第219話



「さて、懐かしの再会もこれくらいにして本題に入ろうかテンジくん」


 草津郷太とテンジは久しぶりの再会で、ついつい十数分ほど他愛のない雑談に花咲かせてしまった。そんな空気を一度締めるように草津は対面にある二人掛けのソファに座り直してそう言った。

 そのまま草津は手に持っていたバッグの中から一台のタブレット端末を取り出すと、コーヒーテーブルにそれを立てて置く。


 真剣な空気に変わったことでテンジも妙に変な緊張を覚える。


「改めて、日本探索師協会のシーカーオリンピア選手強化本部、選手統括委員会にてU-22以下の選手たちを幅広く支援している草津郷太と申します。一応形式的に、少しだけ硬めに喋らせてもらうかな」


「はい」


「これからこのタブレットを使用して、明日の最終予選の概要に関して一時間ほど説明をさせていただきます。そのあとは夕ご飯を食べていただいてから、19時頃より選手たちには順次バスに乗っていただき大会の会場まで移動してもらう形になります。大雑把な流れはこんな感じになりますので覚えておいてください」


 その言葉で、テンジはこのイレギュラーに納得していた。


 例年ならば予選当日の集合になることが多い、この最終予選。

 しかし今大会は前日に集合するという珍しい形を採用しており、何かしらのイレギュラーはあるのだろうと前々から予想していた。しかし、まさか全くの別会場を準備しているなんてテンジは想像もしていなかった。

 アリーナに集合しているのだから、アリーナ内で予選を行うと思うのが普通の反応だろう。これも協会の意図した予選のミスリードだったのだろうか。


 とはいえ、それほど今大会は開催側も気合を入れているのか、冬喜という人気効果でかなりのスポンサー料金が手に入ったのか――テンジにとってはどちらでも構わないが、確かに言えるのは今までのシーカーオリンピアよりも予算がかなり割かれているということだ。最高の舞台が用意されているというだけで、嫌でも胸が躍る。


「夕食は食堂かどこかで食べる感じなのかな?」


「申し訳ないですが、この控室で食べてもらうことになります。一応選手同士が事前に顔を合わせないようにしたいというのが、運営側の希望です」


 その言葉を聞いてテンジは少し考えこむ。

 そして何かを思い出したように、はっと顔を上げる。


「あっ、何年か前にあった選手同士の共闘のやつが絡んでる? 前にニュースで話題になったの僕でも覚えてるよ」


「そうそう、そういうアンフェアな要素はできるだけ排除しておきたいからね。可能な限り選手個人の能力を予選では発揮してほしいんだ。……あっ、テンジくんが普通に喋るからつい素で話しちゃった」


 参ったなといった様子で、草津は照れ臭そうに笑っていた。

 テンジから見れば別にどっちの口調でも構わないのだが、協会の中で仕事するのは色々大変なんだろうといらぬ考え事をするのであった。


「話遮ってごめんなさい」


「いや、まぁ今は二人しかいないし普通に話すことにするかな」


 草津はそう言うと、緊張の糸を解くように僅かにネクタイの締め付けを緩める。

 その後すぐにバッグから一枚の用紙を取り出すと、テンジに見えるようにローテーブルに置いた。


「さっきの続きね。このメニュー表の中からなら好きな食べ物を、好きなだけ頼んでも大丈夫だよ。あそこにある内線電話から頼めるからね。それ以外に欲しいものがあればできるだけ準備するようにはしているって感じかな」


「ここから好きなだけ……?」


「うん、でも食べ過ぎないようにね? テンジくんの食欲が旺盛なのは知ってるけど、明日が本番だからね?」


「は、はい」


 メニュー表にはお寿司から洋食全般などの様々な料理名が載っていた。それに加えてこの周囲のお店から出前もいくつか頼めるみたいだ。

 最近食欲のたがが外れているテンジにとってみれば、まさに天国のような待遇に感じてしまう。リィメイ学長の言葉を借りれば、テンジは天職の影響で食欲という欲求が他人よりも強くなり始めているのだ。


