おとこの娘だってラブコメがしたいっ!

ふりすくん

ノーガールイエスメン!

 1


 男子です。性別は間違いなく男です。メンズです。


 男子です。ええ。僕はれっきとした男子ですとも。


 茶々織ちゃちゃしき斎姫さいきは、当然のように、当然のごとく、当たり前なのですが、男性なのです。


 ……そりゃあ、美容室で、美容師さんお任せの似合う髪型をリクエストしたら、編み込まれて三つ編みにされた事もありますし、現在はふんわりエアリーボブに仕上がってしまいましたが、髪型はこんなでも男です。


 身長158センチでも男です。


 一人称が僕ですが、ボクっ娘ではありません。男子だから、僕です。


 きちんと制服はズボンですもん。使うトイレは男子トイレです。付いてます。当然ですがね。


 敬語なのは、そういう性格なのでご愛敬。


「……という感じなのですが」


 ここまでの自己紹介を僕は、高校の入学式を終えたばかりの教室で——放課後の教室で、男らしく(自分なりに男らしく)隣の席になった女子に言いました。


 女子というか、制服を着ていなければ女性と言えてしまえるような女子です。長い髪を二つに分けて結った、僕より身長が高い女の子です。すらっとしています。まあ、男女問わず大抵の同学年の人間は、僕よりも大きいか、あるいは同じくらいなのですが。


「疑わしいわね。本当に男なのかしら? その見た目で男とか戦慄を禁じ得ないのだけれど。わたしの目には、ばっちり同性に見えているし、なよなよしているし、ズボンの下になにも付いていなくても、なんら不思議はないくらいなのだけれど。わたしは、熊猫くまねこひづめ。よろしくする理由は特に見当たらないけれど、よろしくね」


「……はい。よろしくです」


「なにしょんぼりしているのよ」


「いや……だって……いっぱい言われちゃいましたから……」


 自己紹介をされる前の、僕をけなす部分必要でしたか? 僕は不要だと思います——って、思っても、内心思うだけで口に出せないのが僕なのですが……。


 散々言われて、よろしくって言われても感が否めません。言えないんですけどね。はは……。


「わたし的には、褒めたつもりなのだけれど」


「……ええ」


「だからお礼のひとつでも頂戴したいくらいだわ。というかしなさいよ。感謝しなさいよ」


「……どうもです」


「心はこもっていないけれど、声はこもっていたわね。不快だわ」


「なんか……はい。すいません」


 不快とまで言うのなら、もう僕に話しかけないでくれないかなあ……って、結構本気で思ってしまいます。どちらかと言えば、僕の方が不快ですよ。入学初日から面と向かって言われることじゃあないと思います。入学初日じゃなくても言われることじゃないですけども。


 なんで謝ってるんだろう……?


 絶対僕じゃないと思うんです。


 謝罪を口にするの、僕じゃないはずです——けれど、精神的にも物理的にも見下ろしてくる熊猫さんの鋭い眼光が、僕に謝罪をさせたと言っても過言ではありません。


 威圧感ぱねえです。蛇に睨まれたカエルです。もちろん僕がカエルです。


 熊猫さんですから、熊猫パンダに睨まれた人間って言ったほうがそれっぽいかもです。愛らしい見た目のパンダですが、しかし睨まれたら、人間は硬直するでしょう。


 まあ、失礼ながら、熊猫さんに愛らしさは感じませんが。恐怖なら、はい。感じますけどね。


「ちょっと立ちなさい」


 早く——と。僕が普通に落ち込んでいると熊猫さんが立ち上がりながら言いました。正直、一人でもうしばらくしょんぼりさせてほしいのですが、早くと言われましたし、もたもたしていたらなに言われるかわかったもんじゃないので、渋々リクエストに応じて立ち上がります。


 立って向き合うと、僕の視線の位置は、熊猫さんの胸でした。そのまま正面を向いているとまるで僕が場をわきまえないおっぱいフェチだと誤解されてしまいますので(誤解です!)、顔を上げます。


「必然的な上目遣いが、まるであぜとい女のようね」


 もしかしたら熊猫さんは、ことあるごとに僕にひどいこと言わないと生存できないのかもしれない——という可能性に至りました。きっと熊猫さんの生存本能なんですね。


 なんですかその生存本能。生き方を改めてください。


 切実に思いますよ。本当に本当に。


 僕のしたくもない上目遣いに、熊猫さんは、目がうるうるしてて本当にあざとい女みたいだけれどまあいいわ——と、ずっと鋭い眼光で呟いたのち、


「目を瞑ってあげることにしてあげるわ」


 と、続けました。なぜだか僕は、目を瞑ってもらえたようです。意味はわかりませんけど、許されたみたいです。


「目を瞑ってあげるから、目を瞑りなさい」


「……え? なににですか?」


 一体僕は、なにに対して目を瞑ればいいのでしょうか。これまで受けた扱い?


