Humanoid Identity

Soh.Su-K(ソースケ)

01:親友と僕

「荷物持ってお前だけ帰宅。分かった?」

 クラスメイトの一人が迎えに来た人造人間バイオロイドに命令していた。

 バイオロイドとは、アンドロイドの発展形と言える。

 アンドロイドは人に似せて作った精巧なだが、バイオロイドは人に似せて作っただ。

 しかし、分類はアンドロイドと同じく、人権などない。

 感情も存在するが、争い事を避けるために起伏はぼない様にデザインされている。

 しかし、見た目は人間と変わらない。

 見分ける為に首の後ろと左の肩口に形式番号、シリアルナンバー、製造メーカー、製造工場の情報が、文字と二次元コードで書き込まれている。

 また、外出時はバイオロイドである事を示すホログラムディスプレイを内蔵した腕輪を左上腕に装着する義務がある。

 これに違反すると、そのバイオロイドの所有者に罰金刑が下されるらしい。

 先程クラスメイトに命令されていた男のバイオロイドもホログラムの腕輪をしていた。

「さて、ゲーセンでも行くかー」

「またぁ?もっと他のとこ行こうぜー」

 バイオロイドに荷物を投げつけたクラスメイトを含む3人組が手ぶらで喋りながら教室を出て行った。

「なぁにボーッとしてんだ」

 携帯端末を眺めていた僕に、親友が話しかけてきた。

「何って、ニュースサイト」

 人類の人口減少が続き、バイオロイドの稼働数が増加の一途を辿っているというニュースだ。

 バイオロイドの出現は、人類にとって必然だった。

 人類が労働を放棄して既に数世紀。

 人と同じ姿で、人よりも頑丈なアンドロイドの出現により、人は働くことを放棄したのだ。

 しかし、それによって始まったのは、人類の発展ではなく、衰退だった。

 肉体労働から解放されたはいいが、無為の時間を持て余し、自殺者が増え、間もなく人類の人口減少が始まる。

 その危機感から、世界中でアンドロイドの使用は禁止された。

 しかし、今更肉体労働をしたくない人類はバイオロイドを開発した。

 クローン技術ではない、全く新しいに成功したのだ。

 人と同じ生殖機能を持ち、感情の起伏がなく、安定して働く事の出来る新たなを手に入れた人類の未来は明るい。

 筈だった。

 結局は、アンドロイドがバイオロイドに成り代わっただけで何も変わっておらず、人類の総人口は減り続けていた。

「エロサイトじゃないのか」

 ニヤニヤしながら携帯端末の画面を覗き込む親友。

「お前と一緒にすんな」

 その頭を手でどかしながら、携帯端末をポケットにしまった。

「それはそれで酷くね?」

 不服そうな顔を向けてくるが、訂正してやる気は毛頭なかった。

「ご主人様、お迎えに上がりました」

 そうこうしているうちに、我が家のバイオロイドが僕を迎えに来た。

 この女性バイオロイドは父の仕事の関係で試作品としてウチで預かっている。

 父はバイオロイドの製造メーカーの開発部門に努めている。

 試作を我が家で使ってデータを取り、開発へフィードバックしているのだ。

「もう帰るのか?」

 親友が訪ねる。

 確かに、帰宅するにはまだ早い気がした。

「なぁ、時間があるなら俺に付き合えよ」

「……、荷物持って君だけ帰宅。早めに帰るつもりだから」

「承知しました。では、お気を付けて」

 バイオロイドは僕の荷物を持つと、テクテクと教室を出て行った。

「便利だよなー」

 その姿を眺める親友が一言漏らした。

「だったら買えばいいじゃん」

「アハハ、ダメダメ!親父もお袋もバイオロイド恐怖症なんだよ!」

 親友は笑いながら言った。

「しっかし、お前んとこのあの子、可愛いよなー」

「え?」

「え?俺、何かマズイ事言った……?」

「お前、それって『』発言じゃん……」

 ロイコンとは、『ロイド・コンプレックス』の略で、アンドロイドやバイオロイドと言った人型人造物を恋愛、もしくは性志向の対象とする人間の蔑称だ。

 アンドロイドが一般に普及し始めた頃から使われている単語である。

「そうか?造形として可愛いと思っただけだけどなー」

「言い方変えてもロイコン発言とされるのが今の実情だぞ」

「けど、バイオロイドが嬢やってる風俗も多いって話じゃん?」

 親友のその言葉に耳を疑った。

「お前、そんな情報何処から仕入れてくるんだよ……」

 僕らはまだ高校生で、性への関心がないわけではないが、風俗店など法的にまだ利用できない。

「掲示板。見るか?」

 そう言って、親友は自分の携帯端末の画面を見せてくる。

 そこには全国各地の地名がタイトルになったスレッドが乱立していた。

「なんでこんなとこ見てんだよ……」

「後々の人生の為だ。勉強は大切だぞ?」

「普通の勉強しろよ……」

 親友はへへへと笑いながら、携帯端末を操作してあるスレッドを見せてきた。

「これ。気にならないか?」

 『色恋芭露イロコイバロウ』というタイトルのスレッドだった。

「なんだこれ?芭露って何?」

 聞いた事のない単語だった。

「芭露ってのは、北海道の田舎の方の地名」

「そんなとこにも風俗店ってあるのか」

 人間、と言うか男の性欲と言うものは凄いなと感心する。

 しかし、親友がニヤニヤとしているのがどうも腑に落ちない。

「ここでは違う意味で使われてる」

「あ?まさか……」

 今までの話の流れからおおよその予測がついた。

 ニヤついたままの親友が、僕の耳元で囁く。

「この掲示板でのバイオロイドの隠語だよ」

「つまり、バイオロイド相手の恋愛って事か?」

 何故か僕も小声になっていた。

「そういう事!」

 満面の笑みで大袈裟なリアクションを見せる親友。

「おいおいおいおい……」

 思わず頭を抱えてしまった。

「だとすると、何か?このスレッドはロイコンの巣窟か……」

「そう言う言い方は辞めろよ。人の趣味嗜好は自由だろ」

 親友がブーイングを送って来る。

「だって、バイオロイドだぞ?工業製品なんだぞ?」

「オナホとかダッチワイフも工業製品だろ?」

「いやいや、お前はオナホに恋をするのか?」

「しないな」

「言ってる事矛盾してんじゃねーか!」

「まぁまぁ、俺はロイコンじゃないから」

「将来的になる予定があるのか……」

「それが分からないから、人間は面白い!」

「哲学っぽく言うな……」

 僕は頭を抱えっぱなしだった。

「それより、ここ!」

 親友は構わずに一つの書き込みを見せてきた。

「うん?芭露デートが楽しめるカフェ……?」

「これが案外近くにあるんだよ!行ってみないか?」

 この店に行った事が、僕の人生を大きく狂わせる事になるなど、この時は知るよしものなかった。

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