第92話
月日は過ぎ、季節は冬へと変わっていく。
テンジは講義とダンジョンを行き来する生活を続けて、すでに三か月近くが経過していた。
「一週間後に実技試験かぁ……どんな試験なんだろうね。パインは知ってる?」
学校の講義を終えた放課後。
テンジは昼食を取ろうとパインを誘い、一階層のドスソルパブロ街へとやってきていた。
ここではしんしんと雪が降り続ける冬の気候が一年中続く階層であり、行き交う人々は厚手のコートやダウンジャケットを身に着けている。
かく言うテンジもダウンジャケットを制服の上から羽織っている。
パインもキャメル色のコートを羽織り、防寒対策をしていた。
ドスソルパブロ街は第一階層の中央に位置する街で、マジョルカリゾートダンジョンの玄関口とも言われている。
そのため3階層の街とはまるで違う近代化が進んでいることが特徴な景観をしている。
元々ダンジョンにあった家々に増築を重ねていき、さらに空いた土地には高層ビルやマンションが建築されている。さらにここ最近は、街の外にも街を広げていこうというプロジェクトが進んでおり、中世の雰囲気と現代の雰囲気が混ざり合ったような違和感がある景観が広がっている。
一階の建物には煉瓦造りなどのローテンブルク風な外装が多いのだが、二階になると途端に現代チックなガラスやファサードが使われていたりするのだ。
もちろん道を走るのは馬車などではなく、自家用車やタクシーバスなどの近代文明だ。稀にヘリコプターや戦闘機なんかもここでは飛んでいる。
(さすがにもうこの光景にも慣れたとはいっても、いつみても面白い街だな。でも、僕はやっぱり……3階層のトュレースセントラルパブロの落ち着いた雰囲気が好きだな)
異様な街並みを見上げながら、テンジはそんな感想を抱いていた。
その隣には、褐色の肌が可愛らしいパインが一緒に街を歩いている。二人は今、お気に入りの隠れ家的なカフェレストランに向かっていた。
とそこで、パインがテンジの質問に対し不思議そうな瞳を向けてきた。
「うん、知ってるよ。テンジは一緒にダンジョンに潜ってる……あの日本人の凄い人……なんだっけ?」
「冬喜くんのこと?」
「そうそう、クロウフユキ! フユキから何も聞いてないの?」
「あっ、そうか。先輩に聞けばよかったのか。……盲点だった」
「あははは~、相変わらず変なところで抜けてるよね~。じゃあ、ご飯食べているときにでも詳しく教えてあげるよ。例年通りなら、そんなに難しい試験じゃないはずだよ」
「そうなんだ、良かった」
あまり難しくない試験と聞き、ホッと胸を撫でおろす。
その様子を隣から見ていて、本当に試験の内容を知らなかったのだとパインは気が付いた。
テンジという日本人は、クラス内でもどこか浮いた存在になっていた。
天職が五等級の《剣士》であるという噂が出回ったこと、教師の中でも圧倒的に男子生徒から人気のある千郷とシェアハウスをしているということ、稀に学校にも来ずに数日間続けてダンジョンに籠りきっていること。
こういった行動や事実が、テンジという存在をひと際孤立させていた。
だけど、パインはそういう自然と流れる空気というのが大嫌いだった。
「ねぇ、今日は奢ってよ」
「え? 僕が? まぁ、試験内容を教えてもらうし……ちょっとならいいよ」
テンジは苦虫でも潰したような表情を浮かべる。
これもまた、テンジを孤立させる一つの要因だった。
パインの力添えもあり、何度か同じクラスメイトと出かけないかという話が出たことがあった。しかし、テンジはあまり出費を好まない傾向にあったのだ。
単にケチだとも言えるが、テンジは千郷に迷惑を掛けたくないという思いの方が強かったのだ。
(昔はともかく……マジョルカエスクエーラに今もお金がない人なんていない。誰だって、国や支援者に生活費や報酬を約束されて、この学校に通ってる。私だって……今はムシュタさんに支援してもらっているから、こんなにも贅沢な生活ができているの)
パインはそんなことを思いながら、隣を歩くテンジの横顔を見つめる。
この国は裕福だ。
明日のご飯を気にしなくていいし、病気も怖くない。寿命もずっと長くて70や80歳まで普通に生きていける。マフィアに怯えて歩く道を選ばなくてもいいし、家族と望まぬ別れ方をしなくとも生きていける。
だからこそお昼ごはん程度の出費を惜しむようなテンジは、他の生徒から見れば異常な人間に見えていたのだ。
(だから……私だけでも隣にいてあげなくちゃダメなの。この学園の試験は一人じゃ突破できないから)
「あっ、パイン。今日の限定食ってなんだろうね。昨日はパエリアだったし、一昨日はフィッシュアンドチップスだったし……そろそろ日本食とか出ないかな?」
「うーん、私もそろそろ故郷のご飯が食べたいなぁ。日本食って何があるの? 私はオスシって言うのしか食べたことない」
「そうだねぇ……そう聞かれると、日本食ってどんなのがあるんだろう」