「それで会場に着くのは翌日の朝頃になる予定だよ。その間のバスの中ではしっかりと寝ておくことをお勧めしてるよ」


「あっ、バスで寝泊まりするんだね」


「うん。たまにバスの中で眠れないって人もいるけど、そういう人はそもそも探索師に向いていないと思っている。これは俺個人の意見ではなくて協会としても、プロ探索師会としても、あまり真に受けないことにしているんだ。……まぁ、ちょっとキツイ言い方かもしれないけどね」


 少しばかり困ったように頭を掻く仕草をする草津。

 そんな草津に対し、テンジは真剣な面持ちで答える。


「いや、まさにその通りだと思うよ。寝られるときに寝られるスキルがないと、そもそも最高の探索師になれるわけがないからね。上に行けば行くほど安眠なんてほど遠い世界だよ、ここは。そういう人は普通のルートでプロを目指せばいい」


「さすがテンジくんだ。先輩からも経験者への説明は簡単だけど、そういう経験のないいわゆるビギナーの説得には骨が折れるって聞いたことあったんだよね。やっぱりマジョルカを経験しているテンジくんは分かってる側の人だ」


「そう言われるとちょっと照れるなぁ」


「いや、俺は本当にテンジくんに期待している一人なんだ。この業界で働き始めて、ようやくマジョルカに行くってことがどれほど凄いことなのか理解できたからね」


 テンジがマジョルカに行くと決まったとき、草津はあまりマジョルカのことを知らなかった。しかし探索師協会で働き始め、マジョルカアイランドという場所がどれほど凄い場所で、どれほど優れた探索師の卵たちしか通えない場所なのか嫌でも知ることになった。


 だからこそ、草津は目の前に座るテンジの凄さをひしひしと実感していた。

 マジョルカに通ってきたという実績だけではなく、年下の少年には似つかわしくないほどに堂に入った雰囲気はまさにプロのそれを想起させるほどであった。


「まぁ一応バスとは言っても全席個室で区切られてるし、そんなに狭い個室でもないんだ。そもそも大型一台に六人しか乗れないくらいとても豪華な仕様なんだよ。ちなみにこれはオフレコでお願いしたいんだけど……このバスはギルド【CLASS】が未来有望な選手たちへってことで寄付してくれたんだ」


 その言葉を聞いてテンジは驚いていた。

 ギルド【CLASS】と言えば、テンジが昔から憧れている探索師が在籍するギルドだからだ。


「――とまぁ、おおまかな流れはこんな感じかな。詳しくはこの予定表に記載されているからあとで目を通しておいてね」


「うん、わかった」


「それじゃあ、あんまり時間もないことだし……早速このタブレットで動画を流すから確認しようか」


「何の動画だっけ?」


「最終予選のルール説明さ」



 † † †



 二人は紅茶で一息ついてから動画を観ることになった。

 テンジの準備が整ったところで、草津はタブレットのアプリを開くと『最終予選、統括プロ探索師説明動画』とタイトルの付いたファイルを開く。


「これはルール上、一度しか見ることができないから集中してね」


「了解。メモは大丈夫?」


「もちろん。ただし録音等はルール違反で失格になるから注意してね」


 草津の念押しの言葉に、テンジは真剣に頷く。

 そうして草津のゴツイ人差し指が三角形の再生ボタンに触れた。


 アイドルなどにも多数楽曲提供している有名な作曲家とコラボして作成されたシーカーオリンピアのオープニング映像が音楽とともに流れることおよそ二分――唐突に画面が切り替わると、一人のとある有名な探索師の映像が流れる。


『……あっ、これもう撮ってる?』


『はい、蓮司さんお願いいたします!』


 そこに映ったのはギルド【CLASS】の団長として名を馳せ、テンジの憧れたプロ探索師――鵜飼蓮司――であった。等級はもちろん一等級探索師であり、数々の実績を残してきた偉大な探索師である。


 メディアの前ではとてもさわやかで、気さくな印象があって子供から大人まで幅広い支持を集めるみんなの憧れな存在だ。そんな偉大な存在にテンジの鼓動は否応にも速まっていく。


