第7話 行先へ向かう前に街を少し視察しよう
・・7・・
「アカツキ様」
「どうしたの、クラウド」
馬車が走り出して少し経ってから、クラウドが僕に声を掛けてきた。どうしたんだろうか。
「御者の兵には今まで声を掛けられる事がありませんでしたが、今日はされておられたのに少し驚きましてな。もしかして、心境の変化でもあられたのかと」
やっぱり気になるよね。次の当主で伯爵になる人物が、一介の兵に言葉を掛けるのは違和感があったか。この口振りだと今までのアカツキはしてこなかったみたいだし。
しかし、真実は言えないからなあ。適当に取り繕おう。
「あー、あれね。体調崩してた間に少し考えてたんだ。僕も近く当主になる可能性は高いでしょ?となると、司令官にもなるわけ。だったら、兵達には分け隔てなく接しておこうかと思ってさ。貴族としての威厳は必要だけど、だからって威張り散らしていたら司令官としてはダメだろう?ああいう細かい事を今からしていくに越した事はないと思ってね」
「…………」
「クラウド?」
やばい。これもまずった?僕は恐る恐る彼の顔を覗く。だけど、僕の心配は杞憂だった。
「クラウドは今、感動しておりますぞ……!」
「ええ……!?」
この護衛部隊長兼執事、号泣し始めた。どういうことなの……。
「アカツキ様は優秀な軍人ございます。しかし、後継としての興味より魔法軍人としての興味が強いお方であると思うておりました。ですが、いつか自身が当主となり司令官となって率いる意識を持って行動されるようになるとは……、嬉しく思いますぞ!」
「あ、ありがとう……?」
クラウドは涙を拭って、感激した様子で言う。当たり前の事をしたつもりがめちゃくちゃ褒められた。なにせ以前のアカツキの記憶もあるもんだから、自分の以前の行動がどうだったかは思い出せる。それが前世の記憶を思い出してそっち基準で行動したら、彼にとっては成長と捉えてしまったらしい。
別に三日前より昔のアカツキが悪い訳ではないんだ。全ては現代の価値基準を有してしまった今の僕が原因である。
ただ、かといって悪い行動ではないみたいなのでこれからは今の行動の仕方で問題ないだろう。
しっかし、この雰囲気にも耐えられないので話題を変えてしまおうか。
「ところでクラウド。さっき話していた経路の件だけど」
「そうでしたな。いかがなさいますか?」
「今いるのがノイシュランデ旧市街地北部区画だよね」
「そうでありますな」
「だったら、この後はノイシュランデ新市街地北部じゃなくて西部に向かって工業地帯手前の商業地帯へ。そこから北部へ行って駐屯地に向かおう」
「はっ。そのようにお伝えします」
クラウドは御者がいる方の窓を開けて、経路変更を伝える。それらは前方の護衛部隊の騎銃兵達にも伝わったようだ。
さて、ノイシュランデという名前を僕は口に出したけれど、ノイシュランデは僕も住んでいるノースロード家の屋敷があるいわゆるノースロード領の領都だ。
正式名称はノイシュランデ市。人口は約三十六万人で連合王国北東部最大の都市だ。なので、この街はノースロード領の政治的中心都市だけでなく、経済的にも中心都市になる。
ノイシュランデ市は昔からノースロード領の領都だけど、街の構造は大きくわけて二つになる。ノイシュランデの街が造られた頃からある城壁に囲まれた旧市街地と、街の発展に伴って今も拡張を続けている新市街地だ。
旧市街地は行政機能が集まっている他、ノースロード家に仕える貴族達が居住する貴族街区と富裕層が暮らしてる街区、それらを顧客とする商業街で構成されている。城壁の中は碁盤の目のように区画整理がされていて、中心地に繋がる大通りは道幅が三十メートルもあって幅広い。前世なら四車線に歩道付きにしても余裕があるくらいだろう。その中心地はノースロード家の屋敷があって、隣接してノースロード領行政庁舎がある。行政機能が集積しているというのはこういうことなんだよね。
それに対して、城壁の外に広がる街並みが新市街地だ。こっちは妖魔大戦からしばらく経って急速に発展した街区になる。中産階級以下の殆どがこの新市街地に居を構えているね。
新市街地なんだけど、ここは碁盤の目ではなく東西南北に大通りを整備した上で、整備した時代の一番外側を円周でさらに道路を整備する。という、こちらも計画的に整備されて造られた街だ。
ただ、新市街地も初めて出来てから百年以上経つために何度も新開発されて今では円周道路が何本も作られていた。でもノイシュランデは平野にある街なので、新開発は容易。結果、ノイシュランデは非常に美しい街並みを形成している。
将来まで見越してこの街づくりを考えた先祖は天才だと思う。僕が発言すると家に対して自画自賛になってしまうけれど、先見性のあるやり方は本当に凄いと思うよ。前世の記憶で薄いながらも覚えているけど、この街区形成って二十世紀初めあたりに考えられた仕組みだし。
その新市街地に、馬車は城壁を越えて入っていく。途中から経路変更をしたので、旧市街地西部から新市街地西部へと入った形だ。
「にしても、随分と賑やかだね」
