第226話
思いの他、成哉と呼ばれた彼のタックルは強力なものだった。
並みの学生ならば容易に転ばされているほどの衝撃であったし、彼が高位の天職にすでに目覚めていることもその衝撃一つでわかった。
ただ今のテンジには到底及ばなかった。
「うっ!? まじかよ」
二年生の彼――
それでもすぐにテンジの強さを察知すると、一気に距離を離すように逃げ腰になる。
再び、二人は並走して物資めがけて走り始める。
そんな中ふいにテンジが後輩の方へと顔を向けた。
「えっと成哉くんだっけ? 苗字は?」
「は、はい……
テンジは怒ることもせず、平然と織井成哉にそう質問を投げかけていた。
純粋に後輩とのつながりが希薄だったテンジはついつい興味を持ってしまったのだ。今までプロとの絡みばかりで、同学年かその世代との接触する機会が少なかった。
他の学生から見ればうらやましい環境に見えるのだろう。
だけども育てのギルドにいる海童はこのテンジの環境を少し憂いていた。
縦のつながりばかりではなく、横のつながりが少ないと今後必ず苦労することを知っていたのだ。だから海童は事前にテンジへ「もし仲良くなれそうな人がいたら話してみたほうがいいよ。テンジくんの場合こういう機会でもないと横のつながりが作れなさそうだからね」とアドバイスをしていたのだ。
「織井くんね。今ポイントどれくらいまで貯まった?」
こんなときに何かと思えば、一つ上の黒服の先輩はそんなどうでもいい質問を投げかけてきた。生産性にかける会話だと思いつつも、テンジの異次元の体幹の強さを体感した織井は素直に答えることにした。
「42ポイントです。えっとごめんなさい、怒ってないんですか?」
「えっ怒る? 別にいいよ、今は競争してるんだから妨害するのは当たり前だし」
「…………」
織井は驚いていた。
探索師として優れた人は良くも悪くも我が強く、マイペースで自己中な性格の人が多い。今までたくさんのプロや優れた先輩たちと訓練を積み重ねてきた織井はそんな感想をこの業界に抱いていた。
だけど、隣にいる先輩はとてもやさしかった。
こんな人が先輩にいるともっと早くに知りたかったと、そのとき素直に感じていた。
「それにしてもやっぱりみんなそれくらいだよね。織井くんほどの人がそれくらいなんだから平均してもみんなそれくらい稼いでるって考えた方がよさそうだね」
「そ、そうっすね」
「ということはここが一つのターニングポイントになる可能性が高いね」
「……どういうことですか?」
「僕って昔から鵜飼さんのファンなんだ。だからなんとなくわかるんだけど、あの物資からは相当なポイントが得られる可能性が高いと思ってる。それこそ本選出場を決定づけられるような大量ポイントじゃないかな」
織井ははっとするようにテンジの顔を覗き込む。
同じく同意を求めるようにテンジも織井の顔を見ていた。
「た、確かに……そういう演出を鵜飼蓮司ならやりかねないですね。盲点でした」
「織井君もやっぱそう思うよね?」
「は、はいっす!」
「よし、じゃあもう一つギア上げようかな。織井君はまだスピード上げられる?」
豆鉄砲をくらった鳩のように目をまんまると見開く織井がそこにいた。
それをすぐに察したテンジは、君は何も悪くないと言わんばかりににっこりと優しく笑い返してくれた。
「む、むりです。今で精一杯です」
「謝らなくてもいいよ。織井くんはまだ二年生なんだし来年までには、先を走ってる
「は、はいっす! ありがたいっす! ほんとすいません!」
「それじゃあ予選が終わったらまた話そうね。僕、最近まで海外にずっといたから仲のいい後輩が一人もいないんだ」
「ぜひ!」
「うん、このあとも一緒に頑張ろうね! じゃあ僕は黒豪くんを追いかけるよ」
そう言うとテンジは自身の体にぐっと力を籠め、もう一段階だけ自身の身体能力を引き上げた。それでもテンジの最大出力のおよそ二十パーセント程度だった。
それから数秒と経たずに織井の視界からテンジの姿は消えていたのであった。
本当にまだまだ余力を残していたことに織井は心の底から驚いていた。
天職による身体能力の恩恵を受けるには、体中を力むように筋肉をこわばらせる必要がある。もちろん常に百パーセントを引き出せれば十分プロとしてやっていける。
ただ、トップギルドの最前線を走るプロたちは皆がみんなその出力を制御できる。
簡単に見えてとても難しい。
それこそ学生できる人なんて両手で数えられるほどしかいないかもしれない。
「まじでか、三年生であそこまでできる人がいるんだ」
たった一つしか違わない学生に、織井は感動していた。