 謝罪してくれているんでしょうか? 遠回しのごめんなさいなのです?


 謝罪の態度とはお世辞にも言えませんし、なんならビンタとか飛んできそうなくらい見下されているんですけど。謝罪の誠意が全くもって皆無かいむなのですが……。


「早く目を閉じなさい」


「あ……ああ」


 そういう意味ですか。やっぱり謝罪じゃないんですね。


「……………………」


 え? ええ!?


 えええええええええええええええええ!?


 ちょっと待ってください。しばしお待ちください。冷静になってください。


 いや冷静になるのは僕です。落ち着くのでし。


 テンパリ過ぎて、内心でかつてしたことのない口調になってしまいましたが、落ち着きましょう。クレバーです。クレバークレバー。


 クレバーこれはー。


 どういうことです? いえ、ひょっとしてと思える想像はあるのです。思うというか期待で、想像というか妄想なのかもしれませんが、これってもしかして、あれですか?


 そのお……あのお。


 ちゅ、ちゅーされちゃう感じのやつですか?


 ラブコメとかでありがちな、唐突に訪れるキスシーンなのでは!? ひええ!


「い、いや、そのあのお……心の準備があ……」


 そう考えたら、顔は灼熱ですし、僕にとってファーストキスになるわけですし、初めてになるわけですし、ああもう! 混乱でし!


 間違えました。混乱です。


「早くなさい。女を待たせるものじゃあないわよ。男だというのなら、尚更そうでしょう?」


「……で、でもお。恥ずかしいですし……」


「閉じないのならば、物理的に封鎖してあげるわ。永遠に」


失明しちゅめいしゃしぇにゃいれ!?」


 怖過ぎて目を閉じました。ぎゅっと。


 ちょっと意味わかんないくらい噛んじゃいましたけれど、プレッシャーを放ちながら、恐怖のスマイルで、両手の人差し指を立てられたら、怖いですもん。噛まざるを得ませんって!


 脅しですもん。震えちゃいますよ。


 ぶるぶるです。


「ふふ。いい子ね」


 強くまぶたを閉じた僕に囁かれる声。


 ど、どうしましょう。どうしたら良いんでしょうか……と、とりあえず。


 とりあえず、唇を尖らせたほうがいいのかなあ……。


 唇って、柔らかいのかなあ。ぷるってしてるのかなあどうなのかなあ。


 どきどき。ドキドキ。DOKI DOKI。


 ドッキドキの僕は、その一秒後——


「ぎゃうんっ……!」


 という奇声とともに、その場にくずおれました。大事な部分をおさえて。


「付いていないじゃない」


「ついてまふうっ!」


「どれどれ」


「やめ、にゃう! うう……!」


 まるでさくらんぼを収穫するような自然な動作で、倒れ込む僕の一部を鷲掴みでした。


 強過ぎます。握る力が。


 もはや暴力です。立てません。


「あ、あった。ずいぶん小さいのね」


「……………………」


 なにも言い返せません。だって痛過ぎます。


 激痛にもほどがあります。


「さて。あなたが本当に男子だと確認できたことだし、わたしは帰るわ。これからお隣よろしく」


 さようなら——と。


 無言で悲痛の叫びを上げている僕にそう言った熊猫さんは、そのまま帰っていきました。


 入学初日から、とんでもないセクハラにいました。


 小さいって言われました。どこがとは言いませんが、小さいって言われました。


 しょぼーん。


「……………………」


 小さいですか。そうですか。


 すごく落ち込みました——だって。


 キスとかおめでたい勘違いをして、恥ずかしながら、どことは具体的にしませんが、でも、ちょっぴり大きくなっていた自覚はあったんです……。


 今は激痛でちぢんじゃいましたが。


 まあ、どこが大きくなって、どこが縮んだのかは、もちろん言いませんけれども。


 だって、恥ずかしいですし……ね?

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