05:Smoke×Guardian
目が覚めると隣に女が寝ていた。
昨日ボルシチを作ったシェフの女だ。
生まれたままの姿でスヤスヤと眠っている。
「起きたの?」
窓辺の椅子に煙管の女が座っていた。
同じく生まれたままの姿で煙管を吹かしていた。
「……、どういう状況?」
困惑している男を、煙管の女が笑った。
「覚えてない?」
「あんまり……」
「酒を飲ませた覚えはないんだけどね」
ボルシチを食べた後からスッポリと記憶がない。
何とも奇妙な感じだ。
「まぁ、説明しなくても分かるでしょ?」
ニヤリと笑う。
つまりはそういう事なんだろうと男は溜息を吐いた。
「良かったよ、アンタ。なんならここで暮らさない?」
「いや、俺は帰る。アンタらがテロリストとは呼べない組織だって事は分かった。けど、ルナシティはそう思っていない。俺はテロリストにはならない」
男の台詞を黙って聞き、灰皿を煙管で叩く。
「それがいいよ。以降は私らと関わらない方が身のためだ。そろそろ外出制限時刻も終わるわ。案内してあげる」
そう言って、女は立ち上がった。
「シャワー浴びるけど、一緒にどう?」
ニヤリと笑う。
「いや、後で良い……」
「そう?」
女はそのまま浴室へ消えていった。
「はぁ……」
改めて、自分の置かれた奇妙な状況を痛感する男。
先程まで女が座っていた椅子の向かいに座る。
男から受け取った鍵とメモを取り出す。
これは何なのか。
武器の類ではないだろう。
しかし、道順まで指定されるとは、それだけ重要なものという事だ。
鍵とメモを仕舞い、紙巻煙草を取り出した。
火を点けて深く吸う。
「俺にどうしろってんだ……?」
煙草を1本すい終わる頃には女が浴室から戻り、入れ替わりで男は浴室に入った。
☽
「『賢い君』を帰してきたわ」
男を案内しに出ていた煙管の女が隠れ家に戻ってきた。
「お帰りー。薬は上手く効かなかったみたいね」
シェフの女がつまらなさそうに言う。
「必要ないと、私は言った筈だが?」
リーダーの男だった。
「ゲッ……」
シェフの女があからさまに嫌な顔をする。
「しかし、機密保持は我々の生命線です」
煙管の女がピシャリと言う。
「確かにそうだが、彼にその必要はない。それに、今から当局が動いても、計画の阻止はもう不可能だ。彼に託す以外に、我々の意思を残す方法はない」
☽
男は自宅に帰り、急いで着替えて会社に向かった。
あんな事が起きたのだが、平日なのだ。
会社を休む訳にもいかないし、何よりリーダーの男からもらったメモの場所は会社の近くだった。
帰りに回収しよう。
そう思いながら会社に着くと、武装警備員が2名、受付にいた。
直感的に身の危険を感じる男。
しかし、ここで走って逃げても、不審者として捕まるだけだ。
「何かあったんですか?」
男はあえて武装警備員に話し掛けた。
「あぁ、君は」
振り返った武装警備員の1人は、この間ルナシティでテロリストを追っていたその人だった。
「あ、先日はお世話になりました。お陰様で怪我もなく、助かりました」
「君、ここに勤めていたのかい?」
「はい、ここの社員です」
「実は、この間君達が遭遇したテロリストが、このコロニーに潜伏している可能性が高くなってね。怪しい人物を見つけ次第、すぐに通報するようにと、注意喚起して回っているところなんだ」
「本当ですか!?」
少しわざとらしく反応してみる。
下手な芝居を打つと逆に怪しまれるが、男は先日被害に遭ったばかりなのだ。
ここで驚かないと尚更怪しまれる可能性がある。
「そんな、このコロニーにいるなんて……」
「大丈夫、我々が守る。君達は安心してくれていい。シティから武装警備員の増員も到着する。数日中に一掃出来るよ」
「よろしくお願いします」
男は深々と頭を下げた。
話は終わり、武装警備員の2人は会社を後にする。
「おい」
先程まで男と話していた警備員が、もう1人に話し掛けた。
話し方からして彼の部下の様だ。
「はい」
「あの男にイタチを付けろ」
イタチとは彼らの隠語で尾行・監視の事だ。
「はい?」
部下が首を傾げる。
「あの男、何か情報を掴んでいそうだ」
「そうですか?普通の一般人に見えましたが……」
「勘だが、気になる」
「しかし、増員の到着は明日です。明日からでないと、人手がありません……」
「チッ、仕方ない、それで構わん。監視システムにあの男の情報を入力しろ。今日の所はシステムで監視する」
「了解しました」
部下が腕の端末を操作する。
「嫌な予感がするな……」
武装警備員を見送りながら、男が呟いた。
上手く誤魔化せたとは思う。
しかし、全く疑われない保証はない。
「どうかしました?」
受付の女の子が男の様子を不審に思い、声を掛けてきた。
「いや、ルナシティに行った時にお世話になった人だったから」
「お世話にって、何か悪い事でも!?」
女の子が驚く。
確かに、武装警備員と知り合いだなんて、犯罪者くらいしか考えられない。
「違う違う、助けてもらったんだよ。テロリストに襲われかけてね」
「そうだったんですね。でも、テロリストなんて怖い……」
「うん、しばらくは遊びにも行かない方がいいかもね」
そう言い残して、男はオフィスへ向かった。
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