたようだ。
「大変です!容疑者が居なくなりました!」
俺が仮住まいしている部屋に兵士が駆け込んできた。この部屋には俺とフェオ、クリスティアナ様に専属使用人が居た。
「に、逃げたのですか?」
「いや、まだこの周辺にいるみたいですね」
すぐに野鳥の会でナンバー13を探した。姿を見失ったということは、姿を見えなくしている可能性も十分にある。
「諦めてはいないみたいですね。フェオ、頼んだよ」
「任せて!」
ピッと敬礼して見せるフェオ。魔力が見えるフェオに透明化は効かない。なんだったら、俺にも熱感知魔法サーモがあるため効かない。
さあ、あとは見つけて捕まえるだけだ。長かったぞ、犯人が動き出すまでのこの期間。
何故かクリスティアナ様が容疑者を特定した次の日のお風呂からタオルを巻かずに大事なところを手で隠しながらモジモジと入ってくるし、結局トイレまでご一緒することになったし、シリウス君の豆柴を宥めるのが本当に大変だったんだぞ!そんな大変な日々とも今日でオサラバだ!俺は犯人が全てを吐いても殴るのを止めないからな!
まるで狩人のようなギラギラした目で部屋を後にした。犯人は付かず離れずの距離を保っている。確実に捕まえられるような場所に誘い込んだ方がいいかもしれない。狭い場所で逃げ回られると見失ってしまうかもしれない。広い場所に誘い込まねば。そして、仲間が多い場所。
「クリスティアナ様、訓練場に行きましょう。あそこなら屈強な騎士達が居ますし、隠れられる場所もほとんどないですから、犯人を捕まえるのに好都合です」
「わ、分かりましたわ」
自分が狙われることもあり、顔色が優れない。
「大丈夫。私が必ずお守りしますから。シリウス・ガーネットの名に賭けて、誓いますよ」
安心させるように柔らかく微笑みかけた。目と目が合ったその瞬間、クリスティアナ様の顔色が薔薇色に変わった。
「よ、よろしくお願いしましゅっ」
大事なところで噛んだクリスティアナ様もまたいとおしい。
「まったく、熱いね~お二人さん」
やれやれといった感じでフェオが肩をすくめた。
「もちろん、フェオもだよ」
「っつ・・・!」
プイ、と顔を背けたが、フェオの全身は真っ赤に染まった。とても分かりやすい性格をしていると思う。
広い王城を横切り、一目散に訓練場に向かった。
「これは王女殿下にシリウス様。ようこそおいで下さいました。・・・どうされました?」
不穏な空気を感じとった騎士団長が即座に聞いてきた。
「実は・・・」
「なるほど、分かりました。部下達に逃げ道を塞ぐように指示して置きます。時間を稼いでおいて頂けますか?もちろん護衛も付けます」
「分かりました。不自然にならない程度でお願いします。犯人はまだ敷地内に入っていません。警戒されると入って来ない可能性もあります」
「我々には見えないのが厄介ですな。犯人に悟られずに指示を出せればいいのですが」
部下に指示を出しながら騎士団長は言った。
「大丈夫です。思念を双方に伝える魔法があります。コンタクト」
一瞬、騎士団長と自分の間が光の糸で繋がり、すぐに見えなくなった。
「これで私に伝えたい事を頭の中で強く思い込むと、その思念が私に伝わります。逆もまたしかりです」
「なるほど。便利な魔法があるものですな」
騎士団長は感心したような眼差しをこちらに向けた。しかし、ジト目を向ける者達もいた。
「その様な魔法、初めて見ましたわ」
「あたしも~。いつの間にそんな魔法創ったの?」
さすがに、今です、とは言えず、曖昧に笑って誤魔化した。後でこの魔法を教えてご機嫌をとっておこう。
「おや?どうやら敷地内に入って来るみたいですよ」
チラリと自分達が入ってきた方を見た。
「入ってきたね。シリウスの予想通り、姿を消す何かを使っているみたい。でも、このあたしのフェオちゃんアイには丸見えなんだけどね」