僕は窓から顔を出して街並みの様子を見ながら口にする。街ゆく人々は明るい顔つきで商売をしたり買い物をしたりしていた。僕に気付いたからか頭を下げる人もいたけれど、向けられる表情は敵意では無く好意のものが多かった。小さい女の子が手を振ってくれたから手を振り返しておいた。いかにこの街の統治をお爺様や父上がちゃんとやっているのかが分かる光景だ。
「新市街地西部は産業革命期の時、郊外に大規模工業区画が整備されましたからな。労働者人口がこの四十年で激増しましたから、新市街地でも随一の商業地帯になりましたよ」
「お爺様がやったんだよね、工業区画の整備って」
「ええ。ご隠居様が考案されたものです。当時は産業革命真っ只中で、農業中心だったノースロード領にご自身の人脈を活用されて工場を誘致、建設。結果、紡績工場だけでなく今では造兵廠も立地しておりますぞ。これは、ご隠居様が王法で定められた税率の範囲内で、最低比率に設定したのもあるでしょうな」
「お爺様の功績って凄いんだね……。改めて思うよ」
「ご隠居様はノースロード家代々の中でも経済面において名君と王国内で評判ですからな。軍事面は大きな進歩は御座いませんでしたが、財政が潤っただけでも十二分な実績ですぞ」
「二百五十年も戦争が無いんだ。経済・財政優先に改革をしたのは正解だよね」
「その成果もあって、連合王国でも指折りな豊かな領と言われております。我々庶民も暮らしが豊かになりました。さらに人口の自然増だけでなく流入も続いていますから、将来が楽しみですな」
「お爺様が改革し、父上が順調に発展させている。次は僕。戦争が無ければいいけど……」
最後の言葉はかなり声を小さくして、僕は外の景色を眺めながら呟いた。
向こうに見える工場群からは白い煙が上がっている。
この世界の産業革命は魔力の宿る魔石が大量に埋蔵されている為、その魔石が石炭の代わりとなって機能している。産業革命は魔石によって達成されたと言っても過言ではない。魔法蒸気機関も魔石を燃料にして動いているんだ。そして、魔石は石炭のような有害物質が発生しないから空は綺麗なものだ。魔法関連はエコをも達成するとか、とことん便利だよね。
公害を心配する必要の無い澄んだ空気。軍事面ではガチャのような召喚武器に大きく依存するという偏った安全保障戦略を取っているのは問題だけど、それを除けば着実に発展している連合王国の経済。その中でも特に発展していると評判のノースロード領。
しかし。遠くない場所に国境があって、しかもそこは敵国である妖魔帝国。実態の分からない、二百五十年経った今どうなっているのかも全く分からないに等しい謎に包まれた国。
「いつまでも平和が続くとは限らない。それはあっちでも、同じだった」
「アカツキ様、何か言いましたかな?」
「いいや、なんでもないよ」
どうやら思考が言葉に漏れていたらしい。あっちだなんて口にしているから危なかった。中身まで聞かれていなかった事に安心しつつ、僕は窓の外の景色を見つめ続ける。
新市街地北部に入っても、喧騒は変わらずに多くの人々が行き交っていた。
「ノイシュランデ新中央通りが見えてきましたな。ならば、ノイシュランデ駐屯地までそう時間もかかりますまい」
「うん」
旧市街地のノイシュランデ中央通りに繋がる、ノイシュランデ新中央通りへ。ここを直進して十分経つと、濠ほりと塀に囲まれた広大な敷地が見えてくる。どうやらノイシュランデ駐屯地に着いたようだ。
このノイシュランデ駐屯地にはノースロード領にある二個師団の内の一つ、連合王国陸軍第五師団が置かれていて、司令官も設置されている。一個師団は一万人で編成されているけれど、ノイシュランデ市の南部郊外にもう一つ駐屯地が置かれているからここにいるのは司令部人員含めておよそ五千人の一個旅団かな。
正門前に到着すると、衛兵の敬礼を受けて駐屯地の敷地内へ。そこからさらに三分程経って駐屯地の中心部。質実剛健でありながら瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気を醸し出している、レンガ造りの五階建ての師団司令部の正面玄関前で馬車は停車した。
クラウドが先に馬車を出て、続いて僕が降車すると数人の軍用コートを身に纏った軍人達に迎えられる。その中でも中央にいるのは四十代前半のよく鍛えられた体躯を持ち、身長は百八十センチくらいだろうか。まさに偉丈夫という外見の男性がいた。階級章は少将を表していた。僕よりずっと上の階級だ。なので、降りてすぐに僕は敬礼する。
「少将閣下自らのお出迎え、恐れ入ります」
「なあに、構わん構わん。兄殿の息子が視察に来たんだ。オレの好き勝手でやってるんだから気にすんな」
「はっ。ありがとうございます、アルヴィン・ノースロード閣下」
「おいおい、いつもみたいにアルヴィンおじさんでいいっての」
「はっ。いえ、親類とはいえ上官ですから」
「ったく。じゃあ、命令だ。いつも通りにしろ」
「はっ。了解しました、アルヴィンおじさん」
僕が微笑して言うと、サムズアップをしてニカッと笑うアルヴィンおじさん。
彼は父上の弟。つまり僕にとっては上官でありながら叔父さんでもあるその人なのである。
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