一度ぶつかっただけだし自分より速く走れることしか知らないけど、今の自分よりもはるか高みに立っていることはすぐにわかった。
「海外に行ってたんだっけ? すげぇなぁ」
† † †
織井と分かれてすぐにテンジは先を走っていた黒豪の背中を視界にとらえていた。
その足音を察知した黒豪は驚いたようにテンジへ振り向きつつ、軽く舌打ちをかますと再び前を向いて走り始めていた。
「成哉はどうした? 天城!」
「あっ僕のこと覚えててくれたんだ、
「てっきり自分の才能の無さに打ちのめされて転校したとばかり思ってたがな!」
「相変わらずだね」
「何がだ!?」
「いや、ごめん。何でもないよ」
その会話を最後に、少しの間沈黙が続いた。
特に息を切らせることもなく、一定のリズムで二人は呼吸を繰り返している。
この程度のランニングで息を乱すほどでもない、そう言いたげに二人は当たり前のようにこの鬱蒼とした足場の悪い森を平然と駆け抜けていた。
この映像を見ている一般人がいれば驚くことだろう。
今の学生のレベルの高さに。
黒豪は特段テンジへ興味がないわけではなかった。
今までどこで何をやっていたのか、なぜ急に学校から姿を消したのか、なぜこの最終予選に地方予選もスルーして参加しているのか、入学当時から同学年のトップスリーの一人としてエリートな学生時代を過ごしてきた自分と天城テンジはなぜ今平然と並走しているのか。
なぜなんだという疑問はぬぐえないが、そんなこと今はどうでもいい。
ほんの数年前までは自分の足元にも及んでいなかったやつが、今は当たり前のように自分と並走している。それがすべてだった。
「俺が勝つ。手加減なんかしないぞ?」
「もちろんだよ。ここで本選出場を決めるのは僕だよ」
少し驚いたように黒豪はテンジの顔を見る。
前はこんなに強気な発言をするどころか、もっと弱弱しくて控えめな性格だったはず。
「……言うようになったな。てか気がついていたか高ポイントの存在に」
「もちろん。あっちなみにギルドは決まったの?」
「ぐっ……そこには触れるな!」
「あっ決まってないんだ」
なぜ黒豪がこんなにも必死に最終予選を突破しようとしているのか、テンジはなんとなく察してしまった。
彼は入学当時から言葉使いが荒く気性も荒いように見られがちなのだ。本当はそうでもないのにそう見られてしまう、そういうタイプの人だった。だからギルドも彼のスカウトを躊躇ってしまうのだろう。
でも、実力は本物だ。
「黒豪くん、僕はもう一段階ギアあげるよ。負けたくないからね」
「あ゛!?」
そこから一気に形成が逆転した。
テンジが平然と僅かに先を走り、息が乱れようとも限界まで走る速度を上げていく必死な黒豪という構図へとこの競争は変化していった。
「ふざけるな!! 負けてたまるかよ!!」
それでも黒豪は必死にテンジに食らいつく。
なにがなんでも負けないと、置いていかれないようにと。
どんだけ今の自分が醜かろうと。
そんな醜い自分が映像として残っていたとしても。
元落ちこぼれの天城テンジだけには負けるわけにはいかないんだ。
稲垣累に負け続けて万年二位だった。
奢っていたわけではない、累に追いつこうとこの三年間は必死にあがいてきた。
「俺は憧れたプロになるんだよぉぉぉ!!」
黒豪は限界まで足を回した。
醜く顔をゆがめながらも、夢に近づこうとテンジの背中を追いかけた。
走って、走って、走って――負けた。
先に物資へとたどり着いたのは、元落ちこぼれの天城テンジだったのだ。
悔しさと限界まで走り切った黒豪はテンジの傍までたどり着くと地面へと倒れこみ、大きく息を乱しながらテンジの顔を見上げる。
「ハァハァハァ、クッソ野郎が……」
「初めて黒豪くんに勝てた……って言いたいところだけど、どうやら僕も負けちゃったみたいだ。六人目の存在に気が付けなかったよ」
「あ゛!?」
黒豪が不意に顔を上げると物資の傍には一人の女性の姿があった。
その女性は片手に槍を持ちつつ、すでに物資の中に隠されていた指紋認証へと自分の指を押し当てていたのであった。物資も開封されていることからも当分前にはここに到着していたことがわかった。
それこそ最初からここに物資が来ると分かっていたような立ち回りだった。
「う……嘘だろ。何者だよ」
「ほんとだよ。まさかのまさかだよ」
あまりの現実に、初めて黒豪とテンジの意見は一致した。
黒豪は彼女の異質な立ち回りに驚き、テンジは懐かしい顔に驚いていた。
『
性別を感じさせない無機質な機械の声が鳴り響く。
その音と同時に、古籠火の念話がテンジへと届いた。
(三代目ぇ、あの女子じゃぁ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。