第8話 最新式ライフルはあるのに大量導入出来ない理由
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アルヴィン・ノースロード。四十一歳。
ノースロード家当主である父上の弟で、アルネシア連合王国陸軍の少将。仁義に厚い性格で、厳しくも優しい人物という定評がある。父上にとっては弟でありながら頼もしい右腕でもあり、それは領内二個師団の副司令官である事にも現れている。ちなみに彼も既婚者だ。
そしてアルヴィンおじさんに対する師団の部下達の信頼度は高く、その忠誠はこうやって僕と話している時でも直立不動で動かない点から察する事が出来るね。笑い話になれば、当然後ろでにこやかにしているけどさ。
「そういやアカツキ。体の方はどうだ?見た目の割には頑丈なのに風邪だなんて珍しいと思ってな」
「ばっちり治りました。今日は夕方まで視察するつもりですからお気遣いなく」
「そらいい話だ。兄上が王都にいて留守中はお前さんが代行だ。未来の当主なんだから学びたい事があればじゃんじゃん聞いてくれ。とは言っても、やっぱ最初の視察先は魔法部隊――」
「いえ、先に歩兵部隊の視察をします」
「なん、だと……」
今までは一般兵科より魔法兵科に興味が傾いていたからいつも通り魔法兵科の方へ先に向かうと思っていたアルヴィンおじさんは僕の発言に驚愕する。
「どうしたんだよ。大して興味の無かった歩兵を先だなんて。頭でもぶつけたか?」
「魔法兵科も重要ですが、歩兵は師団の根幹です。やがて僕は司令官にもなるのですから、要になる彼らも重点的に見た方がいいでしょう?」
「お、おおう。そりゃそうだが……」
「特に歩兵の持つ銃が気になります」
「アレも知ってんのかよ!?いや、調べりゃ分かることだけども」
「はい、調べました。なので、先に。軍を知るのも次期当主の役目です」
「三日で随分と心掛けが変わったもんだな……。殊勝な心掛けだけどよ」
「ですので、ご案内よろしくお願いしますね」
「任せとけ。次期当主のお前が関心持って視察に来るなら歩兵連中も喜ぶ」
最初は驚いていたものの、嬉しそうなアルヴィンおじさんは快く頷いて彼の案内で歩兵の訓練場へと向かう。おじさんは魔法能力者でありながらも一般兵科の育成にも力を入れているから、僕が同じように思っているのを喜んでいるんだろうね。
既に遠くから銃声が聞こえてきている。その音の発生源までは歩いて五分程度で到着した。
歩兵達は射撃の訓練を行っていた。一定間隔を開けて、数十メートル先の的を撃ち抜く訓練だ。彼等は僕らに気付くと訓練中の部隊の中で一番上の階級の男が訓練やめを命じて、こちらに向かって敬礼した。僕等は返礼すると、アルヴィンおじさんが訓練を続ける事を命じる。訓練場は再び銃声が響き始めた。
さてと。彼らが持つ銃は……、使用されているのは王立工廠製L1815か。前装式ライフルだね。集弾率を見るからに前世のエンフィールド銃程度の水準はあるみたいだ。しかも使用されている火薬は無煙火薬。どうやらこの世界では無煙火薬はとっくに開発済みらしい。あれって地球だと一八八〇年代開発じゃなかったっけ。
無煙火薬の開発が済んでいるのも気になるんだけど、僕の興味はこっちの銃ではなくもう一つのライフル銃にあった。
「おお、アレは民間会社ドルノワ工業が開発した後装式ライフルのD1836じゃないですか」
民間会社。産業革命期を迎えた際に次々と設立されたいわゆる株式会社だ。初期資本主義は既にこの時に芽吹いているわけだね。これは、先代国王が庶民が会社を設立して産業に競争力を発生させれば税収も増えるから、と反対派の貴族の一部を説得して認可し促したという歴史がある。お陰で連合王国は人類諸国では工業力が頭一つ抜けるようになった。
