第3話 その頃ブカレシタ攻防戦は

 ・・3・・

 9の月23の日

 午前11時過ぎ

 旧東方領南東部ブカレシタ・西部郊外

 三カ国軍総本部付近


 リチリア島でフィリーネ少将達がキャターニャを失陥したものの粘り強く抵抗を続けている中、僕達はブカレシタの地で少しずつではあるが攻略を進めていた。

 リチリアの戦況は悪化の一途ではあるものの、あと十日もすればようやく本土から協商連合と僕ら連合王国の救援の海軍と陸軍が到着する。これならばあちらの希望は見いだせるであろうと僕達は考えていて、であるのならば我々も攻勢の手を緩めず戦わねばならないと意気込んでいた。

 そのブカレシタ。二十三の日である今日の朝に法国軍の総司令官マルコ大将が視察に到着し、ヴァネティア以来の再会ということで僕とマルコ大将は握手を交わした。

 今は僕――いつも通りリイナとエイジスは同行している――とマルコ大将、マーチス侯爵で最前線の様子を視察しつつ戦況について話し合っていた。ラットン中将は昨夜からの体調不良で休養を取っていた。ここしばらくリチリアの様子で気が気で無かっただろうし、気が張り詰めていただろうから仕方ないよね。


 「膨大な鉄量を投入してようやく渡河を果たし、やっとの事で二箇所の橋頭堡を確保。今は外縁部への攻撃というところですか。今も絶え間なく重砲類が火を吹いているというのに一筋縄ではいきませんね……」


 「はい、マルコ大将閣下。連合王国軍及び協商連合軍は西に突起した川の部分を越えて間もなく外縁部より西側を押さえられますが、敵の抵抗が凄まじく三個師団を投入しても外縁部から先に進出出来ていません」


 「北西部からも渡河して二方向から攻勢を仕掛ける途上なのだが、妖魔共の重点配備は北西、西、南側。見事に地の利を活かしている。その上――」


 「ブカレシタの要塞は従来の要塞ではなく星型要塞でしたね、マーチス大将」


 「ああ。それも先進的な方のな。これでは攻撃側は苦労ばかりさせられる。ぽつんと存在する要塞なら無視して包囲すればいいのだが、ブカレシタは南東部の要衝。ここは必ず占領せねばならんからな」


 「しかも、まだ攻勢を始めて余り経っていないというのに二カ国軍での累計の損害は約三〇〇〇とお聞きしました。精強な二カ国軍ですらこれほどまでに痛い目に遭うとは、やはりこれまでの妖魔帝国軍とは訳が違いますね」


 「火力の集中運用、魔法火力では未だ優勢であるのを活用した強固な防衛及び攻撃手法、そこへ破るのが難しい上に要塞火力としても申し分のない星型要塞です。戦術級魔法を使うには射程の関係もあり激戦地過ぎるあの場ではいい的になるだけですし、戦略級魔法に関してもほぼ同様ですので使えません。様々な面において間違いなく、これまでの本大戦における最大の攻防戦になるでしょう」


 「オレにせよ体調を崩したラットン中将にせよ、そしてアカツキにせよSSランクの切り札はまだ使うには早い。少なくとも外縁部から先に行かねば有効打にならんからな」


 「手札はここぞという時に使うものですわ、マル大将閣下」


 「肯定。星型要塞攻略時に大攻勢を敢行するのが最も効率的とワタクシも考えます」


 「ありがとうございますマーチス大将、アカツキ少将。リイナ中佐、エイジスくん。しかし、ここから見る限りでは我々が有利なのは間違いない筈なんですがね……。どうしたものか」


 マルコ大将は難しい顔をしながら素直に感想を述べていた。

 現在行われてる渡河作戦及び外縁部攻略作戦は十九の日に開始された。今日の時点で二箇所共に渡河部から周辺三キーラは確保していて、星型要塞とは別の防壁である外縁部の目の前まで迫っているんだけど、そこから先が中々進めずにいた。本当に敵総指揮官が変わったんじゃないかと思うくらいに鮮やかに奴らは戦っているんだよね。