『ごほんっ、ごほんっ。あー、あー……スタッフさん、声の音量これくらいで大丈夫かな? 音割れとか大丈夫? よくみんなには声デカイって怒られるんだよね』


『問題ありません! そのままお願いします!』


 鵜飼は姿勢を正すと、爽やかな笑顔をカメラに向けて振りまいた。


『みんなこんにちわ、おはよう、こんばんわ、グッモーニンッ! 俺のことを知ってるかは分からないけど、日本のギルド【CLASS】の団長を務める鵜飼蓮司という者だ。この最終予選では統括プロ探索師として君たちを見守ることになっているので、色々とよろしく!』


 昔から変わらないそのカッコよさに、テンジは嬉々とした表情を浮かべていた。

 そんな子供と変わらない反応に、近くで見ていた草津は思わず苦笑いを浮かべてしまう。それでもこの表情は悟られてはならないと、頬をつねって隠した。


『細かい説明はあとにしようか。まず最初にみんなが気になっている最終予選の内容から説明しよう。参加人数はこの最終予選から参加するシード枠も含めて、全52名――』


(52人……例年より少し多めかな?)


『そのうち本戦に駒を進めることができるのはたったの12名だけになる。少ないと思うかい? それは仕方ないんだ、今年は例年に比べて優秀な学生が揃いすぎてたからね。その優秀な学生四人で本選シード枠はすでに埋まっているから、必然と12枠しか残らないんだ。そして――』


 鵜飼は手ぶり身振りを交えながら、この動画を見ている人たちを楽しませようとしてくる。そうして急に画面から外れると、その両手には大きくてまん丸とした緑色の果物を抱えてやってきた。



『みんなが気になる最終予選の内容は――スイカ割りだ』



(え?)


 探索師とはあまりにかけ離れた言葉が、彼の口から出てきたことにテンジはぽかんと口を開けて驚いてしまう。そんな視聴者側の反応を見透かしたように、鵜飼はにやりと笑った。


『もちろんただのスイカ割りなんかじゃないよ? 探索師という言葉の通り、俺たちプロは常に特定のものを探さなくてはならない。未知の領域という情報の少ない土地で、少ない手がかりを参考に実績を積み上げていくんだ。まさに雲を掴むような仕事だ――』


 何年もの間、英雄並みの実績を積んできた鵜飼のその言葉には重みを感じた。

 日本のみんなが知っている。彼の天職はそこまで戦闘に特化したザ・ヒーローみたいな能力ではない。それなのに、彼は日本でも断トツで実績を残し続けてきた。


 みんなのヒーローとして、この業界の最前線で走り続けてくれた。


 誰も攻略することができず、閉ざすことができなかった第一期ダンジョン時代の遺物である零等級サブダンジョンを、たった一夜で攻略した偉業は広く知られている。


 当時まだまだ結束力がなく、個々での活躍を是としていた時代。プロ探索師の事務所たちを彼は協会と協力することで、たったの数年でまとまりのある組織へと再構築した真のリーダーとしての手腕は言わずもがな。


 日本にある七つのダンジョンのうち、三つで――彼ら【CLASS】のギルドは最も深い階層まで辿り着いた記録を所持している。その他にも鵜飼蓮司という男は新世代のリーダーとして数え切れないほどの実績を残し続けてきた。


 自然と、テンジは拳を強く握り締めていた。

 高揚感が止まらなくなっていた。


『――だからこそ、この最終予選では君たちに探索力を見せて欲しい。プロの探索師として活動していくには最も重要な素養とも言っていいだろう』


(探索に関する予選か、今の僕にはぴったりな内容かもしれない)


『これから君たちが向かう土地にはこのスイカが至る所に配置されている。もちろんこれは本物ではなく、スイカを模したただの機械だ。そしてこれを見つけ次第、中央にあるくぼみで指紋認証を行えばポイントを獲得することができる』


 鵜飼は実際に指紋認証をする動作を行い、視聴側の選手に手本を見せた。

 認証が完了すると、スイカの表面に『鵜飼蓮司 5P』と表示されるのが見えた。それと同時に中央からぱかっとスイカが割れる演出が添えられていた。


『これを100ポイント集めるんだ。それが本戦に進む最低条件となる』


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