「あー、わかる! 改めて聞かれると自分の国の有名な食べ物ってわからないよね! ちなみにセネガルではね、羊とかお米とかよく食べるよ。大体、混ぜちゃうんだけどね。こっちの料理みたいに、上品な感じはないんだよねぇ」
「えっ? それって、こっちに来たときにだいぶ困らなかった?」
「んーん、全然。私のことを推薦してくれたムシュタさんが、体と心が驚かないようにって、色々な国のご飯を食べさせてくれたの。だから、全然びっくりしなかったよ。……ちょっとだけ驚いたのもあるけど」
「パインはムシュタさんの話となると、嬉しそうに笑うよね。僕も一度でいいからムシュタさんに会ってみたいなぁ」
「会う? 一週間後にマジョルカに来てくれるんだ! リィメイ学長にお願いされて、試験のお手伝いをするんだって!」
やっぱり、ムシュタについて語るパインの瞳は嬉しそうだった。
パインがここに来た時、褐色の肌だからと言って一部の生徒から変な目で見られていたことをテンジは知っている。
だけど、パインの有り余るパッションでそんな周囲の目など吹き飛ばしてしまったのだ。
そんなパインがこんなにも嬉しそうにするのは、ムシュタさんという彼女の支援者でもあり、彼女にここに入学する『枠』を与えた人物の話をするときだけだった。
「へぇ、じゃあ会えるかもね」
「うん! ムシュタさんにも言っておくね!」
パインは太陽と見間違えるほどの眩しい笑顔を振りまいた。
† † †
二人はドスソルパブロの端の方でひっそりと営業するカフェレストラン『
このカフェレストランはフランス人の元有名シェフが、余生をゆっくりと過ごしたいということで始めた、本当に小さなお店である。
彼女は若い頃に世界中を飛び回って、世界各地の料理を研究していたので、大体どんな国の料理でも作れる。だからなのか、日替わりの「シェフの気まぐれ」という限定メニューでは色々な国の料理が食べられるのだ。
これがテンジとパインが通い詰める理由の一つだった。
それに値段もマジョルカにしては良心的で、テンジの心持的にも辛くないという理由もある。
「ふぅ、美味しかった。今日は本格インド料理だったね」
「そうだねぇ、辛かった」
テンジは満足げにお腹を擦り、パインは少し辛かったのか、口周りをほんのりと赤く染めていた。
パインはすぐにラッシーに似たようなドリンクを頼み、ちびちびとそれで辛さと戦っている。コップから口を離せなくなってしまい、ちびちびと飲んでいる様は少し可愛い。
「試験も簡単そうで良かったよ。一年生は第15階層を貸し切って、クラスごとに行う。その15人はフィールドの端にそれぞれ放置されて、フィールドの中央にあるゴールを目指してただ進むだけだよね? 共闘でも、妨害でも、何でもオッケーなサバイバル自由形式と」
「その通りだよ。はぁ……辛ぁ……」
パインは肯定しながら、辛そうに舌をべぇと出す。
「でも……本当に妨害なんて起こるの?」
「うん、何でも毎年必ず起こるらしいよ。たぶん先生たちも許容しているんじゃないかな? ブラック探索師の手口に慣れるためにも、とか言いそうだよね」
「あぁ、言いそう……。まぁでも、ゴールした順位と制限時間内に倒した魔獣の数と等級で結果が決まるんだから、仕方ないと言えば仕方ないのか。ブラック探索師かぁ……」
「私たちにしてみれば、初めて目に見えて結果が出るイベントだからね。みんな必死に訓練してるよ、最近は。ジョージもデミリアもここ数日は先生の元でつきっきりの訓練をしてるみたい」
一年生にとってみれば、これは入学してから初めて周囲との関係をはっきりとできる、大きなイベントの一つである。
イベントと表現した理由は、これは試験であって試験ではないからだ。
学校や教師にとってみれば、この試験はあくまで生徒たちの現在地を正確に測り、これからの講義に活用するための材料に過ぎないのだ。日本のように、将来の進路に直結したり、結果が悪いからと言って何かがあるわけでもない。まぁ、毎年明らかに不出来な生徒ばかり送ってくる支援者から枠を取り上げるという話はよく聞くのだが。
だからこそ、このイベントでは如実に学年ごとの序列が決まる。
(まぁ、僕なんて視界にも入ってなさそうだけどね。妨害の心配はしなくても大丈夫そうかな)
テンジの素性はあくまで五等級天職を持つ劣等生の《剣士》となっている。
だからこそ、そんな地面の雑草と変わらない人間などに、興味を示す者は誰もいないのだ。
「パインはもちろん1位を目指すんでしょ?」
「もちろん! ムシュタさんにいい報告をたっくさんしたいんだ。最低でも、3位以内でのゴールと四等級モンスターを50体以上は倒さないと」
去年の試験、つまり今の二年生の試験では『ゴール順位:4位、倒したモンスターの数:五等級15体、四等級56体』という生徒が優勝したらしい。
この試験ではモンスターの感知能力や感知技術、戦いの技術、交渉術、ダンジョンでの歩き方など、総合的な探索師としての技術が個人単位で要求されるのだ。
毎年似たような数字を叩きだせば、必ず上位には食い込めるので、パインは具体的な数字を口に出せていた。
