第4話 王都の駅を視察しよう〜改革特務部のお仕事その1〜
・・4・・
4の月3の日
午前10時
アルネセイラ新市街地北東部街区・アリハッド地区
マーチス侯爵とリイナとの夕食会は、あの後すぐに対面した侯爵の奥さんエリス・ヨーク侯爵夫人と交えて開かれた。エリス夫人は非常に穏やかな人で、夕食前の会話の報告を聞くと自らの事のように喜んでいた。
次の日は平日で仕事があるのでやや早めに解散となって、侯爵の馬車で送ってもらった翌日がつまり今日。僕は補佐兼秘書のリイナと鉄道改革課課長のジェフ大尉の三人で公用馬車――文字通り仕事で使う馬車――に乗って王都新市街地北東部街区、アリハッド地区に向かっていた。
目的はアリハッド地区で建設中の『アルネセイラ中央駅(仮称)』だ。建設中の一大ターミナルとなる予定のこの駅は、鉄道敷設自体が既に決定事項だった為に用地は取得済み。敷設を前に駅と駅舎は既に工事を開始していた。
馬車が現場に近付くにつれて、賑やかな声が少し遠くのここからでも聞こえてくる。大規模駅だけあって動員されている作業員の数も多いようだ。時折怒号も聞こえるのは活気のうち、なのかな。
それらの声がさらに大きくなった所で馬車は止まる。
僕達は降りると、目の前にあった光景はまだ駅舎は進捗一割方でしか無いにも関わらず壮観だった。
「おおー……。こんなに広いとは思わなかった。やっぱり現場には出向いてみるもんだね」
「目の前で見るとすごいわね……」
「自分は二度ほど来ておりますが、やはりいつ見ても素晴らしい光景です」
僕達の正面は、本年度末から来年度九の月には駅と駅舎が完成する予定の広大な土地が広がっていた。基礎と建てられ始めた建築物の規模から、王都の中心駅に恥じない立派なものになるのは間違いないし、完成予想図を見せてもらったけれど、とても
だけど、立派なのは駅だけでは無かった。僕は駅の方へ歩きながらそれについて口にする。
「駅前広場も相当大きいね。計画書では出入口に沿って馬車止めが設置されるし、乗合馬車停留所も設置されるんだっけか。さらに王国民憩いの場として公園も設置。だとしても、かなり余るよね」
「はい。我が国の中心となる駅ですから、今後の発展も見越して相当余裕を残した設計にしてあるそうです。話によると同時進行中の、西部縦貫鉄道の王都側駅、アルネセイラ第二中央駅とここを路面鉄道で繋ぐ計画もありましてその為の停留所の分も確保してあるとか」
「路面鉄道の件は聞いていたけれど、なるほどそこまで考えているとはとても先見性のある建築士なんだね」
「ええ。ちなみにですが、その人物は国王陛下直々の指名で担当になったそうです。これから会いに行くのがかの建築士なんですよ」
「それはとても楽しみだね」
僕の疑問にジェフ大尉はすらすらと答えてくれる。対してリイナは周辺の光景が新鮮なのか歩きながら器用に見回していた。気持ちはすごく分かるよ。僕もさっきから会話しつつ色んなとこ眺めてるもん。
「あちらがアルネセイラ中央駅の責任者、ラルグス・マクレーン特等建築士です」
「ほー、ドワーフだったんだ」
ジェフ大尉が指したのは、駅建設にあたって大量動員された工業分野だけでなく建設現場でも活躍するドワーフ達の中でもよく仕立てられたスーツを着込んだ男だった。ドワーフは小柄だが体格が立派な者が多く彼も例に漏れず筋骨隆々。整えられた髭も相まって建築士というより用心棒と言った方が違和感がない彼はジェフ大尉が名前を呼ぶと振り返り。
「おお、ジェフ大尉じゃねえですか!」
「おはようございます、ラルグス特等建築士!建設はどうですか?」
「今んとこ問題はねえですよ!ところで其方の立派な軍服の方々は? 見学か何かですかい?」
「こちらが先日軍部省からお伝えした改革特務部部長で魔法大佐のアカツキ・ノースロード王宮伯爵閣下です。そしてこちらが部長補佐のリイナ・ヨーク少佐です」
