第8話 キシュナウの戦いに勝利はしたが

 ・・8・・

 6の月28の日

 キシュナウ市北部・第2方面軍総司令部


 間もなく六の月も終わりを迎えるこの日。僕達第二方面軍は敵たる妖魔帝国軍の激しい抵抗に遭いながらもキシュナウ市の大部分を占領。残すは南部の一部地域のみとなっていた。

 既にキシュナウ市の南に流れる川を越えての包囲も完了しており、敵残存は僅かに六千五百。もう一度総攻撃を仕掛ければ瞬く間に妖魔帝国軍は殲滅されるだろう。

 よってこの日。銃弾は尽き、とっくに限界を迎えているであろう奴等に対して最後通告を突きつけることとなった。


『本日正午より、総攻撃を開始する。既に勝敗は決している。潔く投降したのならば、我々は寛大な処置を取ろう。命は保証し、飢えているであろう諸君等に食糧も提供する。最終回答期限は十一時。諸君等の賢明な判断を祈る』


 午前九時前。前日までであればとっくに交戦が行われている時刻だがあえて攻撃中止命令を出した上でこのような文書が書かれたビラを僅かに残った敵勢力圏に撒いた。

 マーチス侯爵を始めとして総司令部の面々はこれで多くの投降者が現れてくれれば弾薬消費を抑えられるし味方の犠牲も少なくなる。

 この散布したビラ。確かに効果はあった。午前十時半までにやせ細った妖魔軍の兵士や士官など約千五百名が投降したのである。

 残存が損耗しきった一個旅団相当であるのだから統制が取れているはずもない。緒戦のように敵が敵を撃つこともなく速やかに投降した捕虜の収容は行われ、重傷者から優先して治療。食事が可能なものには通常の食料ではなく、飢餓で弱りきった体と胃に負担のかけないものを与えた。


 「アカツキ少将閣下。捕虜の負傷等級振り分けは順調に進んでおります。魔人の身体は比較的人間等に似ているのはジドゥーミラで分かっておりますので、特に問題はありません。また、提供している食料も飢餓者に合わせた物を出しております」


 「分かったよ。報告ありがとう」


 報告した兵士が言った負傷等級振り分けとは、トリアージの事だ。前世の歴史でも原型はナポレオンの頃に既にあり、この世界でもトリアージは存在する。ただ、システムはナイチンゲール以前のものであったから、ここにも僕は前線医療を担当する衛生兵や医官などが関係する衛生部門に提案をした。それをしたのがA号改革が始まり半年ほど経過してから。提案したのは前世の現代日本で使われていた、黒・赤字 ・黄・緑の四等級方式だ。僕自身こういうのに馴染み深い戦場にいたから仕組みはそれなりには知っていたし、兵器開発とは違いソフト面のものなので比較的早く連合王国軍には浸透していった。

 これらは開戦以来行われており、キシュナウの戦いでも利用されている。それを捕虜に対しても使用したわけだ。

 これらを実現出来たのは味方の損害が予想より少なく済んでいること。そしてなにより、潤沢な医療物資と医官・魔法医官・衛生兵の体制が構築されているからなんだよね。本当に兵站担当と医療担当の人達には頭が上がらないよ。

 このように総攻撃前に裏では捕虜という相手にに対しては手厚い保護が行われる中で、期限の十一時を迎えた。

 僕は手に持っている懐中時計で時刻を確認すると、隣にいるマーチス侯爵とラットン中将に、


 「マーチス大将閣下、ラットン中将閣下。期限を迎えました」


 「結局、指揮官からの降伏は無かったか。致し方ないな」


 「もう勝負はついておるのだから、降伏してほしかったのじゃがの。アカツキ少将、投降者はどれくらいじゃ?」


 「最新の報告で約千五百名です」


 「残りは四千五百というわけじゃな」


 「ここまで来れば流石にすぐに片がつくだろうな。ならば、正午より総攻撃を開始する。これがキシュナウにおける最後の攻撃になり我々は勝利を収めるだろう」


 「了解しました」


 「やっと、という所ね。予定よりはまだ早いけれど、随分しぶとく抵抗されたわ」


 リイナの率直な感想に、マーチス侯爵やラットン中将、総司令部テントにいる面々は同意の首肯をする。

 いくらキシュナウの市街地規模が人口数十万程度の中規模都市並みに広かったとはいえ、敵が中部にあった司令部を放棄してもう二十日近くが経過している。魔法が使える魔人は、人間に比して平均五倍の魔力量を保有しており、行使可能人口も人間より随分と多い。それ故に、敵の底力を味あわされた格好となってしまったわけだ。

 それでも有利に戦いを進められているのは質を高め続けている点と兵士達の努力によるものだろう。

 十一時を過ぎてからはマーチス侯爵の命令により攻撃準備が始められた。

 そうしてついに、正午となる。


 「正午になったな。各員に通達! これより最終総攻撃を開始する!」



 ・・Φ・・

 マーチス大将の号令はすぐさま魔法無線装置を介して伝わり、念には念を入れた野砲による制圧砲撃が、続いて前線に出しておいた魔法特務旅団の一部、一個大隊が魔法射撃を始めた。

 轟く砲撃音と魔法射撃音は凄まじく、また総攻撃に相応しい投射量だった。

 その後には一般歩兵による突撃と魔法能力者歩兵による後方からの濃密な火力支援。砲兵による支援砲撃。

 これらに対して、妖魔軍残存部隊は玉砕覚悟の突撃を敢行する。しかしアカツキ達の側が万全な兵士達に対して、あちらはボロボロに疲弊しきっており弾薬も魔力もほぼ底が尽きた状態。いくら魔人達の方が平均的に魔力に優れていて魔法が使える者が多いとはいえ、この決定的な差ではどうしようもない。

 たった二時間で妖魔帝国軍の決死隊は討ち滅ぼされ、推定二千から三千が戦死したのだった。

 総攻撃から二時間半以上が経過した、午後三時前。最前線で動きがあった。


 「敵の司令部と思われる地下道付近から多数の発砲音あり。最大限警戒するも、敵は出現せず」


 この報告に、アカツキやマーチス侯爵達はすぐに察した。

 恐らく、敵司令官など生き残っていた者達は捕虜になるより自決を選んだらしい。

 その予測は命中し、突入した部隊の兵士達が見たのは地下道に幾つかある部屋のそれぞれに頭や口から銃を撃ち抜いて自死した魔人達の屍であり、その中には妖魔軍西方第三軍団総司令官であるレフノロスキーの死体もあった。

 だが、彼はただ死んだだけでは無かった。彼がいた部屋には、直筆の書き置きが残されていたのである。そこには、こう書かれていた。


『我らは果たすべき事を果たした。我らの屍を乗り越え、貴様等には我々魔人達の鉄槌が下されるであろう。精々足掻け、人間共』


 アカツキ達が感じていた敵軍による時間稼ぎは的中していたわけだったのだ。キシュナウの妖魔帝国軍は明らかに何らかの時間稼ぎをしていたのだと。

 キシュナウを制圧した事で歓喜に沸く二カ国軍の兵士達。しかしアカツキにせよマーチスにせよ、総司令部の者達は素直に喜べなかった。嫌な予感がしたからである。

 そして、予感は的中してしまう。

 翌日、二十九の日。

 法国軍から緊急情報が入る。


『ブカレシタから東百十キーラ地点にて、地平線から妖魔帝国軍の大軍が出現。偵察の結果、新たな敵軍の勢力は約三十万と推定される』

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