第234話
両者の激しい攻防が火花を散らす。
それと同時に無視できない衝撃波が辺り一帯を襲い、周囲の木々が粉々に砕け散っていく。気がつけば周囲に木々の姿かたちは跡形もなく無くなっていた。
ぽっかりと空いたその領域で、二人は真正面からぶつかりあっていた。
「――【
「――【
ぼう、と。
瞬間的な火力が増したテンジの鬼卒刀が鋭く振るわれる。
しかし、灰は黒く揺れて掴みようのない流動的なその闇剣であっさりと受けきってみせた。
(またか。またあの黒い水だ)
地獄武器に付与された威力増加能力を再び受けきったことにテンジは目を瞠る。
何度この鬼卒刀を振るっても、なぜか灰の剣を砕くことが敵わない。こんなにもたった一つの武器と打ち合った経験はテンジの中でもそうそうなかった。
鬼卒刀は三等級の地獄武器。
そこらの二等級モンスターならばほぼ瞬殺できるほどの火力を有し、一等級のモンスターにさえもたった一撃でかなりダメージを蓄積することができる。
しかし、灰はこの高火力武器をいとも簡単に防いでいた。
それも一度や二度ではなく、何度も何度も、それこそ数えきれないほどに捌いていた。
(おかしい……鬼卒刀はそこらの武器なら一太刀で焼き切るほどの火力を宿している。これでも威力が足りないのか? 灰の剣に纏っている黒い水のようなやつをどうにかしなければ、そもそもあれで全身を覆っている灰本人に攻撃は通らない。厄介だな)
考える時間を作るためにも、少しテンジは距離をとる。
しかし、凶暴な性格の灰にはその行動が気に食わなかったようだ。
「逃げるなよぉぉ! 【黒水塊】だぁぁぁ、死ねッ、死ねッ。死ねよぉぉぉお」
テンジの弱気な選択に合わせて、灰は闇剣を遠い距離から何度もむやみやたらに振るう。
十――いや、二十は超える黒くて五百円玉ほどの水塊がテンジを襲う。
「あの黒い水……
小鳥のか細い声のように小さく呟きつつ、テンジはべっと舌を口元から出す。
その舌に力を籠めると、ぐぐっと舌の上には青い文字が浮かび上がっていた。
浮かび上がった文字は――【
新たな青鬼種武器の開放によって与えられた防御能力。
それは言葉を発するまでもなく、外界に出した舌に力を籠めるだけで発動する類の力だった。
そう、今のテンジの盾は予兆もなく無音で発動する。
「なぁぁぁぁぁあっ!?」
黒く禍々しかった水塊。
そのすべてがある一定のラインを超えると、清らかで透明な水へと変わっていく。そしてきめ細やかな霧へと変化していた。
ふわふわとテンジの周りを舞うミストが、重力に従って地面へと落ちていく。
その霧が降り注いだ跡には、死んだはずの草木がみるみる生き返る不思議な光景が広がっていく。
その非現実的で、幻想的な生命の神秘を目の当たりにした灰はさらに目を瞠って驚く。
「ヒヒッ……なんなんだぁお前ぇはよぉぉぉ。明らかに今のは系統が違いすぎるだろぉがよぉぉぉぉ。普通は一つの系統しか授かれねぇんだよぉ」
「知らないよ。だから僕自身も怖いんだ」
「ヒヒヒヒッ……やっぱりお前ぇは同類だなぁ」
「本当の鵜飼灰に戻れたら……またそのときにその言葉を聞かせてよ。今の鵜飼灰に言われたって嬉しくもなんともない」
「誰だよぉ、灰ってのは誰だよぉ。頼むから…………もっとテンション上げてこうぜ?」
次の瞬間だった。
テンジの動体視力でさえ追うことの敵わない速度で――灰の姿が消えた。
それからコンマ数秒と経たず、背後から今までに感じたことのない凶悪な殺気を感じる。
「はぁぁぁあっ!!」
咄嗟にテンジは自分の片足を地面から離していた。
そのまま前方へと倒れ込みながら上半身をひねり、背後からの奇襲に鬼卒刀を向ける。そのついでと言わんばかりに業火の威力をぼぅと上げ、灰の追撃を物理的に拒む。
思ったよりも鬼卒刀の火力が出なかった。
それでも灰はこれを近くで受けてはダメと感じ取ったのだろうか。
初めて自分から距離をとるように、その反撃を回避する行動に出た。
「ヒヒッ、これもか! これも通じないのかぁぁ!!」
多少テンジの反撃に押されながらも、灰はなんとか着地する。
その高揚した心を一切隠さずに、唾をまき散らしながら勢いよくそう言った。
「高速移動……いや、もしかしたら瞬間移動の類」
今のありえない速度での移動に驚きを見せつつも、テンジはあることに気がついていた。
さっきの一瞬の攻防の最中で、黒い水の原理がようやくわかった。
ずっとテンジは鬼卒刀の火力が足りなくて、あの黒水を攻略できないのだと思っていた。
違った。
(鬼卒刀の業火が足りないんじゃなくて……吸収されている? そんなことありえるのか? 武器を交わす刹那の接触だけで炎の火力を減衰させ吸収するなんて。いや、さっきのは接触する前から火力が極端に弱まっていた)
鵜飼灰の黒い闇の刀。
それと鬼卒刀が打ち合うたびに業火の威力が弱まっていることに気がついた。
「周囲の全部を吸収……厄介な力だな」
「ヒヒッ、ようやく分かったかぁ! 俺のなぁ、玄水剣は周囲のエネルギーを俺の内に強制収容す――」
「出力、三十パーセント」
不意に、テンジはそんな言葉をつぶやいた。
「あ゛ぁ?」
鬼卒刀に宿る業火。
それは持ち手が制限をしなければ常に百の炎が刀身から燃え続けてしまう。
言葉で表せば簡単なのだが、その制限をかけるというのが非常に難しい。
常に蛇口の開ききったサニーホースの先だけを持ちながら、どうやってその水の噴射威力を調整するかという話に近い。
たとえば口の向きを上向きに変えて重力を使って多少噴射威力を弱めるとか、ホースを握りしめて噴射口を細めるとか、口の部分を何割か指で塞いで噴射の威力を調整するとかはできるかもしれない。これはあくまで勢いを変化させているだけであって、水の流れ込む絶対数を調整できているわけではない。
一年間の修行の最初の頃、リオンにこんな課題を与えられた。
――無理を超えてこその零級探索師だ。無理だから、で諦めるな阿呆が。
――想像してみろ。蛇口を捻らないで水の絶対量を自由自在に制限する方法を。
そう聞かれたテンジは数日間考え込んだ。だけど答えがわからなかった。
だからテンジはこう答えた。
――ホースのところどころに穴開けて、バケツに水を貯めるとかどうですか?
――その貯めたバケツの水を敵に丸ごと投げればいいじゃないですか。
問いに対するこの回答がさぞ面白かったのか、リオンはそのときこう言った。
――問題を変えるな阿呆が。だが面白い。
これがテンジの成長するきっかけの一つだった。
常に流れ込んでくる絶対数を変えられないのならば、どこかに穴をあける。そしてその一部をずっと他の器で貯め続けていればいいのだ。
もちろん言葉で言うほど簡単なことではなかった。
テンジはその器を作り出すのに半年もかかった。
だけど、今ではそのバケツをひっくり返す細かな調整すらできるようになった。
「これならどうかな」
鬼卒刀が眩く光り輝く。
そこに纏った炎は今までとは違った。
赤い地獄の業火ではなく――白い地獄の業火。
酒呑童子の操る炎色と同じ色だった。
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