「アカツキ・ノースロードです。ラルグス特等建築士、今日の視察よろしくね」
「リイナ・ヨークよ。アカツキ王宮伯爵閣下の補佐兼秘書をしているわ」
「お、お、王宮伯爵閣下にマーチス侯爵閣下の娘さん!? し、失礼しやした! 自分はこの駅の建設総責任者、ラルグス・マクレーンでありやす! どうかご無礼をお許しくだせえ!」
僕とリイナを交互に見て慌てふためき直角に頭を下げる。はて、ご無礼ってなんだろか。
「あー、私分かりましたよ」
「何をなのリイナ?」
「旦那様の見た目です。外見に目を取られて階級章と左胸の王宮伯爵勲章が目に入らなかったのでしょうね」
「あー、なるほどね。士官学校の生徒でも思われたかなあ」
「旦那様は可愛らしいお姿ですから」
「だからってここでうっとりするのはやめようね?」
リイナに指摘されて僕は苦笑いしつつまた一目惚れモードに入った彼女をたしなめる。礼装や式典で羽織る王宮伯爵を表すマントなんて普段は使わないし、となれば左胸の小さい勲章と階級章で判断しないといけない。軍人や軍属ならともかく非軍人だとなかなか判別はつかないだろう。
このままなのは彼も気の毒なので僕は接しやすい口調を続ける。
「頭を上げて、ラルグス特等建築士」
「し、しかし」
「僕は慣れてるから気にしないで、ラルグス特等建築士。あと王宮伯爵じゃなくて名前の後に階級でいいよ。そっちの方が言いやすいでしょ?」
「ありがとうございやす、アカツキ大佐! いやはや、てっきり士官学校の貴族の坊ちゃんが見学に来たとでも思ってしまいやして……」
ラルグス特等建築士は頭を上げると頭を掻きながらすまなさそうに言う。
「僕があなたの立場でもそう判断するだろうか構わないさ。改めてよろしくね」
「王宮伯爵様に握手なんてとんでもねえですよ!?」
「特等建築士なら一代限りでも男爵号持ちでしょ?」
「へ、へえ。では、よろしくお願いしやす!」
僕とラルグス特等建築士は固く握手を交わし、リイナも彼と握手する。
「しっかし、アカツキ大佐が接しやすい方で助かりやしたよ。先週、軍部省の役人がアカツキ王宮伯爵閣下がご視察なさるから覚えておくようにと来ましてね。いくら鉄道敷設を推進する方とは言ってもどんな貴族がやって来るかとヒヤヒヤしてもんで」
「無駄に偉そうなのもいるものね。心中察するわ」
「リイナ少佐、ありがとうございやす。ですが、アカツキ大佐なら安心でありやすよ。この性分だもんで、畏まったの苦手なんですわ」
「よく分かるよラルグス特等建築士。僕も格式張ったのはどうにもね」
「こいつぁ気が合いそうな方だ!いやぁ、良かった良かった!」
豪快に笑うラルグス特等建築士。どうやら彼の懸念は払拭されたようだ。
さて、雑談もこれくらいにしておいて仕事をしようかな。
「ジェフ大尉、青色の書類をくれるかな?」
「これですね。どうぞ」
「ありがとう。じゃあラルグス特等建築士。まずは駅から案内してくれるかな?」
「了解しやした!」
僕達はラルグス特等建築士の案内で建築中の駅舎と駅の方へ向かう。
駅前広場予定地からでも広大と思えるくらいだった駅舎と駅は間近まで行くとその大きさが際立った。完成したら威容の誇る施設になるだろうなと実感する。
「早速ですが説明してもええですかな?」
「うん。よろしく」
「分かりやした。――まだ仮称でありやすがアルネセイラ中央駅は五階建てになりやす。一階は駅機能、二階は貴賓室など迎賓機能を有するようにしてありやす。三階からは鉄道運行機能が入りやすから、連合王国鉄道本部になりやすね」
「駅舎としては標準的だね。でも、何か足りない気がするな……」
「足りないものでありやすか?」
「あー、気にしないで。建築様式は新連合王国式だったよね?」
「ええ。せっかく新しく建てるんですから最新鋭の技術と様式を入れてみやした。絢爛豪華、他国のモンが訪れたらさぞ驚くでしょうな」
