第4話 司令部強襲

・・4・・

5の月11の日

正午前

ホルソフから西三〇キーラ

統合軍・能力者化師団統合司令部

アカツキ用司令官執務室テント



 ソズダーニアによる自爆攻撃が初めて発生してから三日が経過した。

 化け物の命を引き換えにした卑劣極まりないこの攻撃は僕達将官組や参謀本部の懸念通り初日だけでなく翌日、翌々日も報告されその数は合計約一八〇。爆発する度に最低でも五倍近くかそれ以上の死傷者が発生するし、判明してほしく無かったんだけど二型の方が爆発力は高かった。三型は個体数が少ないのもあるのかまだ確認はされていない。ただ二型の方が爆発力が高いのなら、二型より強力な三型はそれ以上だろう。

 対策は三日前にとりあえずは決まったけれど、あれから手法は変わっていない。こちらの火力が優勢なのだからと、とにかく火力で爆発する前に叩く。手持ちの武器で言うならショットガンや能力者なら後先構わず高火力の魔法を。自爆を防げそうにないなら突撃してくるソズダーニアの脚を集中して狙って目の前で爆ぜさせないようにする。

 このように対処療法じみたやり方しか無いので、戦いが始まる前の楽観的な雰囲気は消えてなくなっていて、いつの間にか最後の戦いに相応しい緊張感に戦場は包まれていたんだ。

 それはもちろん、僕が今いる司令部でも同じだった。


「連合王国第二八師団より報告。午前中で既に師団展開区域だけでもソズダーニアが一〇出現。内訳は一型が六、二型が三、三型が一とのこと。また、先程法国の第三一神聖師団からも報告があり、こちらにも担当区域にソズダーニアが八出現。現在戦線中央部で確認されているソズダーニアは約一八〇。内、三〇が自爆しました。対象自爆による死傷者は一部未確定ですが、約二五〇。昨日よりは対処に慣れてきたのか、少なくはなっています」


「報告ご苦労さま。了解したよ。三日って短期間で自爆への対処が確立しつつあるのは喜ばしいことだね。ただ、三型は希少性故か今のとこ自爆事例はないけれど今がないから起きないなんて保証はどこにもない。引き続き最大限の警戒をするように」


「はっ。了解しました。では、失礼致します」


 師団情報参謀からの報告を聞き指示を出しておくと、ほんの少しだけ息をつく。

 砲弾薬の消費量が少々増加して兵站に若干の負担がかかったけれど、練度の高い兵の命の方が大事だ。兵站曰くまだ許容範囲内だし、幸いな事に多少後先を考えなくても物資に余裕があるし、何よりこれまで築いてきた技術で物資輸送ルートは予備も含めて機能するようにしてある。