 エイジスには二日おきに空襲をさせているし、召喚士攻撃飛行隊に爆撃を行わせているけれど今までとは比較にならない程堅い守りを前には攻撃飛行隊の爆撃力では不足だし、エイジスの火力でもやや足りない。敵の対空法撃が濃密なのも僕らの手を阻んでいた。

 よってマーチス侯爵は北西部からも二個師団を投入して三箇所目の突破口を作り出そう企図し、昨日から渡河作戦を始めている。

 今日の朝には既に半数以上が川を越えて攻勢を強めている。もう一箇所こちらが攻撃を仕掛けて来たことで、西側の防衛に追われている妖魔帝国軍の手が回らず比較的火力投射力が少なかったのが成功の要因だ。

 これで僕達三カ国軍が手に入れた攻撃拠点は三つ。この他にもマーチス侯爵は南側へ三個師団を投入しようとしている。四箇所で合計八個師団八万人の戦力投入。法国軍の投入火力戦力を含めても三分の一以上の戦力が集中することになるわけだ。逐次投入よりはずっといいしむしろ最適解だと僕は考えているからこの作戦には賛成だった。

 なので、若干の不安を滲ませるマルコ大将に僕はこう言った。


 「マルコ大将閣下。法国軍が七個師団を本戦闘に投入してくださったお陰で我々は兵力の集中運用が可能になっております。背中を安心して預けられるわけなのです。また、我々連合王国軍はダボロドロブやキシュナウなどからも追加の援軍が向かっており、兵力面では心配ありません。無論、戦う為の物資や武器弾薬に医療体制も万全です。また四日後には爆撃用の魔石だけでなく協商連合軍の『ボビンドラム』や我々の『L1ロケット』の追加分が到着します。つまり我々の火力は強まるばかり。対して妖魔帝国軍は弱まるばかりです。それなりの時間を要してしまいますが、勝てますよ」


 「ヴァネティアを救ってくれたアカツキ少将が言うのであれば信じましょう。それにマーチス大将やラットン中将もいらっしゃいますから。いけませんね、先日の反転攻勢を受けて私は少々臆病になっていたようです」


 「いいや、マルコ大将はよく耐え抜いたさ。オレはそう思っているぞ」


 「感謝します、マーチス大将。貴方に言って頂けるのは誉れですよ」


 マーチス侯爵とマルコ大将が二人で話し始めたので、僕達は一度席を外す。とはいっても十数メーラ動いただけだけど。

 そこで僕は単眼鏡をリイナから受け取って主攻面になっている西側を見つめた。ちょうど二カ国軍が昼前の総突撃を行っている所で、魔法火力と防御力に優れる法国軍が後方支援をしていた。

 だけど、相変わらず妖魔帝国軍の抵抗は激しい。高地か平地かの違いはあるけれど、さながら日露戦争の記録にあるような光景だった。


 「これは突破に手間取りそうだなあ……。僕の旅団は初日と二日目の攻勢に投入して今日は一旦後方に下げてるから使えない。明日には動かさないと一進一退でキリが無さそうだ。いや、そもそも旅団戦力じゃ効果は限定的か」


 「旦那様でも名案は浮かばなさそうかしら?」


 僕は思案が口に出ていたらしく、隣にいた同じように単眼鏡で見ているリイナが言う。

 僕は一度単眼鏡から目を外すと、


 「あるにはあるけれど、さっきも言ったようにまだ使えないね。星型要塞は今までの歴史の集大成といえる要塞なのは知っているよね?」


 「ええ。砲火力に対する優れた防御力。形状から防衛側にとっては最も優位に戦い抜けるのが星型要塞だものね」


 「そう。どうやら妖魔帝国軍はかなりの予算をブカレシタに突っ込んだみたいで、要塞に用いられた素材はいずれも教科書通りの理想で作られているんだ。これで敵の総司令官が馬鹿ならいいんだけど、おそらく向こう側で何かがあったんだろうね。この戦いに移行してから頭が優秀なのに切り替わっている。それだけじゃない。ここを失陥すれば妖魔帝国軍にとって旧東方領全てを失う事になって次は自領本土だ。だから本気も本気だろうね」