「いずれは王都の玄関口になるからね。次に、駅機能はどう?」
「駅としての機能は実際に見てもらった方が早いですわ。こちらへ」
駅舎建設予定地を回り込んで、ホームの方へ回り込むとここもまたかなり面積が広かった。
「だいぶ大きく場所を取ったね」
「もちろんでさあ。開業時には
「いや大丈夫。開業時にホーム四本、線路八本って事でしょ。でも、頭端式だと方向転換とか大変じゃない? 進入時に動力になる魔法蒸気機関車は頭から入るから、次発に入れるには一度バックさせるか建設中の機関区から機関車を持ってきて一度駅から出てから組み直し。付け替えしてから駅へ進入か。いやでも、ダイヤグラムの計画からしてこれだけ容量に余裕があるならしばらくは問題ないか……」
前世、友人に鉄道オタクがいて色々と教えてくれた知識を異世界でフル稼働させる。覚えてて助かったよ。
頭端式ホーム――日本だと阪急の梅田駅や小田急の新宿駅がこのタイプ――は上下移動も無ければホームが横一列に並ぶから客にも便利。さらには東部行きも南部行きもこの駅に集約されるから乗り換えの手間も少なくて楽チンというメリットがある。しかしデメリットも存在していて、それが言った点になる。両端に動力がある電車ならともかく、機関車だと一度方向転換が必要だ。駅到着後バック走行して機関区に戻り機関車の位置を変えないといけない。バック走行は安全上スピードは出せないし、電車と違って次発までの手順がいくつもいる。となるとホームを占有する時間も増えるわけだ。さらに通過型ホームと違って行き止まりだから、すぐに回送させるってわけにもいかない。
ただ、この点に関しても僕が言ったとおりだ。開業しばらくはダイヤも余裕があるし当面の問題にはならない。その頃には鉄道技術も熟成されてくるから当事者達が解決してくれるだろう。
とまあこんな感じで思考を巡らせていると、ラルグス特等建築士はぽかんとしていた。
「ラルグス特等建築士、どうしたの?」
「…………こりゃあ驚いた。あっしは建築専門でありやすから鉄道関係の専門用語を学ぶにゃ苦労したんですが、アカツキ大佐はよく勉強されていたんですな」
「自分もビックリしましたよ。鉄道用語がこうもスラスラと、しかもホームの特徴を理解した上で考察されるとは。もしかして、おれ必要ないんじゃないですかね」
「自身が携わる分野について勉学を怠らない。私の目に狂いは無かったわ!」
ラルグス特等建築士に続いてジェフ大尉も驚愕の表情で僕を見る。電車ならともかく魔法蒸気機関車は未知の分野なので事前に調べたのは確かなんだけれども、前世の知識も含まれているとは言えないよねえ……。
ちなみにリイナについてはまたしても意図せず好感度が上がっているみたいだけど、うんスルーしておこう……。
「視察するのに無学なのはまずいでしょ? とはいえ網羅なんてとてもじゃないけど無理だ。だからジェフ大尉に頼ることも多いと思うよ?」
「ありがとうございます。こちらとしてもアカツキ大佐が用語をご存知なら説明の要らない部分も出るので助かります」
「あっしも同じですな。ところでアカツキ大佐。先ほど駅舎をご覧になって足りないものがあると言うてやしたが、ちょいと気になりやしてな。差し支えなければ教えてもらえやすか?」
「うーんと、それについては僕も喉から出そうにはなってるんだけどこう出てこなくてね……。駅舎……、駅舎の中。駅舎内と言えば……。出発前の買い物。軽食やご飯でしょ……。あ、思い出した!」
「おお! なら教えてくだせえ!」
僕が閃いたと見るやいなや、目を輝かせて待つラルグス特等建築士。勿体ぶる必要も無いので僕は口を開く。
「ラルグス特等建築士。駅舎の一階には商業施設とかってどうなっているの?」
