04:Smoker×Chef

 夜になるまで、様々な論議を交わした。

 論議と言えば聞こえはいいが、テロリストへ一方的に質問していただけだ。

 男が昔から疑問に思っていた事を全て聞いた。

 戦いの状況、学校で教えられる史実との差異、そして何より、ルナシティが地球へ宣戦布告した本当の意味。

 それを聞いた瞬間、テロリストはやはりと納得したように頷いた。

「君はやはり賢い。ルナシティがたかが『独立』のためだけに地球へ宣戦布告した訳がないと考えるんだね?」

「ええ、どう考えても不自然です。確かにまでは国家として認められてはいないものの、国家と同等の権限はすでに与えられていた筈です」

「その通りだよ。特殊国家という形で認められていた。だからこそ地球と月の科学技術のレベルの差は大きくなった」

「そして、秘密裏に独自の軍を編成した」

「そこからはもう国際法違反どころの話ではない。元々、特殊国家として認められたが、武力を持つことは禁じられたからね。言うなれば、ただの実験施設なんだから。それも、世界中の国から資金を募って作った施設だ。警備は要るが、武力は不要の筈」

「しかし、軍を編制した。これは……」

 男はそこまで口にして、今更ながら周りを見渡す。

 ルナシティは既に監視社会になっている。

 ルナシティをはじめとする関連コロニーに住む人間は全て、顔や指紋、網膜、耳紋、口唇紋、膝や肘、舌に至るまで、全身の情報に加え、声紋、歩き方さえもデータベースに登録されている。

 その上で、居住区には数多くの監視カメラが設置され、録画されたデータは解析され、1ヶ月保存される。

 そのお陰で、何かしらの事件が起きても、1週間以内に解決し、その検挙率も100%を切らない。

 それは危険分子の炙り出しにも利用されているらしく、過激なルナシティへの批判を含む会話などは全てピックアップされ、内容によって反逆罪として処罰されるのだ。

 今現在の会話が拾われていた場合、確実に男は捕まる。

「大丈夫。ここでの会話は拾われないし、君がここに来た事は、データにすら残っていない。安心してくれ」

 テロリストがニッコリと笑う。

「誰かがルナシティを私物化したって事じゃ……?」

「中国共産党。それがルナシティ共和党の昔の名前よ」

 後ろにいた女が忌々し気に言った。

 ルナシティ共和党とは、現在ルナシティとその関連コロニーの全実権を握る政党だ。

「つまり……、ルナシティは、旧中国なのか……」

 男は愕然とした。

 あまりの事実にグラグラと視界が歪む。

「やはり君は地球の歴史に詳しいようだね」

「俺は……、大学こそ理系だったが、独自に地球について色々調べていたんだ。足が付かない様に、細心の注意を払いながら。そこまでしても、地球の簡単な歴史くらいしか分からなかった……」

「うむ、君にはこれを渡そう」

 そう言って、テロリストは小さな鍵と1枚のメモを渡してきた。

 紙製のメモだ。

 何もかもが電子デジタル化した現代でも珍しい、昔ながらのメモ。

「今や全ての端末に、政府のが付いている。これが一番確実な方法なんだ」

「これは?」

「その道順通りに行き、鍵を使えば分かる」

 そう言って、テロリストは立ち上がり、後ろにあった小さな窓から外を見た。

「すっかり遅くなってしまったね。一緒に食事でもどうかな?」

 確かに、既にコロニー内は夜時間だ。

 もうすぐ外出制限時刻になる。

 ルナシティは治安維持の名目で、夜時間2時、24時間表記で言えば20時以降は一切の外出を禁止している。

 自宅にいろと言うものではない。

 出先であれば、ホテルなどに泊ればいいだけだ。

「今から帰っても間に合わないな……」

「心配しなくても、私の所に泊めてあげるわよ?」

 女が煙管を吹かせながら笑う。

「おや?いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「仲良くはなってない」

「キスした仲じゃない?」

「あれは間接キスだからセーフだ!」

「ハハハ、仲がいいのはいい事だ」

「だから!」

「食べれないものとかはないかな?アレルギーとか」

「特にないけど」

「それは良かった」

 他愛もない会話をしながら部屋を出て、食堂へ連れていかれた。

 歩いている内に、何やらいい匂いが漂ってくる。

「今日はボルシチだよー」

 食堂で女の子が嬉しそうに配膳をしている。

「彼女がウチのシェフだ。旧イタリア出身」

「どうも!1人追加かな?」

 紹介された彼女は、華麗に躍るような動作で、鮮やかな赤いスープを並べていく。

「彼女の料理は最高だから、遠慮せずに食べていってくれ」

 促されて、男はボルシチを一口食べる。

「美味い……」

「でっしょー!」

 彼女はエッヘンと胸を張る。

「あんまり褒めるなよ?この子、調子に乗ると面倒なんだから」

 煙管の女がニヤニヤと笑いながら言う。

「どういう意味!?」

「そのままだよ」

「ひどい!」

 何とも和やかな食卓だ。

 とてもテロ組織だとは思えない。

「そう言えば『賢い君』。今日は何処に泊るの?」

 シェフの女がニコニコと聞いてくる。

「いや、俺は適当な所で寝るので大丈夫です」

「私の部屋に来な?喫煙者同士、仲良くやろう?」

 煙管の女が肩を組んでくる。

 男に肘に豊満な胸が当たっているのは、恐らくはわざとだ。

「えー!私の部屋でも良くない?」

 シェフの女も男に擦り寄って来る。

 どういう状況なのか、男にはさっぱり分からない。

「まぁ、好きな方に泊りなよ、『賢い君』」

「え?」

 男を呼び出した男はニコニコと笑いながら丸投げした。

「で?」

「どっちにするの?」

 2人の女に言い寄られ、男は頭を抱えながらボルシチを頬張った。

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