 「推定、妖魔帝国軍の損害は約二万を越えています。しかし、空襲を行い観察も致しましたが士気の低下はほとんど見られません。また、武器弾薬から食糧等の物資に至るまで巧みに隠匿しており、指揮官は非常に優れた采配を執っているとほぼ確定して言えるでしょう」


 「エイジスにそこまで言わせるだなんて、厄介な敵ね。これでは終わるまでに冬を迎えてしまいそう。ここが暖かい地域だから戦えるといっても、いつまでもブカレシタで戦うのは得策じゃないわ」


 「全くだよ。このまま戦い続けていたら、年越しすらも有りうるかもね」


 「けれど、旦那様はそんなつもりはさらさらないでしょう?」


 「勿論。最悪でも年末までには終わらせるさ。僕達の目標はブカレシタではなくて、山の向こう側なんだから」


 リイナが微笑んで言うと、僕は自信を現して返す。

 四日後には『ボビンドラム』と『L1ロケット』が到着する。前者は外縁部で用い、後者は星型要塞の内部にぶち込む予定だ。いかに堅固な要塞と言えど、空の守りは別だ。完全に魔法能力者頼みになっている。そうなればロケットの大量投射で衝撃を与えてあわよくば物資弾薬庫や本部自体に損害を与えさせる。心理作戦としても有効だろう。

 それと、召喚士偵察飛行隊によればこちらがブカレシタに到達した時点で妖魔帝国軍の東からの物資搬入が停止しているし、新たな援軍も現れていない。

 これは僕達の空襲や爆撃によって輸送しても被害ばかり増えると判断したのだろうし、偵察飛行隊の長大な行動半径に流石に気付いたのか、援軍が撃破されるという最悪の想定を防ぎたいんだろう。

 他にも、もっと単純な理由がある。妖魔帝国軍は大戦から甚大な損害を被っていて、いかに多くの軍を保有していてもおいそれと出せなくなっている環境にあるからだ。リチリア島に上陸軍を送ったのだって乾坤一擲の一撃を与え、成功すれば戦況を変えたいと思っているから。あそこを占領すればこちらの戦争計画が大きく狂うからね。

 ただしそのリチリア島もフィリーネ少将達が善戦している。リチリア島侵攻軍の損害報告を鑑みれば救援の陸海軍さえ到着すればこちらのものだろう。

 つまり、リチリア島とここブカレシタ。二つの戦いが僕達にとっても妖魔帝国軍にとっても大戦の分水嶺になるだろうと僕は分析していた。


 「そろそろ正午か……。昼食を簡単にでもいいから摂らないと」


 「あら、本当ね。お父様とマルコ大将は話に夢中なようだし言いに向かった方がいいかもしれないわ」


 「そうしようか」


 懐中時計は長針と短針が合流しようとしていた時間になっていた。けれど、そんな時にエイジスがぴくりと反応する。見つめていたのは要塞の方角。


 「どうかしたの、エイジス」


 「識別不明飛行物体を感知。距離九〇〇〇。時速八〇キーラ。数は二個飛行小隊。分散して飛行中。方角、西ですマイマスター」


 エイジスが発言した瞬間には視覚共有のレーダーには飛行物体が表示されていた。二手に分かれてこちらに向かっていた。


 「識別不明飛行隊? 友軍識別はしてあるよね?」


 「はい。全て。到達予想及び敵種別割り出し中。――敵種別特定。黒小竜ブラック・ミニドラゴン。到達予想、約七分。魔石魔力も感知。申し訳ありません。敵生体と魔力反応が多く目標識別に手間取りました」


 黒小竜か。どうりで魔石を抱えていても速いわけだ。これまでほとんど見かけなかったのは召喚士が軽視されていたからか、運用が確立していなかったからか、時代遅れの軍を相手にしていたからかだろうね。

