第131話
年も明け、マジョルカの街中はお祭り騒ぎだった。
クリスマスムード一色だった街の景色は、気が付けば各国の正月が織り交ざる面白い景色へと変わっていた。
1月3日は千郷が20歳を迎える日であった。その日、千郷は意を決してお酒を飲んだのだが、自分がお酒に弱い体質だったことに気が付き、丸一日落胆していた。
どうやら豪快にお酒を飲み交わし、飲み勝った相手を踏みつけるような、そんな酒豪の女性に憧れていたらしい。一体、どんな映画を観てそんな夢を抱いていたのだろうか。
それからさらに2日後には、マジョルカエスクエーラも予定通りに講義が再開された。
こうして再び、テンジらの生活は平常運転へと戻っていくのであった。
† † †
ちょうど今日が後期の初講義の日である。
テンジはいつも通り自分の席で薄型タブレットの教科書資料を眺めつつ、たまに閻魔の書を眺め、午前中の講義が始まるその時を静かに待っていた。
他の生徒たちは、この短期休暇中にどの階層までたどり着いたとか、どんな正月飯を食べたとか、あそこのモンスターが意外と手強かったとか、様々な会話の種で盛り上がっている。
そんな中でも相も変わらず一人ぼっちなテンジ。もはやクラスメイトの誰もが話しかけようとしない雰囲気さえあった。テンジがテストで上位になったのも、何かの間違いなのではないかと思われている節が少なからずあった。運が良かっただけだとか、なんだとか。たかが剣士がテストで上位を取れる理由なんて、それくらいしか思いつかなかったのだ。
ただし――テンジの真の姿を知ってしまった四人だけは、ちらちらとテンジに視線を向け、少なくない興味を抱いている様子があった。
彼らはリィメイ学長自らが緘口令を敷いたことで、今後はどの程度の接し方をして良いのかわからなくなっていたのだ。だから、話しかけたくても話しかけづらそうな雰囲気を作っていた。
その理由がさらに、テンジを孤独の道へと突き進ませていたのだ。
それでもテンジはあまり気にしてはいなかった。
日本でも出席率が低かったために友達もそこまで多くはなく、今と大層変わりのないこの状況においても平然と考え事をしていたのだ。
(次のレベルアップまでは……あと12日くらいかな? そうしたら次の階層に行けそうだよね。となると準備をちゃんと進めておかないと)
そう、すでにテンジのレベルは6へと変わっているのだ。
そのことについて粛々と考え事をしていた。
――――――――――――――――
【名 前】 天城典二
【年 齢】 17
【レベル】 6/100
【経験値】 2,254,107/15,625,000
【H P】 6039(6022+17)
【M P】 6017(6000+17)
【攻撃力】 18,472(18,455+17)
【防御力】 18,509(18,492+17)
【速 さ】 6030(6013+17)
【知 力】 6069(6052+17)
【幸 運】 6046(6029+17)
【固 有】 小物浮遊(Lv.8/10)
【経験値】 44/182
【天 職】 獄獣召喚(Lv.6/100)
【スキル】 閻魔の書、獄命召喚
【経験値】 2,254,107/15,625,000
――――――――――――――――
必要経験値はいつも通り五倍に増えた。
対して赤鬼種と青鬼種の地獄領域も「488」に増えたので、経験値獲得の実情はあまり変わっていなかった。むしろ地獄獣の数も合計で508体にまで膨れ上がり、狩りの効率は単純計算でも二倍近くになっていた。
最低でも、100万以上の経験値を取得できるような日々に進化していた。
テンジは次の地獄獣が解放される日もそう遠くないと考える。それと同時にインフレし始めた経験値や獄獣召喚の能力に戸惑う気持ちも少なからず持っていた。
ふむふむ、と一人で熱心に閻魔の書を見つめる。
――その時だった。
ふわりと、太陽のような優しいシャンプーの香りがテンジの鼻腔を通り抜けてきた。思わずその方向へと視線を向けると、そこには寝癖が芸術的に爆発しているパインの姿があった。
どうやら今日も寝坊しかけたらしい。
「ねぇ、テンジ。今度、私も千郷と一緒にダンジョンに行きたいな」
唯一と言っていい優しいパインが太陽のような笑顔を浮かべ、隣の席から顔を覗かせてきていたのだ。
テンジも何気なく、そしていつも通りの優しい表情を浮かべながら当たり前のように返事をすることにした。その表情にはなんということもない、今までと何も変わらないテンジがいた。
そのことにパインはすぐ気が付き、内心でホッと胸を撫でおろす。
「うん、僕もその話しようと思ってたんだ。パイン、前から千郷ちゃんと潜りたいって言ってたからさ、この前話しておいたよ。そしたら『テンジと一緒ならいつでもいいよ~』って言ってた」
「あっ、本当に!? やったぁ!」
全身で喜びを表すパインに、他のクラスメイトたちは少しばかり羨ましそうな視線を送った。
ここにいる誰もが綺麗で可愛くて強い千郷にマンツーマンの指導をしてほしいと思っている。しかし現状、剣士だと思われているテンジが彼女を独占している状態なのだ。
指導してほしくてもしてもらえない状況がずっと続いている。唯一、千郷が受け持つ講義に参加することで、マンツーマンでなくとも集団での指導を受けることはできるのだが。
指導をしてほしいが、そのためには格下である剣士のテンジと仲良くならなければいけない。
だけど、自分のプライドがそれだけは許さないと囁いてくる。
気まずいとは、まさにこのことなのだろう。
そうして学校開始の時間も迫ってきた。
生徒たちはゆっくりと講義の資料やタブレットなどを取り出し始め、講義の準備を進めていく。
ごそごそという物音が教室内に溢れ出したとき、始まりのチャイムが鳴った。まるでそのタイミングを待っていたかのように、教室の扉が勢いよく開かれた。
「おはよー! 年末年始は美味しいものが多くて嫌になっちゃうねぇ~」
1-Aの担任、金髪ロングのミーガン先生が陽気な声を響かせながら、教室へと勢いよく入ってきたのだ。
そんなミーガン先生の頬と顎下にはお肉が増え、少しばかりふっくらとした印象を受ける。年末年始のご飯が美味しすぎて、ついつい食べ過ぎてしまったのだろうと生徒たちは思っていた。
少しだらしないミーガン先生だが、彼女が姿を現した瞬間に、生徒たちの瞳が年相応な少年少女から熱心な探索師の卵へと変わった。
今日もまた、最高の探索師になるための講義が始まろうとしている。
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