 自爆攻撃に対して、ひとまずは前線の方でなんとか対処が続けられていることにごくごく僅かだけど安心を得ていた。


「お疲れ様、旦那様。そろそろ昼の時間よ」


「お疲れ様、リイナ。あぁ、そっか。もう昼か」


 執務テントに入ってきたのは、さっきまで第二能力者化師団の参謀達と打ち合わせをしていたリイナだ。手には資料を持っている。


「旦那様の事だから、過集中になっていると思っていたわ。ねえ、ちょっと根詰めすぎじゃない? 灰皿の煙草、午前でそれなりの山になっているわよ」


 ほら、とリイナが指差すのは陶器製の灰皿。確かに彼女の言うように一〇本近くが山を形成しようとしていた。

 しまったな、そんなに吸ってたっけ……。


「ここ数日戦いが始まって前線に司令部にとタダでさえ忙しいところにソズダーニアの自爆攻撃があったから多忙極めるのは仕方ないけれど、ちゃんと休憩しなきゃダメよ?」


「リイナ様に同意。マスターの連続執務時間は3時間半を越えました。小休憩を強く推奨します」


「3時間半か……、流石にそろそろ小休憩程度は挟まないと効率が悪くなりそうだね。ついつい、悪い癖だ」


「前線の先に、リシュカがいるからでしょう?」


「まあ、ね」


「だからといって休まない理由にはならないもの。ささ、もうすぐ昼食なのだから休んでしまいましょう」


 リイナはささっと書類を置いて、自分のも含めてコーヒーを淹れる準備を始めた。

リイナが動いたのは、こうでもしないと僕は休まないってのもある――自覚はあるんだけど、目の前の戦いのことを考えるとね……――からだろう。正直ありがたい。

 コーヒーが出来上がる頃、丁度昼食が運ばれる。後方の司令部なら充実した温食だけど、今はいつ何が起こるか分からないから調理のしやすいサンドイッチが運ばれていた。将官用昼食だから、これでも前線の兵士の食事を考えればかなりいい方だ。

 どんな時でも食事はいいものだ。身体全体に栄養が行き渡るのを感じ、硬直化していた思考回路が柔軟になっていく。息抜きってやつだ。

 三〇分ほどで昼食を終えると、僕はコーヒーカップをソーサーに置いて、早速リイナに軍務の質問を投げかけた。


「第二能力者化師団での打ち合わせはどうだった?」


「このままだと師団内の予備が心許なくなりかねないって師団長が言っていたわ。当面は大丈夫らしいけれど、いくら能力者化師団とてあんな自爆攻撃を際限なく食らうと限界がある。あと十日今か今以上の状況が続くならいよいよ看過できない損耗率になる。とのことよ」


「やっぱりか……。元々の見積もりでソズターニアはこんなにいるなんて思っていなかったし、マトモな運用をすると僕達は考えていたからね……。それが蓋を開けてみたら想定の何倍も隠し持っていた上に、統合軍の基準だと気でも狂ったんじゃないかと思うようなやり方だ。下手な爆弾より爆発力が大きいだけに、能力者化師団でも被害を小さくするのは難しい。彼等だって人間だし、魔法障壁の強度だって万能じゃない」


「現状だと非魔法兵じゃソズターニアの自爆は防げずに爆発の巻き添えになるケースばかりだものね。ショットガンは普通の兵士なら効果覿面だけどソズターニアにはやや火力不足だもの。阻止できるのは魔法兵の法撃か、野砲やロケットの直撃。後者は現実的じゃないわよねえ」


「全くだ。野砲はそもそも個体目標の点制圧に向いてないからね。非魔法攻撃については現場の機転で行ってるL1ロケットの水平発射で凌ぐってのが、今のところの有効打だろうね」


 僕はこんな事になるなら傾向型噴進弾、前世でいうならばパンツァーファウストやパンツァーシュレックの開発提言や実戦投入を早期に行うべきだったと痛感する。

 しかし、今嘆いたってどうにもならない。これが最後の戦いで良かったとポジティブに捉えるべきだろう。


「ちなみにだけれど、第一能力者化師団の師団長もほぼ同じ事を話していたわ。法国の能力者化師団や協商連合の能力者兵重点配備部隊よ予備兵力投入を要請しないと、二週間後以降は苦しいって」


「分かった。どっちも前線司令部に行けば話せるから向かおうか」


「了解したわ、旦那様」


 思い立ったらすぐ行動ということで、僕は席を立ちリイナとエイジスが同行する。

 前線司令部のある大天幕は自分の執務室になっている天幕から数分程度だ。周辺には簡易的な仮設建築が進んでいて、前線司令部についてはここから前に動かないことを示している。十年前と違い兵器のレベルも上がってこれくらいは必要になるからね。

遠くから砲声や銃声が聞こえる中で僕達は歩みを進める。

 前線司令部の大天幕まであと一分を切ったくらいの頃だった。

 突然、一際大きな爆発音が聞こえた。


「なんだ今の!? 近いぞ!?」


「司令部近辺だわ! 一キーラ程度の場所じゃないの?!」


 正体はすぐに分かった。エイジスが告げたんだ。擬似的とはいえ感情を持つようになって久しい彼女の顔が険しくなり、若干だけ焦りが混ざっていた。


「……魔力周波数特定! 推定ソズターニア三型、出現……! 数は、単独! 場所はここから約九〇〇メーラ北東ですマイマスター!」

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