 まあ今はそれはいいや。

 いつかはこうなると分かっていたことだ。遅かれ早かれさ。だから想定内だ。どうやらリイナも察したらしい。


 「……識別不明を敵と識別。ミスと気にしなくていいよ。七分もあれば対応可能だ。エイジスは至急南側の迎撃を」


 「了解しました、マイマスター」


 「リイナ、総本部に行って僕の名前を使って空襲警報を。一分でやれる?」


 「身体強化魔法を使えばすぐよ。三十秒でやるわ」


 「お願い」


 「了解したわ」


 エイジスはすぐさま行動を開始。迎撃に向かった。リイナも即時身体強化魔法をかけてすぐそこにある総本部の建物へ向かう。僕も切り替えて、マーチス侯爵とマルコ大将のもとへ向かった。


 「お話の途中申し訳ありません。簡潔に述べます。妖魔帝国軍も攻撃飛行隊を繰り出してきました。発見者はエイジス。距離九〇〇〇、到達まであと六分です」


 「エイジスに娘が突然動いたからおかしいと思ったが、なるほど。ついにか」


 「空襲ですって? 妖魔帝国軍が?」


 僕の発言に、同様に想定をしていたマーチス侯爵は平然としていたけれどマルコ大将はやや焦っていた。


 「はい。我々が召喚士飛行隊を運用するようになって時間が経っています。見よう見まねですが、運用に踏み出したんでしょう。飛ばすだけならあちらにも可能です」


 「空襲警報は?」


 「既にリイナを向かわせました」


 「迎撃は?」


 「エイジスが一個飛行小隊を迎撃に向かっています。もう一つはこちらで対処となります」


 「よくやった。エイジスが気付かなかったら危なかったな」


 マーチス侯爵が至極冷静に言うと、瞬間音響魔法のけたたましい音が総本部から発せられ、伝播的に広がっていく。

 エイジスと情報共有しているレーダーには、もうすぐ彼女が交戦しようとしていた。もう一つはこっちに向かっている。どちらも距離は六〇〇〇。


 「マーチス大将閣下とマルコ大将閣下はこの場にいてください。私が守ります」


 「休養中のラットン中将はどうする? 総司令部からやや北西だから大丈夫だと思うが」


 「このサイレンで既にお気付きでしょう。防空体制を構築しておいて正解でした」


 「迎撃は難しいがあるとなしでは大違いだな」


 「まさかここでも勉強になるとは思いませんでした。実際に目にしてみると鮮やかなものですね。資料では知っていましたが、後で詳しく教えてもらえると助かります。対空法撃なら我々法国軍も参考になります」


 「ええ、対処を終えてから話しましょう」


 僕とマーチス侯爵やマルコ大将と話している間にも対空迎撃体制は整えられていく。総本部直衛師団の魔法能力者兵達が慌ただしく動いている。距離は四五〇〇。探知魔法の圏内にはもう入っているから捕捉しているはずだ。


 「高度四〇〇ですか。ノウハウがないのに編隊も保ってます。恐らく総指揮官が兼ねてより教育を命令していたのでしょう」


 「敵ながら見事だ。だが、させんよ」


 マーチス侯爵は不敵な笑みを見せる。

 この世界において擬似的空軍である召喚士飛行隊は新しい軍の運用方法だ。前世より約半世紀も早く空軍が到着したと言ってもいい。

 だから迎撃という思考についても全くの未発達で、対空射撃兵器などは未だ研究途上であって防ぐ手立ては魔法による法撃しかない。魔法障壁を使われるから、ライフルによる密集対空射撃には限界があるからね。

 でも、この点転生者という立場は大きな力になる。あらゆる知識として手法を知っているからだ。召喚士飛行隊を生み出した時点で敵も使ってくるというのは知っていたし、参謀本部も学べばすぐに答えに行き着いたからね。

