第132話



「さてさて、みんなも美味しい物食べた? ちなみに先生はたっくさん食べちゃった。嫌だよね~、日々の育児疲れもあって食欲爆発しちゃったよ。あっ、太ったって言葉は禁止ね!」


 教卓の上に教師専用のタブレットを静かに置くと、ミーガン先生は陽気な声で生徒たちへと世間話を語り始めた。

 最初はあれやこれやと自分がやってきたことを語り、一通り語ったところでふぅと息を吐いていた。そのまま生徒一人一人に視線を向け、生徒との会話を始めていく。


「ジョージとデミリアはアメリカに一時帰国してたんだって?」


「はい、一時帰還命令が出ていたので」


「相変わらず私の母国はうるさいねぇ。学生の時くらい自由にさせてあげればいいのに、自由の国が聞いて呆れるよ」


 ミーガン先生の母国は、ジョージやデミリアと同じアメリカだ。

 すでにミーガン先生の国籍はマジョルカになってはいるのだが、元アメリカのプロ探索師として思うことが多々あるのだろう。

 それに共感したジョージとデミリアも、うんうんと激しく頷き肯定していた。


「韓国組みは? 何してたの?」


「チェウォンもアメリカに行ってましたよ。なんでも大好きなアイドルのニューヨークライヴがあるとかなんとか」


「ちょっと! ミナ!」


「えっ? 別に隠せてない趣味だしいいじゃん。クラスメイトもみんな薄々気が付いてるしさ」


「もぅ……」


「相変わらず仲がいいわね。で、ミナは何してたの?」


「私は寂しくマジョルカで過ごしてましたよ。お母さんが、忙しいから帰ってくるなって言うんだもん」


 ミナはやれやれと手仕草をして、苦笑いを浮かべた。


 彼女の実家はソウルでも有名な焼肉屋を営んでおり、年末年始は忙しさもピークとなり、娘にかまってあげられる時間が作れなかったのだ。

 それでも実家から送られてきた焼肉セットを堪能したらしい。ちなみにこのマジョルカで出会ったイタリア人のキープ彼氏と一緒にという話である。


「あらまぁ。今度私も韓国に行ってみようかしら。焼肉……というのが美味しいのよね? 確か、カルビだったっけ?」


「そうです、そうです! 特にうちのカルビはソウルでも有名なんですよ!」


「あら、子供が成長したら行こうかしら」


 ミーガン先生は韓国組との話を終え、次にパインへと視線を向けた。


「パインは?」


「訓練してました!」


「相変わらず熱心ね。ムシュタも喜ぶわね」


「はい!」


 実に質素な会話であったが、ムシュタが喜ぶという言葉を聞いただけでパインの顔は一段と明るくなった。

 ミーガン先生もこの半年でパインの扱い方に慣れてきたようだ。ムシュタという名前を出すだけで機嫌が数段良くなるので、扱いやすいと言えば扱いやすい生徒だろう。


 そうしてミーガン先生は生徒一人一人に、この短期休暇で何をしていたのか聞いていくのであった。

 先生も他国の文化や風習を面白そうに聞いてくれるので、生徒たちも気持ちよく自分のことを語っていく。一時帰国して家族に会ってきた生徒、訓練ばかりしていた真面目な生徒、先生と同じく美味しいものを食べ過ぎた生徒など、その過ごし方は千差万別であった。

 ちなみにこの後の講義がミーガン先生の講義項目だったため、時間が押しても何も問題はない。講義は基本、教師が自由にしていいとされているからだ。一応、カリキュラムのようなものが作られてはいるものの、それに従って講義をする教師は少数派だ。


 テンジも様々な国の正月話を聞いて、心の底から楽しそうに耳を傾けていた。


「じゃあ最後にテンジ。またダンジョンに潜ってたの?」


「凄いです、正解です」


「あはははっ、テンジも相変わらずだねぇ。少しくらい休めばいいのに」


 テンジは生徒や教師問わず、ダンジョンに狂った生徒であると噂されている。

 寝るか、食うか、ダンジョンで戦っているか。テンジという奇妙な生徒にはこれしか生活ルーティーンにないのではないかと、そう心配されているくらいなのだ。特に教師陣たちからであるが。

 というのも教師の特権で、生徒たちのダンジョン滞在時間だけはデバイスを通じて確認することができるからであった。

 どの階層まで潜ったかという情報だけは、リィメイ学長かイロニカ秘書にしか閲覧権利はないものの、滞在時間だけは別の話だった。


 一日の半分以上をダンジョンに滞在している日がほぼ毎日なのだ。

 そんな日々をテンジは送っていたのだから、必要以上にミーガン先生から心配されるのも仕方のない行いだった。


「剣士である僕は、人一倍頑張らなくてはいけないですからね」


 テンジはさも当たり前のように笑った。

 その言葉が真実ではないと知っている四人だけは、少しぴくりと反応を見せた。


(何が人一倍頑張らなくてはだよ。……化け物が)


 ジョージは内心でそんなことを思っていた。

 あいつが人一倍頑張っているなら自分はその三倍頑張らなくてはいけない。そんな考えをジョージは抱くようになっていた。だからアメリカに帰国した日も、ジョージはひたすらに訓練を行っていたのだ。


「まぁ、ほどほどにね? ――っと? もういいの、飛鳥?」


 そんな時だった。


 不意にミーガン先生の視線がテンジから、教室の外のドアへと向かったのだ。

 生徒たちも何事かと思い、一斉にその方向へと顔を向けた。


 そうして間もなくゆっくりと扉が開かれていき、隙間から一人の人物が姿を現した。


「はい、手続きは終わりました」


「そう。じゃあここに来て」


「はい」


 その人物は不愛想にてくてくと教壇の横に立ち、座っている生徒たちを見渡すように、波打つ黒髪から鋭い蛇目を輝かせた。

 見覚えのあるその姿に、テンジは思わず目を丸々とさせていた。


「ということで、薄々気づいている人もいたかもしれないけど……一年生の枠が一つ空き、今日から新たに彼がこのクラスに加わります。じゃあ自己紹介して?」


 その青年は静かにこくりと頷くと、徐に口を開いた。



「蛇門飛鳥、出身は日本……よろしく」


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