得意気に胸を張った。魔力の見える目はフェオちゃんアイっていう名前だったのか。
「ウウム、姿も見えませんし、気配も完全に消えてますな。これは手強い・・・」
唸る騎士団長。気配くらいは感じられると思っていたのだろう。俺もまさか気配も消せるほどの高性能な代物だとは思ってなかった。これはなんとしてでも無力化して、姿が見えるようにしなければならないな。
横目でしばらく観察していると、ふとあることに気づいた。
「何か、ポーズが変じゃない?両手を頭の上に掲げてさ」
「そうだね。まるでマントを頭の上から被っているみたいだね」
フェオも同じ見解のようだ。犯人はマントのようなもので自分を隠している。つまり、そのマントを取り上げれば無力化できるという訳だ。
「フェオ、なんとかあのマントを取り上げられないかな?」
それを聞き、騎士団長は即座に犯人を捕まえられるように包囲網を敷いた。
「北風と太陽作戦でいく?」
強風で吹き飛ばす、または高温でマントを脱がせるつもりだろうか。
「いやそれに近くにいる人にも被害が出るだろ。もっとスマートに、安全に、すぐに実行できる方法がいいかな」
「それじゃ、茨の魔法で強引に取り上げちゃおうか」
「茨の魔法?何それ?」
「フッフッフッ、シリウスにも知らない魔法があったのね!この魔法は植物属性の魔法なのよ!」
植物属性、聞いたことないな。王宮図書館にもそんな魔法が書かれた本はなかった。確か神話でもなかったはず。名前から察するに植物を操る魔法なのだろうが、植物を生み出したりするのかな?
「それって、フェオだけが使える魔法なんじゃないの?」
「そうよ。妖精と神様だけに許された禁断の魔法よ。なんたって、植物という命を生み出すことができる魔法だからね!」
命を生み出す禁断の魔法。妖精と神様だけが使える。・・・以前、意識を持ったゴーレムを造り出したことがあったような気がするのだが、あれはどうなるのだろうか。聞かない方が身のためかもしれない。
「フェオは本当に妖精でしたのね」
「ちょっとクリピー、ひどくない!?」
「ご、ごめんなさい。あまりにも身近な存在に思えてしまって、神話の存在とは思えなくなっていましたわ」
「い、いや、そんな大層な存在に思わなくてもいいけどさ・・・」
ほんの冗談のつもりで言ったフェオに対し、真面目な回答をするクリスティアナ様。
フェオはタジタジになり、こちらに目を向けて助けを求めた。
「そうですよ、クリスティアナ様。甘い物をあげると、ヨダレをたらしながら食べるようなだらしない妖精が、大層な存在な訳ないでしょう?」
「ちょっとシリウス!鼻の下を伸ばしながらクリピーが体を洗われてる様子を観察してるシリウスに言われたくないわ!」
「ば、バカ野郎!何を言って・・・」
「シリウス、様・・・?」
射程内。
「ローズウィップ!」
フェオの魔法によって生み出された無数の棘の付いた薔薇の鞭が犯人のマントを剥ぎ取った。
「アースハンド」
マントを剥ぎ取られ、一瞬固まった犯人の足を俺の魔法が捕まえた。
「なっ!」
「総員、捕獲しろ!」
既に包囲網を完成させていた騎士達が、あっという間に犯人を捕獲した。しまった、殴るのを忘れていた。
「な、何故俺の場所が分かったんだ!あのマントがあれば絶対に見つからないと言う話だったのに!」
捕らえた犯人がわめいた。こちらを睨み付けていたが、すでに捕獲済み。全く怖くはなかった。
「あ~!ミンチにするのを忘れてた!」
「ヒッ!」
フェオの発言に犯人の顔が青ざめた。
「今からでも遅くないんじゃないかな?まあ俺は今からこいつをなぶり殺しにするつもりだけどね」
そう言って犯人に真っ黒な笑顔を向けた。
犯人の顔が恐怖で歪んだ。
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