"トリフティー"ゲインの憂鬱(2)

わたしの勤めるコーンウォール・エレクトロニクス社は精神感応機構式戦略兵器(strategic arms telepathy gear )、通称アーマーギアを開発・販売している会社のひとつである。


度重なる戦争の影響により地球の環境汚染は想定よりも早く進み、戦争の舞台は地上から空、大気圏、やがて宇宙へと変化を見せた。さらにはこれ以上の環境汚染を防ぐべく戦争における核及び大型兵器の使用を禁止、小型の無人機もしくはアーマーギア等による白兵戦を主な戦力とする条約が結ばれた。


この100年で起きた最も大きな変革は3つ、スペースコロニーの建設、脳科学の発展による副産物の発見、そして、国家の統合。


父母が子供の頃夢見たスペースコロニーは今や一般的な居住空間であり、各国の建造した宇宙港とも言うべき大型スペースステーションが漆黒の海を漂い始めてから既に50年が経とうとしていた。


脳波による接続操縦技術を取り入れたアーマーギアも条約の影響を受け、パワードスーツを一回り大きくした程度まで小型化に成功、軍事技術はこの100年で急速な発展を遂げていた。

当然、戦争があれば少なからず死傷者は出るわけで、欠損した人体の復元技術や1部の機械化なども軍事技術に引っ張られるように大幅に進展、それとともに、脳波による機械との接続操作が優秀な人間の中に、特殊な能力を発現させる者が現れ始めたのも人類の大きな変革のひとつであった。

いわゆる"ギフト"と呼ばれる異能力、これが脳科学発展による副産物である。


そして世界史に残る3つ目の変革、国家統合━━。

地球にあったいくつもの国は世界大戦後、3つの国に統合され、現在はスペースコロニー群で独立国家を作った2つの国とともに世界を治めている。

ハルジオン、クレマチス、クロサンドラ、バイモ、ミナヅキの5国がそれである。

そしてここは月から最も近いスペースコロニー、独立国家クレマチスの第1コロニー。


「━━というわけで、午前中は開発室の合同会議、午後からは」


情報端末を見ながら伝えていると、室長はひらひらと手を振った。


「イズィーくん、キミね、最後に要約するなら最初から簡潔に伝えてくれないか、無駄だから」

「あ、でも時間はお伝えしたほうが良いかと」

「それをコントロールするのがキミの仕事だよ、僕が時間を知る必要性はない、これ言うの2度目では?」


そもそも時間守る気もないくせに!

わたしは端末を投げつけたくなる欲求を、紳士淑女なら持ち合わせているであろう鉄の理性により堪えた。

わたしは大人だから。

淑女だから。はい深呼吸。

この1週間、一緒にいてわかったことがある。

室長は自分の時間を取られることには敏感だが、他人のスケジュールなどには微塵も興味を見せなかった 。

だから細かいスケジュールを伝えても無駄無駄!

だって守らないんだから!

でもそれを伝えるのが秘書。

というかわたし秘書なの?


「昨日は第2開発室の室長からクレームが。会議に1時間も遅れて来られたと」

「ほう、僕に直接言えば良いのにな」

「言っても無駄だからでは」

「なるほど!」


室長は特に感動した様子もなく自分の端末を眺めながらコーヒーを飲んだ。


「僕に言って無駄だと思ったものをキミに言ってどうにかなると考えたのかね彼は」

「さあ」

「つまり彼にはキミが自分よりも優秀な人材に見えたわけだ、おめでとう」


例えその言葉に込められた感情を100億倍にしたとしてもわたしの心には届かなかったであろう、薄っぺらなおめでとうだった。


「どういたしまして、ところで室長宛にメールが」


そこで初めて、彼の表情に変化がおとずれた。

室長は片方の眉を僅かに上げて首を傾けた。


「なぜ僕宛てのメールがキミに?」


少し意外に思えた室長のこの反応が楽しくて、わたしは少しばかり鼻を高くした。


「ふふん、何故でしょうねぇ」

「ほう」


彼はすぐに無表情に戻り、端末に再び視線を落とす。


「考えられるのはいくつかある。ひとつ、間違えてキミにメールした、ひとつ、僕に直接メールすると読まれないと考えキミにメールした、しかし有力なのはこれだ」


顔を上げ、わたしを指さす。


「電子メールではない僕宛のなにかをキミが持っている、つまりこの時代に実に意外なことだが本物の手紙だ、ペーパーの」

「人に指を向けないでください。残念ながら当たりです」


わたしは室長の指を力強く下に向けながら白い封筒を取り出した。


「そこは当たりです、おめでとうございますでは」

「いいえ、当たらない方に賭けてましたから」


室長は手紙を受け取ると一通り確認したあと封筒を開けた。

ペラペラの紙が1枚入ってるだけだった。


「なぜ本物の手紙だとわかったんですか?」

「キミの抱えた情報端末の陰から白くて細長いものが見えた、以上」

「ずるい!」

「鋭い観察力と言いたまえ。それにずるいと言うなら、キミはメールではなくはっきり手紙と言うべきだろう。さて━━」


室長の表情がまたわずかに変わった。


「これはどうやら僕らの仕事のようだ」


彼がデスクに置いたその手紙にはこう記されていた。


"開発部にスパイがいる"


「ところでキミは向いてないからギャンブルはやめた方がいいと思うよ、すぐに顔に出る」


不穏な手紙の内容とは裏腹に、室長は何故か少しだけ嬉しそうだった。

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