「商業施設でありやすか? 確かホームの前に軽食などの出店などは置く話は上がってやすが、改札より手前の区画はどうするか現在計画中。早い話が特に決まってないってとこですな。何せ鉄道自体が初めての試みなんで」
「なら丁度いいね。駅の中に商業施設、駅ナカを作ったらいいんじゃないかな?」
「エキナカ、でありやすか?」
おっとしまった、駅ナカはこっちじゃ通じるわけないか。まるで僕が今作った造語みたいになってしまったので、彼に説明をしていく。
「一階の図面を見せてくれるかな?」
「これでありやす。どうぞ」
「ありがとう。…………ふむふむ、この様子ならたぶん大丈夫かな?」
「それで駅ナカというのは?」
「おれも気になりますね」
「私もです。初めて聞いた言葉だもの」
「要するに駅舎の一階、改札口の近くからこの部分だね。かなり面積もあるからここに商業施設を作ったらどうかなってこと。イメージ的には駅の中に商店街があるみたいな」
僕は三人に、図面の中でもラルグス特等建築士が言っていた空白になっている部分を指差す。
「商店街、でありやすか」
「うん。駅には沢山の人が集まるでしょ? それに路線はかなり長大になる。列車に乗る前に食べ物や飲み物を買っておきたい人や予め飲食をしたい人もいるだろうし、王都に来た記念にとお土産を買いたい人もいると思うんだ。だからそのお客さん達向けに商業施設があったら便利かなって。あ、そうだ。王都観光しに来た人達のために案内所も作ったらいいかもね」
「仰る通りですね。今後おれ達も主張や帰省などに鉄道は使いますけど、その際に土産屋があれば予め買う手間も省けますし乗車前に飲食可能な場所があるなら腹ごしらえや休憩にも使えます。将来的に待合室だけだと満員で座れなかったなんてなりかねないですから」
「カフェやレストランなんてあるといいですね。オシャレなお店があったらきっと賑わうわ」
「リイナ少佐の言う通りカフェやレストランは必須で考えていたよ。そうだね、これを……、駅内商店街と名付けようか。レストランやカフェ、土産屋や弁当や軽食の販売店を配置すれば経済効果もあるんじゃないかな」
「名案でありやすな! となれば、区画割りは……、うし、小さい変更で済みやすからいけます!」
ラルグス特等建築士は僕から図面を受け取るとすぐに空白の部分に駅内商店街と書き込み、さらにレストラン・カフェ・土産屋・観光案内所、と続けて記していく。
「駅内商店街の店舗選定については改革部の仕事にもなってくるけど、後日またラルグス特等建築士に相談するよ。何か案が出てきたら教えてくれるかな?」
「もちろん! 面白くなってきやしたな!」
「お願いするね」
「了解しやした!」
「ジェフ大尉。駅内商店街についてはまた改革特務部に戻ってから話を詰めていこう。ある程度形が纏まったら王都の商業組合、いや王都に出店したい人もいるかもしれないから全土に布告してもいいかも。連合王国商業組合に連絡も取るようにして。必要なら僕が直接出向くから」
「分かりました!視察から帰ったらすぐに纏めます!」
「リイナ少佐、今後のスケジュールに今の事を記載しておいて」
「任されました。予定の調整と折衝についてもしておきますね」
「ありがとね」
「完成したらレストランへ一緒に行きましょう。いえ、行くことは決定です」
「それはまたおいおいね……」
昨日と今日で、プライベートとギャップのあり過ぎるリイナの敬語にも慣れてきた、と思っていたらこの人敬語調でもテンション変わんなかったわ……。今は職務中なので程々にしていなしておく。
それからは意気投合したラルグス特等建築士と駅前広場の方も視察して、記載や会議が必要な事項についてはジェフ大尉やリイナとも話しながらこの日の視察を終えたのだった。
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