不死鳥が死んだ

鳥小路鳥麻呂

第一回

『不死鳥が死んだ』


1

 その日、古川真澄は覆ること無き決定的な破滅を迎え、絶望と共に失意の淵に沈りんした。それは或る夏の暑い日のことであったが、彼はその壊滅的な知らせを聞いて殆ど背筋を凍らせるような寒気に襲われた。そして、彼の往年の野望が今や完全に絶たれてしまったことを理解した。彼は携帯電話を閉じ、布団の方へそれを投げた。嗚呼、もうあんなものは開くまいと思ったが、五分後には再びその恐るべき画面を眺めていた。もう良い、と彼は思った。これで終わったのだ。そして、彼は心を閉じることにした。

 翌日から生活は荒廃した。尤も、彼の生活はもともと堕落を極めていた。大学での成績は良かったが、それは滑り止めの大学に進学したからであって、彼の大学生活が勤勉であった為ではなかった。何人かの同学は彼を気に入り、仲良くなろうとした。彼は当初、それを喜んだ。全てが上手く行かなかった高校時代と訣別し、大学での新しい人間関係(それはしばしば、他者に依存し、誰かの取り巻きとしてしか活動出来なかった今までの自分を否定し、今度は自らが中心となって人間関係を建設したいという願望として意識された。)に期待することで、少しでもましな生活を送れるのではないかと思っていたからだ。しかし、結局は彼の体質がこれを許さなかった。彼は天性の怠慢癖で、人間関係そのものを煩わしく感じた。結局、彼はこの大学で友人を持たなかった。それは、確かに孤独であったが、非常に気楽でもあった。しかし、そうすることで彼の時計は針を止め、過去の思い出はいつまでも彼を支配し続けた。悲しかった思い出や醜かった思い出は次第に抑制され、改竄され、高校時代の全ては美しい音楽となって彼の五内を徘徊した。そして、その中でも最も強烈で耽美的だった、或る少女への不可能な恋愛によって統合され、それが彼の青春の象徴となった。彼は日夜高校時代を懐かしんだ。しかし、その世界との交流は卒業と共に殆ど強制的に絶たれてしまった。彼は自分の大学の偏差値が低いことが恥しく、又、或る問題によって何人かの級友たちから軽蔑されていたので、彼らとの関わりを持ち続けることが出来なかった。又、当初はクラスへの逆恨みの感情もあり、虚栄心の強い彼は自ら友人たちを去り、進んで孤独な大学生活を送ったのである。


 満員電車に揺られ、恐ろしい放射線のように肌を焼く強烈な日差しに目を細め、中村恵三は彼の大学の最寄り駅に来た。改札を出ると、夏休みなので多少人数は少ないが、やはり人間たちの蠢きが彼を不快にさせた。彼の人間嫌いは天性のものである。彼は過去の思い出を抱いたまま今を生きている。素直に現実を受け入れ、過ぎ去ったものは取り返せないのだと言い聞かせた。しかし、思い出は忽然現れて彼を襲い、彼の睡眠を邪魔した。そういう時、彼もやはり悔やんだ。過去をやり直せたら、どんなにか素敵だろうと彼は思う。今度は全てを上手くやって見せるのに、と。

「中村。」と彼の大学の友人が、彼の姿を見つけて声をかけた。

「やあ、宇野か。早いな。」

「あとは滝川と、女子だな。」

「うむ。」

 このように、彼は大学に於いて友人を得、又、女子も参加する懇親会を企画するほど活動的に生きていた。勿論彼は色男ではない。口下手で、決して接客など出来ないだろう。しかし、彼は常に使命を感じていた。それは、社会参加である。だから、彼は何にでも参加し、常に新しい高みを目指した。例えば、今日の懇親会は彼自身によって企画されたもので、大学の友人を集めて「日本文化護持サークル」という新しいサークルを作ろうという試みのまさに第一歩なのであった。

「やあ。」

 滝川が女子を連れてやって来た。今日の会議への参加者に女子は二人い、共にこの滝川という男の高校の同期で、面白半分で参加してくれた人材だ。尤も、日本文化の護持に使命を感じている中村以外は、皆面白半分か友情で参加してくれた者たちで、正直日本文化への関心も薄い。でも、良いのだ。とりあえずこのようなサークルを作ることに意味があるのであって、活動内容については、後から理解してくれればそれで良い、と彼は思った。


つづく

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