第103話 黒猫。

 天空には下弦の月。その右下にみえる随伴する星を眺めながら、一匹の黒猫がぽてぽてと歩いていた。


 すすきの隙間を縫い、ときおりすっと顔を見せるも、その瞳が光るのみ。


 心地よい夜風。街の灯はここまで届かず天空の火が瞬くも地上を照らすまでには至らない。


 只々その闇の中を進む黒猫は、周囲に溶け込みその姿を隠していた。




 ただゆくあてもなくさまようその黒猫ではあったのだけれど、周囲の動物や魔物は警戒し近づこうとはしなかった。


 その魔力を感じることが出来るものにとってはその猫はただの猫にあらず、おそらくはこの世界で最強の存在であろうと思われる。


 ぽてぽてと歩く姿とはかけ離れた魔力の大きさに、百獣の王もかくやとおもわれるオーラが纏う。



 長毛種特有のふさふさとした毛並みがもふもふと風にたなびき、そしてピンと立った太く立派な尻尾には自信が表れていた。


 背中の毛にちょっと茶色い枯れ葉が絡まっているのはご愛敬。


 その猫は、只々おのれが猫であると示すために歩いているのに過ぎなかったのだから。






 マジカルレイヤーは一番最初に習った魔法。


 使えなかったわけではない。


 というか逆に常に使用していたと言っても過言では無かった。


 自身に自分のマトリクスを上書きする。


 それによって身体能力の向上と人間的なか弱さを克服する。


「簡単に死んで欲しくはないのよ」


 そう言った師匠。彼女はいつも自分を庇ってくれた。


 そう。あの時も。




 何が勇者だ!


 何が人類最強、だ!


 そんなものなんの足しにもならなかった。




 守りたかった彼女は消えてしまった。


 別れの言葉も言うことが出来ないまま。


 情けない自分を庇いながら戦って、そして消えた彼女……。




 せめて、残された彼女の半身。猫のミーシャと添い遂げよう。


 その為に。


 人間なんか辞めたっていい。


 そう。


 人間と猫、そんな些細なことで。



 僕は。


 いや、俺は。


 百獣の王になる。いや、猫になる。


 そう、決意を固め。


 下弦の月に寄り添う星になるのだ、と。




 手に入れた黒猫のマトリクスを自分に重ね掛けしたノワール。


 その姿は只々ミーシャに相応しい存在になるのだと言う思いだけで、歩いていた。




 ノワールはゆく。


 ふわふわもふもふの毛皮を纏い。


 ノワールはゆく。


 その黒く艶やかな長毛は、自身のオーラによって膨らみ。


 そして。


 あの月の下に辿り着くのだと。只々歩いたのだった。

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