 なので、マーチス侯爵にしても教育を施された連合王国軍の面々に焦りは少なかった。初の迎撃だからもたついてはいるけれど。


 「距離三五〇〇。第一対空防衛ラインが迎撃を開始します」


 「うむ」


 敵は目視出来ている。エイジスのお陰で僕の視線の先には敵飛行隊の捕捉がされていて、赤色に四角の表示が一個飛行小隊分表示されていた。エイジスが迎撃戦闘を繰り広げている方は彼女によって既に半数が消えている。途中魔石を投棄したのかやや遠くから爆発音が聞こえていた。


 「おお、放ったな」


 「二割は墜ちましたが、あれが限界でしょうね」


 「空の小さい目標に当てるんですから、難しいのでしょうね」


 「仰る通りですマルコ大将閣下。追尾術式も含めていますが、召喚士が防御に集中して魔法障壁を張ってます。しかも戻らないつもりで突っ込んできていますから」


 「魔石の爆発力からして、ギリギリまで魔力を注入したみたいだな」


 「はい。対空迎撃を整えていなかったら総司令部が破壊されていたでしょう。ですが、させません」


 距離は一八〇〇。敵の攻撃飛行隊は六割まで減ったけれど、まだそれだけ残っている。

 もっと対空法撃密度を上げないといけないなあと今後の課題を頭の片隅で考えつつも、僕は詠唱の準備を始める。行使するのは中級の風魔法。追尾術式も付随させる。


 「オレもやろうか」


 「お願いします。目標はこちらで指示します」


 「貴官にはエイジスのレーダーとやらがあるからな。頼む」


 「了解しました。マルコ大将閣下は万が一に備え、魔法障壁の展開を」


 「任せてください。防御は私の得意分野です。主の加護をここに。我らを守り給え、『ホーリー・ドーム』」


 これまで本人は魔法を使う機会は無かったけれど、マルコ大将も魔法能力者だ。召喚武器こそ所有していないけれど、光属性の魔法を得意としているA+ランク。詠唱は素早く、魔法障壁の他にも僕達を守護するように光属性の壁を作り出していた。

 距離は一二〇〇。あと六〇〇近付けば射程内になる。


 「第二対空迎撃ラインを突破。四割まで減少。途中投棄で若干の被害はありそうですが、問題ありません」


 「教本通りに障壁でなんとか耐えたな。この辺りも今後の修正と手法の変更に使えそうだな」


 「はい。――距離八〇〇で残り三割です。そろそろです。火属性爆発系を前方に放ってください。私はその後に風魔法を撃ちます」


 「分かった、アカツキ少将」


 召喚士攻撃飛行隊を組織したのは見事だ。けれど、あいつらには一つ不足している要素がある。

 これは僕らの課題でもあるけれど、護衛の存在が無い点だ。

 爆撃機には護衛の戦闘機が必須なのは前世の歴史の通りだ。召喚士の動物には個別攻撃能力が無い――魔法障壁を用いた体当たりや妨害というのはあるけれど――から、僕達連合王国軍の場合第一波で対空部隊を潰してから爆撃するか、現在の主要な手法としてはエイジスが護衛戦闘機の役割も兼ねている。だからこれまで爆撃に効力があった――敵に飛行隊がいないという点もあるし迎撃ノウハウが無いのもあるけれど――んだ。けれど奴らは付け焼刃の運用だから爆撃機のみのような形になってしまっている。これは僅かとはいえ、こっちとあっちとでは運用ノウハウの蓄積の差が生んだ状況だと思う。