下手すれば貴族や国王の力が弱体化する可能性がある中でこの判断は英断だろう。どうやら先代国王は既に庶民の力が着々とつきつつあるのを悟っていたらしい。ならば穏便に済ませれば貴族達の力も残せるし、国も富むと判断したのだろう。王政と言うと暴君による悪いイメージがあるけれど、先代国王は名君だったようだ。
話をドルノワ工業に戻そう。D1836を開発したドルノワ工業は鍛冶の民であるドワーフ、ラルフ・ドルノワが設立した兵器製造分野の株式会社だ。今は二代目のグラゼ・ドルノワが経営してるんだっけか。このドルノワ工業はドワーフらしい革新的ながらも緻密な技術で新兵器を開発する新進気鋭の会社だ。本社はここ、ノースロード領ノイシュランデにある。税率が低かったから来たのが理由みたいだ。
しかし、流石ドワーフというべきかこの世界で後装式ライフルを開発するなんて凄いよね。
「詳しいなアカツキ。これも療養中に調べたか?」
「はい。読書の時に見つけました。ウチでも導入していると知った時には是非とも目にしたいと思いまして」
「まさかお前がライフル銃に興味津々だとは思わなかったぜ。だが、同志が増えた気分で嬉しいぜ」
「後装式ライフルは歩兵の歴史を変えますよ」
「違いない。これまでと違って連発が可能だからな。その恩恵は計り知れんぞ」
そう、後装式ライフルは歩兵の歴史を変える。しかもD1836は装弾数七発で、L1815のようにいちいち撃つ度に装弾せずに済むわけだから戦場においていかに有利になるかは説明不要のレベルだろう。
ただ、前世における後装式ライフル、スペンサー銃はエンフィールドに比べて射程距離が短かったはず。ところがそこも流石ドワーフだった。
「アルヴィンおじさん、D1836の射程距離は?」
「六百メーラだな。L1815の八百五十メーラに比べれば短いが、十分だろ。狙撃兵ならともかく、普通の兵に五百メーラを正確に狙えなんて無理があるからよ」
「凄い!後装式ライフルでそれだけあれば傑作ですよ!確か王立工廠の試作品は三百メーラが精一杯だったでしょう?」
「アカツキお前、そこまで読み込んだのかよ……」
「い、いやあ。治っても外には出れないで暇だったもので……」
おっと危ない。これ以上前世記憶の基準で物事を語るのはまずいみたいだ。これくらいにしておこう。
しかし、後装式連発ライフルで六百か。本当に凄いね。多少距離は足らないにせよエンフィールドとスペンサーのいいところどりじゃないか。まさに革命的な銃だよ。これはぜひとも……。
「短期間でノースロード領二個師団の標準歩兵銃をこれに置き換えたいな……」
「アカツキ、何か言ったか?」
「あ、いえ。この銃を早いうちにノースロード領の標準採用銃にしたいな、と」
「よもやお前が俺と同じ考えとは思わなかったぞ。こいつぁ将来がますます楽しみになってきた」
「二個師団の歩兵が全てこの銃を持てば今より単純比較で火力は七倍ですよ?推進しない理由がありません」
「その通り。ただなあ……」
「何か問題でも?まさか故障や暴発が多いとか?」
「いいや。そっちは問題ねえ。整備も多少複雑化したが影響の無い範囲だ」
「なら完璧じゃないですか。どこに問題があるんです?」
「保守派の連中だよ。二百五十年も戦争がねえのに新式ライフル銃の量産にそんな予算は割けねえんだと。そもそも、召喚武器があれば万が一あっても何とかなるだろってのも理由だ……。L1815だって全師団配備が終わったの五年前だぜ?」
「あー……」
ここで僕は初めて召喚武器に依存した安全保障戦略の弊害を実感する。
兵器というものは戦争があると急速に進歩する。十九世紀から二十世紀にかけてなんてその典型だ。
