第82話 猫生の真っ最中の筈。

 見知らぬ天井を眺めて。




 ああ。


 会いたいよ、ノワ。


 寂しいよ。レイア。




 悲しくて悲しくてなかなか寝つけないでいた。




 記憶喪失になるお話でよくあるパターンで、記憶を失っている間の人格が全く違っちゃってるとかいうのがあるよね。


 で、記憶が戻った時に元の人格に戻るの。


 でも。


 あたしの場合はなんだか記憶だけが戻ったけど人格は記憶喪失中のまま、みたいな。


 そんな感じで。


 思い出したのは間違いないの。


 アリシア・ローレンとして生きた記憶も、最初のスリープ中に体験したラギとしての人生も。


 ちゃんとしっかりある。


 だけど……。


 それは記憶、っていうだけの物。感情とは乖離してるんだ。



 そして。


 もう一つ不思議な記憶。



 二回目のスリープで最初に体験した二十世紀の日本、江藤遥香の人生。


 普通に恋愛して結婚し、あいにく子供には恵まれなかったんだけどそれでも優しい旦那さまとかわいい猫に囲まれて過ごした人生。


 趣味でいろんなおはなしを書いて、そして晩年になってもネットに小説をいっぱい発表して。


 幸せだった。


 この人生では結局プロの小説家にはなれなかったけど、当時の日本にはアマチュアでもおはなしを発表する場があって、そこにいっぱいおはなし載せたんだっけ。




 そんな人生の記憶。


 幸せな世界。




 そんな記憶まで、しっかり思い出した。



 おかしいよね。


 死ななかった遥香と早くに死んじゃった遥香。


 あたしの中にはその二つの記憶があって。


 でも、感情が指し示すのは後者。


 長生きしたはずの記憶にはどうしても違和感が残る。




 それにもう一つ気になること。


 VR世界では流石に猫の人生を体験するなんて設定無かった筈?


 っていうか別の人格のまま猫に生まれるなんて、ありえない。


 そういうのは選択肢に無かった。なのに、なんで?


 なんであたしは猫として生まれてきたんだろう?


 っていうか今のあたしって猫として生まれた人生、ううん、猫生の真っ最中じゃなかったっけ?



 おかしい。


 アリシアの記憶がはっきりしてくるにつれ、あたしの今の状態っておかしい。そんな感情が溢れてきて。




 眠れないまま眺めていた天井にシミが見える。


 最初は小さいシミだった。


 それをずっと見つめているうちに、なんだか少し大きくなった?


 漆黒のシミ。


 じわじわと広がっていくような気のするそのシミ。


 怖い。



 あるはずのないそんな光景に、あたしは恐怖した。

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