第140話


 テンジは久志羅の知識量に尊敬を覚えていた。


「凄いです……こんなすぐにわかるなんて」


「協会と比べられても困るよ。私は世界で最も優れた研究者なんだからね」


 久志羅は自慢げに鼻息を鳴らすと、無い胸を前に突き出していた。

 その様子を見て、冬喜と千郷はついツッコミをいれる。


「「自称ね」」


 否定されたことに対し、久志羅は見た目の年相応な不貞腐れ顔を見せ、子供でもからかうようにやれやれと表現した。

 まるで子供の話を聞くように、本当にやれやれという感じであった。


「相変わらず二人は私に厳しいやん。こんなにも麗しい女の子だって言うのに……」


「テンジよりも、よっぽど久志羅ちゃんの方が詐欺師だよ」

「そうだ! そうだ! アラフォー女子のくせに!」


 冬喜の言葉に続くように、千郷がブーブーと言い出す。

 そんなカオス空間の中で、テンジはこてんと首を傾げていた。


「アラフォー?」


「そういえば言ってなかったっけ。まずは自己紹介からするべきだったね。そもそも冬喜くんの紹介ってだけで気を抜いていたやん」


 久志羅は改めてテンジへと体を向けるためにスワンチェアーをくるりと回転させ、賢さを演出するために白衣のポケットに両手を突っ込み、あまりない胸を前へと突き出した。

 そして慣れた手つきでもう一度眼鏡をかけ直した。ゴホンッと咳ばらいをして、緩んでいたここの空気を締める。


「私は久志羅ムイやん。元協会お抱えの研究者だったけど、今はリィメイに匿われる形でここに骨を埋めている一研究者だよ。見た目は君たちとそう変わらないけど、生まれてからすでに40年が経っているやん。あれ? もう41だっけ?」


「…………41? その見た目で?」


「まぁ、驚くのも無理ないやん。千郷ちゃん、あれはもう教えたの?」


 久志羅は何かを言いたいのか、テンジの師である千郷へと視線を向けて質問を投げかける。

 しかし千郷は無言でぶんぶんと首を横に振り、すぐに否定する。そのままゆっくりとテンジの背後に歩み出ると、座っていた弟子の両肩にぽんと手を置いた。


「ちょうどこのタイミングで教えてあげようと思ってたんだ。私よりも久志羅ちゃんの方が説得力あるでしょ?」


「私でいいん?」


「うん、久志羅ちゃんが教えてあげてよ。その方が絶対にいい」


「そっか、了解したよー」


 テンジは何のことかもわからずに、二人の顔を交互に見つめる。

 すると、すぐに久志羅先生の熱く真面目な視線がテンジに向かった。


「テンジ、今から教えることは探索師の禁忌に関することやん」


「探索師の禁忌? 学校では聞いたことありませんね」


「知ってはならないからこそ、教えないことに決まっているのさ。どこの国でも同じでね、やってはならないからこそ禁忌と呼ばれる行為があるやん」


「それを僕に教えてもいいんですか?」


「これは私の身の上を話す上では欠かせないことで、一級探索師ならばほぼ全員が知っていることやん。いや、全員は言いすぎかもだけどさ」


「そうなんですか?」


「ライセンスが一級に更新されると、必ず協会から講習と称してその禁忌を教えられることになってるんだよ。聞くも、聞かないも、本人の自由意志だけどね」


「なるほど……わかりました。その禁忌、僕に教えてください」


 テンジは間を置くようにごくりと息を飲み、姿勢を正した。

 探索師を目指すと決めた日から、テンジにはすでに覚悟ができていた。いつ死ぬかもわからない世界に飛び込もうと言うのだ、探索師を目指すにはそれ相応の覚悟が必要になってくる。

 だから今からどんな言葉が来ようとも、受け止め吸収する覚悟があった。


 千郷はすでに禁忌については知っているようで、次に起こすテンジの反応を今か今かと待ちわびていた。

 対して、冬喜はあまり聞きたくなさそうな顔をしていた。思わずその場から逃げ出すように一瞬腰を上げかけたが、すぐに座り直した。どこか、複雑な表情を浮かべている。


 久志羅も自然体のまま話そうとする。

 自分のやってしまった行いを話し始めるように、ゆっくりと口を開いていく。


「一等級天職以上には必ず『代償』という禁忌の能力が備わっているやん。そして私はその禁忌を知らぬ間に使ってしまい、どう足掻いたとしても……老いることも死ぬことも許されないこの体となってしまったやん」


 久志羅の瞳には後悔の念が籠っているような気がした。


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