 迎撃体制は構築されている。友軍の召喚士飛行隊がスクランブルで上がり、妨害も始めている。それでも構うものかと敵飛行隊は最大速度での飛行を続けていた。


 「六〇〇。今!」


 「了解!」


 マーチス侯爵は詠唱準備を終えて撃つだけにしていた追尾術式付与の火属性魔法を上空に向けて数発撃ち込んだ。

 それらは前方で爆発し、視界を奪い三体ほどを魔石諸共爆発させ、撃墜させた。

 次は僕。追尾術式付与風魔法の刃を十数放つ。黒小竜の悲鳴が聞こえ、マーチス侯爵が放った火属性魔法の煙から墜落するものもいた。

 ところが。


 「ちっ、一体だけ撃ち漏らした……!」


 「翼の右を被弾しているというのに降下姿勢に入っているぞ! くそ、間に合わん!」


 「あのままだと総司令部に突っ込みますよ!」


 一体だけ残った黒小竜は飛行小隊の中で一番大きい個体だったから耐えられたのかもしれない。ダメージを受け墜落しながらも降下姿勢に入り総司令部へ魔石を抱えたまま突っ込んでいた。

 まずい、自爆するつもりだ!

 あいつが持っている魔石は大きく、総司令部にもしあんなのが爆発したら迎撃部隊が展開している魔法障壁があっても耐えられるか分からない。直撃までは数秒。緊急展開も間に合わないだろう。

 僕達のいる位置から総司令部はすぐだけど、今から即時発動可能な魔法では追尾もない単発が限界で間に合わない可能性も高い。

 お願いだから、魔法障壁で防いでくれ! と願った時だった。


 「――『アブソリュート・ソロ』!!」


 総司令部の出入口にいた人物が放ったのは絶対零度の青白い光線。アブソリュート・ソロ。

 氷の光線は黒小竜を貫き、魔石も黒小竜自体も氷漬けにされ、そして粉々に砕け散った。


 「リイナ!?」


 そう、氷の光線を放ったのは他でもないリイナだった。『アブソリュート』を天に掲げ黒小竜を撃破し、総司令部の危機を救ったのはリイナだったんだ!

 見事に討ち果たし氷の小粒が舞い降りる中で、彼女は僕の方を振り向いて優雅に微笑む。

 その情景に大歓声が巻き起こる。


 「うぉぉおおおお!! 良くやったぞリイナぁぁぁ!!」


 「お見事! お見事ですよこれはぁぁぁ!!」


 マーチス侯爵やマルコ大将も、珍しいくらいに大きな声を出して歓喜をあらわにしていた。それほどまでに、リイナの行動は大戦果だったんだ。

 だから、僕も嬉しくてついリイナに向けてガッツポーズをしてしまった。あんまりこういう喜び方はして来なかったから普段なら周りから驚かれるかもしれないけど、場の雰囲気から誰も気にしてはいなかった。

 リイナは身体強化魔法をかけたままだったのか将兵の賞賛に囲まれる中で駆けてこちらにやってきた。


 「リイナ、本当にありがとう!! ありがとう!!」


 「咄嗟の判断だったけれど成功して良かったわ。っと、あらあら。ふふっ」


 この状況なら許されるだろうと、僕は嬉しさのあまりにリイナに抱きついた。気分的には抱きしめるつもりだったんだけど、身長的にどうしてもこうなるんだよ。うん。仕方ないね!

 リイナは抱きついてきた僕を抱き返すと、周りの歓声はさらに高まり、リイナが着剣していた『アブソリュート』を抜剣して天高く掲げると将兵の声は最高潮に達した!


 「よくやった! よくやったぞリイナ! あの場でお前がやらなかったら司令部はどうなっていたことか!」


 「軍人として当然の務めを果たしたまでよ、お父様」


 「それでもだ! 大戦果だ!」


 「素晴らしい独自魔法でしたよリイナ中佐! とても綺麗でありました!」


 「お褒め頂き光栄ですわ、マルコ大将閣下。私としても、間に合って良かったと思っておりますの」


 リイナは華麗に笑み答える。

 妖魔帝国軍も飛行隊を出していた想定内の中であわや総司令部が破壊されるという危機を救ったリイナ。

 この一件は今後の対空防衛体制の課題が生じたし反省点も出てきたけれど、リイナが総司令部を守ったという事実は全軍に広まり士気に大きな好影響を与えたのだった。

 ブカレシタ攻防戦はまだまだ続く。しかし僕達三カ国軍にさらに自信が出たのは確かだった。

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