けれど、この世界は二百五十年も戦争がない上にチート級の召喚武器があるから早急な兵器更新の必要性が薄いんだ。ぶっちゃけこの世界の安全保障を鑑みれば後装式ライフルが開発されてるのに驚いたくらいだ。
確かに現状がこのままであるという仮定で考えるのならば新兵器の大量配備の必要性は低い。だけど、この国は不気味な存在である広大な妖魔帝国と国境を接している。二百五十年間再侵攻してこなかっただけで、明日も来ないなんて保証はどこでもないんだ。いくらアルネシアが人類諸国では強い方でも妖魔帝国に単独ではとても勝てない。召喚武器だって戦術単位でならともかく戦略単位では戦争を変えられないだろう。数があるならともかくそうではないんだ。すぐ揃えろと言っても無理なんだからなおさらだ。
やっぱり、この国の安全保障の考え方は些か弊害がある。せめて、ノースロード領だけでもどうにか出来ないかな……。
そう思った僕は、同時にこれからの目標が固まりつつもあった。
「アカツキ?おーい、アカツキ?」
「え、あ、はい」
「なーに考え込んでんだよ。反応がまるで無かったぞ」
「すみません。色々と思うことがありまして」
「構わねえよ。たまーにお前ってそうなるからよ」
「たははっ、面目ないです」
「悪かねえよ。視察に来て考え事するこたぁ、必要な事だ」
「ありがとうございます。歩兵科の視察はこれで十分です。隊長にはいいものを見れたと伝えておいてください」
「おうよ。おーい、ゲルツ大尉!」
「はっ、なんでありましょうか!」
声をかけられた、訓練を指揮していたゲルツ大尉――いかつい顔をしたアルヴィンおじさんより大きな体躯を持つ三十代後半の男性――は部下達に訓練続行を伝えてからこちらに駆け足でやってきた。
「アカツキが面白いモン見れて良かったってよ!」
「本当でありますか!次期当主のアカツキ少佐にそう言って頂けるのであれば我々も安泰でありますな!」
「アカツキは療養中に自身の将来についてちゃんと考えていたらしい。今までは魔法兵科に偏りがちだったが、今後はお前らの事も大事にしたいってな」
「思慮深く、魔法兵科だけでなく一般兵科にも力を入れて頂ける司令官は理想の上官であります。我らは幸せ者でありますよ」
えっ。そこまでは考えて……、いや今後のノースロード二個師団も含めてはいたから間違ってはいないけれど、まあ、いっか。ゲルツ大尉は尊敬の眼差しで見てるし、悪い事じゃないか。
「歩兵科は戦場において重要な存在です。そうそう、D1836はどう?」
「はっ!素晴らしい銃でありますな。やはり、連発式になった点が特に」
「だよね。魔物討伐の際に一発ずつ装填する暇がいつもあるとは限りません。もし何かの不慮で単独で出くわした際でも、これなら生存性が高まるはずだよ。無論、妖魔帝国と何かあってもそれは同じ」
「妖魔、でありますか?」
僕の発言にゲルツ大尉はきょとんとしていた。アルヴィンおじさんもどうして妖魔を、という顔をしている。
「万が一の可能性だよ。妖魔大戦の時も突然だったでしょ?」
「ええ、まあ」
「だから、備えあれば憂い無しってやつ。戦場の最前線に立つのは君達なんだから」
「お気遣い感謝の極みでございます」
「うん。これからも訓練頑張ってね」
「了解であります!それでは、これにて失礼します!」
彼はそう言うと部下達の元に戻っていった。
「歩兵科の視察はこれで完了ですね。魔法兵科の方へ行きましょう」
「おおう。分かったぜ」
アルヴィンおじさんはやや驚いていた顔つきを元に戻して、再び僕を先導する。
さあ、次は魔法兵科の訓練場へ向かおうか。
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