賢明なる部下は言葉を呑み込んだ……

 

 確かこの先に二十四時間スーパーがあったよな、と思いながら、倫太郎は夜道を急ぎ、走っていた。


 ちょっと時間の流れが違うので、変なタイミングで戻ってしまって、


「あ~、もうこっちは朝になっちゃいますよ~」

と言われかねないからだ。


 暗闇に煌々と光を放つチェーン店のスーパーの明かりにホッとしながら入る。


 えーと、小麦粉と黒蜜……


 そんなもの何処にあるんだ。


 店員に訊くべきか?

と思ったが、広いスーパーの中、すでにレジは遠く。


 時間が時間なので、あまり従業員もいない。


 ウロウロしていたら、前からカゴを手にした男がやってきた。


 私服だが、コートが職場で着ているのと同じなので、そんなに印象は違わない。


「冨樫……」


 社長、と呼びかけてきた冨樫は、

「スーパーなんかでなにしてるんです」

いぶかしむように言ってきた。


「いや……、スーパーくらい来るだろうよ」

と言いはしたが。


 実際のところ、ちょっとした買い物ならすべてコンビニで済ませてしまうので、あまり来ることはなかった。


 こうして広い店舗の中で商品を探し回らなくていいからだ。


 最近のコンビニ、シャツにパンツに洗剤に延長コードまでなんでもあるしな、と思っていると、


「なに買いに来たんですか?」

と訊かれた。


 カゴすら持っていないからだろう。


「……小麦粉を」


「小麦粉はあっちですよ」


「それと、黒蜜」


「なに作るんですか、こんな時間に。

 ……もしや、風花が買って来いと言ったとか?」


「そんなことはないが、あとボウルとお玉と菜箸。

 あれば、フライ返しもだそうだ」


「明らかに誰かに頼まれてますよね」

と冷ややかに言いながらも、こっちです、と冨樫が案内してくれた。




 レジを通ったあと、倫太郎が買い物袋を持ってなかったので、冨樫が折りたたんで持っているというビニール袋をひとつくれようとした。


 だが、

「ボウルが大きいし、ダンボールの方がいいですかね?」

と言って、冨樫はたたまれたダンボールを持ってきた。


 ガムテープで貼って作ってくれる。


「ほう。

 買い物袋がないときは、そんな風にするのか」


「社長はほんとうに普段の生活では……」

のあとの言葉を冨樫は飲み込んだ。


 なんだろうな。


 駄目人間ですね?


 使えませんね?


 どちらにしても、ロクな言葉じゃなさそうだ、と思いながら、倫太郎はボウルや小麦粉を放り込んだ小さなダンボールを抱えようとしたが、冨樫が横から、


「持ちましょう」

と言ってくる。


「いや、いい。

 今、そんなことする必要はない。


 勤務中じゃないし」


 いや勤務中でも社外の人間の目がないときは、いちいち人に物を抱えさせたりはしないのだが。


「しかし、驚きですね。

 風花、料理とかするんですね」


「するわけないだろう」


「じゃあ、社長がやるんですか?」


「……みんなでやろうかと思って。

 っていうか、料理、普段やってる人間が、今、ボウルや菜箸買ってこいとか言わないだろ」


 そりゃそうですね、と言う冨樫に、

「お前も来るか?」

と訊いてみる。


「みんなって言ってましたね。

 今からパーティでもやるんですか?


 明日も仕事ですよ」


「いや、駄菓子屋で、ちょっと文字焼きを焼いてみるだけだ。

 江戸時代からある、もんじゃ焼きの元祖らしいんだが」

と言って、


「副業に熱心ですねえ。

 あんなことやってるなんて初めて知りましたが。


 確定申告はされてますか」

と言われた。


 何処の税務署に申告しろと言うんだ、と思う倫太郎の頭の中では、税務署のカウンターに狸が立っていた。


「ああ、いや、あれは風花の店なんですかね?」

とちょっと考えながら、冨樫が訊いてきた。


「いや、壱花は店長代理だ。

 俺も雇われ店長。


 バイトみたいなもんだ。

 オーナーは別にいる」

と言うと、へえ、と冨樫は驚いたようだった。


「社長が人に使われて平気な人だとは思いませんでした」


 おい……。


「余程、駄菓子がお好きなんですね」


「いや、嫌いだが」

と言ったあとで、沈黙が訪れる。


 じゃあ、なんでやってるんだと思われたのだろう。


「……まあいい。

 ちょっと店に来てみるか?


 そうだ。

 お前、今、疲れてるか?」

と問うて、は? と言われる。






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