(まぁ……冬喜くんはもっと異常だったらしいけど)
一昨年、つまり冬喜が一年の頃。
その年の試験では冬喜がぶっちぎりの優勝を勝ち取り、その記録はマジョルカエスクエーラ開校以来の最高記録になったらしい。
『ゴール順位:8位、倒したモンスターの数:五等級151体、四等級876体』
これは例年以上の記録らしく、新たな零級探索師候補が入学してこない限り破ることは不可能な記録なのだとか。
もちろんテンジがこの記録を破るようなハチャメチャな行動をするわけがない。
(別に、ここでわざわざ良い結果を出す必要もないしね)
まだまだ、テンジには一級探索師相当の実力が備わっていない。
それはステータスの面でもそうなのだが、単純な探索師としての技術的な力量でも同じことが言える。
だから――。
それまでは静かに、着実に力を蓄えていくのがリオンという支援者との約束だった。
そんなテンジも、すでにレベルが3から4に上がって一か月ほどが経過していた。
相変わらず同じような変化しか起こってはいないが、レベルが上がるペースはどんどん加速していた。
地獄獣の数も増え、階層もどんどんと更新していき、マジョルカというダンジョンが身近に存在する珍しい土地柄のおかげもあって、テンジは驚くべきペースで成長していたのだ。
現在、テンジの閻魔の書はここまで変化していた。
ここに来てたったの三か月で、驚異的な成長を見せている。
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【名 前】 天城典二
【年 齢】 16
【レベル】 4/100
【経験値】 611,776/625,000
【H P】 4034(4018+16)
【M P】 4016(4000+16)
【攻撃力】 5996(5980+16)
【防御力】 4052(4036+16)
【速 さ】 4027(4011+16)
【知 力】 4058(4042+16)
【幸 運】 4045(4029+16)
【固 有】 小物浮遊(Lv.8/10)
【経験値】 2/182
【天 職】 獄獣召喚(Lv.4/100)
【スキル】 閻魔の書
【経験値】 616,776/625,000
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――――――――――――――――
【地獄領域】
赤鬼種: 78/78
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――――――――――――――――
『召喚可能な地獄武器』
【赤鬼シリーズ】
・赤鬼刀――五等級――
・赤鬼ノ短剣――五等級――
<パッシブスキル:泥酔>20%の確率で、敵を泥酔状態にする。
・赤鬼グローブ――五等級――
<パッシブスキル:爆破>10%の確率で、攻撃に爆破(300%)を上乗せする。
・赤鬼ノ爪剣――五等級――
<パッシブスキル:貫通>50%の確率で、敵の防御力を無視することができる。
・赤鬼大剣――五等級――(NEW)
<パッシブスキル:停滞>30%の確率で、敵の速さを5%低下させる。
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『召喚可能な地獄装備品』
【赤鬼シリーズ】
・赤鬼リング――五等級――
・赤鬼バングル――五等級――
<アクティブスキル:力導>使用者の攻撃力を1.75倍にする。
・赤鬼ネックレス――五等級――
<アクティブスキル:無導>地獄武器を自在に操作する。
・赤鬼イヤリング――五等級――
<アクティブスキル:鼓導>使用者の全ステータス値を1.2倍にする。
・赤鬼アンクレット――五等級――(NEW)
<アクティブスキル:御導>地獄武器の確率効果を1.5倍に増加させる。
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【地獄婆の売店】
・体力回復鬼灯 (2ポイント)
・精神力回復鬼灯 (2ポイント)
・HP回復鬼灯 (2ポイント)(NEW)
・MP回復鬼灯 (2ポイント)
・速度上昇鬼灯 (2ポイント)
・攻撃力上昇鬼灯 (2ポイント)
・三途の川の天然水(2ポイント)
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ステータス値は平均で1000上昇し、地獄領域の枠も31から78へと増加した。それに合わせて小鬼の数も今では78体へと膨れ上がっている。
その他にも『赤鬼ノ大剣』や『赤鬼アンクレット』が加わり、売店には『HP回復鬼灯』が増えている。
次のレベル5まで、残り経験値は8224。
五という数字は割とキリのいい数字として認識されているため、次に起こる変化を今か今かと楽しみにしているテンジであった。
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