第6話 王女殿下の憂鬱

 私、クリスティアナ・ジュエルは第二王妃の一人娘。

 私のお母様のご実家は子爵家であり、王家に嫁ぐまでには紆余曲折があったらしい。

 しかし、お父様である国王がお母様を学院の頃からとても愛していたようで、第二王妃なら、という条件で何とか結婚することが出来たそうだ。

 そして、私が産まれた。

 幸いにも女の子であったため、王位継承権の問題は起きないだろう、と国王陛下は安心してお母様と共に愛してくれた。

 それを良く思わなかったのが第一王妃様だ。お母様と私に対して毎日毎日悪口を言ってきた。女の嫉妬って怖い、この時初めて知った。

 第一王妃様には、私にとってのお兄様とお姉様の二人の子がおり、愛されていないはずがないのに。

 きっとお父様がお母様を愛するのが許せなかったのだろう。自分一人を見て欲しいのかな?そんなことできるなんて考えられないのだけれども。

 そのせいもあってか、私は自室にこもることが多くなっていった。

 心配したお父様とお母様がお菓子を持って度々部屋を訪れて下さったが、向けられる悪口に耐えきれずに部屋に引きこもり続けた。

 その結果、私は少々ふくよかになっていってしまった。

 そうなると今度はその姿を見られるのが恥ずかしくて更に引きこもった。

 そうして私は益々醜い姿になっていった。

 もう外に出たくない。このままずっとこの部屋に居続けたい。私のことなんてほっといて欲しい。


「と言う訳でなガーネット公、何とか私の可愛い娘を外に出したいのだよ。協力してくれないか、頼む」

 頭を下げるのは学院時代の親友であり、国王だ。

 お前が甘やかし過ぎるからだろうと言いたかったが、そういえば人のことは言えないな、と思い直した。自分もシリウスに甘い所があるのは否めない。

「なるほど、大体分かった。シリウスの婚約者にすることで王位を継ぐ可能性がないことを示し、婚約者に会いに行く、という体で外に連れ出すつもりだな。公爵家なら王家に連なる者が出入りしても違和感がないからな」

「その通り!」

 凄くいい笑顔になったが、言質をとらねばならない。

「貸し一つ、だからな?」

「・・・分かった」

 さて、後はシリウスがどんな反応を示すかだ。姫君の見た目で判断するのか、それとも政略的な判断をするのか、それとも・・・どちらにせよ、これでシリウスの器量が少しははかれることだろう。彼奴は少々何を考えているのか分からない節がある。そこが親としては不気味であり、心配だ。

 そして初めての顔合わせの日。

 シリウスは色んな意味で一気に距離を詰めた。

 政略的な判断は勿論あったことだろう。だが無難に対応するのではなく、果敢に攻めたのだ。いや、あの瞬間に彼女の置かれている立場を瞬時に理解したのだろう。自分の殻にこもろうとする彼女を、そうはさせまいとその手を掴んだのだ。

 とてももうすぐ7歳になろうかという子が考えることとは思えない。シリウスに底知れぬ何かを感じた瞬間であった。

 シリウスはひょっとして、世界に名を残す人物になるのかもしれない。


 私の婚約者が決まったとお父様が告げた。王家の者として、親が婚約者を決めることは当然だった。

 分かりましたと返事はしたものの、それからの日々のことは良く覚えていない。

 外に出なければいけない。でもそれはいやだ。でも出なければ。それだけが頭の中をグルグルと回っていた。

 そして、そこに相手のことを考える余裕はなかった。

 そうこうしているうちに婚約者と会う日がやって来た。馬車に向かう私を心配そうに見ているが、決してこちらに声をかけないお父様とお母様。

 私も分かっているのだ。このままではダメだと。私のために心を鬼にしている大切な二人にこれ以上心配をかけまいと、意を決して用意された馬車に乗り込んだ。

 相手にどんな風に言われようとも決して泣くまい。それだけを胸に秘めて。

 馬車に揺られてたどり着いたガーネット公爵家で、初めて婚約者のシリウス様を見た。

 細身なのにどこかしっかりとした体に、サラリとした黒くて美しい髪。そこには黄金色に輝くの瞳がこちらを静かに見ていた。

 その瞳にまるで吸い込まれるかのような錯覚を覚えながら彼の前に何とか立った。

 自分の足と手が震えているのが分かる。

「お初にお目に掛かります。シリウス・ガーネットです。以後、お見知り置きを」

 そういうと彼は私の手を取り、とても優しく口づけをした。

 その瞬間、心臓がドクンと跳ね上がった。そして、自分の締まらない体に恥ずかしくなった。

 そして次に目が合った時のシリウス様の瞳は・・・何だか先ほどよりもランランとした光が灯っているように見えた。

 ・・・その後は完全にシリウス様のペースだったと思う。あれよあれよという間に次に会う日が決まり、私は城へと帰った。

 城ではお父様とお母様が今や遅しと私を待っていた。

「お帰り、クリスティアナ。何事もなかったかい?」

 私の顔を見て安心した表情をするお父様。

「はい。何事もありませんでしたわ。ですが、来週またシリウスと会うことになりましたわ」

 私を痩せさせるというシリウスの意思は固く、来週また来るように約束させられたのだ。

「・・・」

 ん?どうしたのだろう。二人が目を見開いたまま止まっている。何故だろうと首を傾げていると先に復活したお母様が言った。

「もうそんな風に呼び会う仲に・・・安心したわ」

 しまった!シリウスがこの呼び方を強要してくるから、では二人だけの時は、という条件でそう呼んでいたのに無意識に呼び捨てにしてしまっていた!

 だが、涙を流しながら喜ぶお母様に、誤解だ、とも言えず俯くしかなかった。

 穴があったら入りたいとは、きっとこのことなのだろう。シリウス、と呼び捨てにするのは本当の夫婦になってからにしよう。

 結局その日、お父様は復活しなかった。

 その日から、次にシリウス様に会うまでに少しでも痩せようと行動を開始した。

 しかし、いざ始めてみるとそれがどれだけ大変なのかがすぐに分かった。

 運動のためと思って中庭をほんのちょっと歩いただけで足が痛くて動けなくなってしまった。こんなに歩けなくなっているなんて。

 それでも私は諦めずに少しでも歩けるようにと頑張った。

 しかし、ちょっとやり過ぎたのだろう。足を痛めてしまった。魔法で回復したもののしばらくは長くは歩けないだろう。

 そしてそんな状態でシリウス様に会う日が来てしまった。


「本日は公爵家自慢の庭を案内させていただきます」

 私はシリウス様のお誘いに青ざめた。こんなことなら運動なんてしなければ良かった。ううん、違うわ。今日のために体調を万全な状態にしなかった私が悪いのだわ。

 ・・・歩けない私をシリウス様はどう思うだろうか。失望するだろうか?

 シリウス様に差し出された手をそっと取り、歩き始めた。

 繋いだ手のひらからシリウス様の暖かさが伝わってくる。何て暖かい手なんだろう。手から伝わる熱で体全体がポカポカしてきた。でもそんなことってあるのかしら?

 不思議に思ってシリウス様を見ると、そこには暖かい笑みを浮かべてこちらを見つめる瞳があった。

 一気に身体中が熱くなった。そんなことって、あったわ。

 その後はシリウス様とどんな話をしたのかはあまり覚えていない。ただ、気がつけばかなりの距離を歩いていることだけは分かった。

 庭を一回りして戻って来ると、テーブルと椅子が庭に用意されていた。

 そこには飲み物と色とりどりの果物が用意されていた。

「果物は太り難い食べ物だから遠慮なく食べていいよ。無理に甘い物を食べないようにすると、精神的に良くないからね」

 私が甘い物を食べないように我慢していることに気がついているのかもしれない。私のことを気遣ってくれるその心がとても嬉しかった。

「それから無理な運動は控えるようにして欲しいかな。どんなに頑張ってもすぐには痩せないよ。毎日少しずつ、無理せずに続けることが大事だよ」

 多分色々とバレてる・・・恥ずかしさに思わずうつむいてしまった。

「ティアナ、返事は?」

「はい・・・」

「うん、素直でよろしい」

 そう言うと、シリウスは私の前髪をかき分け、額に口づけを・・・

 そこからは全く覚えてない。気がつけば自分の部屋にいた。

 後で聞いた話では、どうやら私がガーネット公爵家から帰って来た後、お父様は完全にその機能を停止したらしく、大騒ぎだったそうだ。

 お母様からは、せめて正気に戻ってから帰ってくるように、と初めて叱られた。

 ううう、シリウス様のせいで・・・

 シリウス様があんなことをしてくるから・・・あんなこと・・・そう、私の髪をかき分けて口づけを・・・

 その後にハッキリと思い出しただんだんと近づいてくるシリウス様の顔と、額に当たる柔らか唇の感触を思い出して、ベッドの上ではしたなくも足をバタつかせて身を悶えたのであった。

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