第87話



 地獄婆の売店に、新しいアイテムが追加されていた。

 今のところは1レベル上がるごとに新しいアイテムが一つ増えているので、最終的には103個のアイテムが売店に並ぶのだろうか、と思わず妄想してしまうテンジであった。


「えっとね……『速度上昇鬼灯』だって。たぶん字面通りに、速度を一時的に上げるんじゃないかな?」


「速度が上がる? へぇ~、一個ちょうだい?」


「あ、うん」


 すでに他人でも鬼灯の効果が得られるのは実証済みである。そのため、テンジがアイテムを渡せば千郷でも使えるのだ。

 テンジは売店から速度上昇鬼灯を二つ購入して、自分の手のひらに召喚した。


 それは黄色いホオズキであった。

 千郷はその鬼灯の一つを手で摘み、ゆっくりとテンジの口へと運んでいく。そして躊躇することなく「あ~ん」と言い出した。


 ほんの一瞬、動揺するテンジだが、すぐに「千郷ちゃんだから」と雑念を切り捨て口を開いた。

 はむはむとかみ砕きながら、検証するように味わう。


「ん……ちょっとパプリカっぽい? 回復系よりは少しだけ甘いかも」


「本当に? じゃあ私も、っと」


 千郷は珍しい食べ物や物に緊張するような性格をしていない。

 どちらかというとマイペースで堂々とした性格だ。だからなのか、テンジの言葉一つ信じて迷うことなく黄色い鬼灯を飲み込んだ。


「あっ、本当だ。ちょっとだけ甘いね。で、ステータスに変化はあった?」


「ん~……一応、あるね」



 ――――――――――――――――

【名 前】 天城典二

【年 齢】 16

【レベル】 2/100

【経験値】 12/25000


【H P】 2030(2014+16)

【M P】 2016(2000+16)

【攻撃力】 2171(2155+16)

【防御力】 2046(2030+16)

【速 さ】 2531(2009+16)(×1.25)

【知 力】 2048(2032+16)

【幸 運】 2045(2029+16)


【固 有】 小物浮遊(Lv.7/10)

【経験値】 41/90


【天 職】 獄獣召喚(Lv.2/100)

【スキル】 閻魔の書

【経験値】 12/25000

 ――――――――――――――――



(鬼灯を食べる前の速さは2025だったから……一応、500近くは上がってるのか。あっ、時間測らなきゃ)


 効果時間を測るのを忘れていたテンジは、慌ててスマホを取り出してストップウォッチを起動した。

 そのままジッと閻魔の書と時間を交互に見続ける。


 何かの検証をしていることは傍から見ても明白だったので、千郷は静かにその様子を見守る。時々、本当に早くなっているのかそこら辺を走ったりする。

 そして実際に少しだけ早くなっているのだから、千郷は嬉しそうに笑った。


 鬼灯を飲み込んでから、ちょうど五分が経った。


「あっ、効果が切れたみたい。千郷ちゃん、詳細な効果がわかったよ」


「あ、本当に?」


 その辺りで体を動かしていた千郷は、じんわりと首筋に汗を流しながらテンジの元へと戻ってきた。

 そして、次のテンジの言葉を忠犬のように待つ。


「うん、効果時間はちょうど5分で、速さのステータスを一時的に1.25倍にするみたい。僕の場合は500ちょっと上がってたよ。たぶん、千郷ちゃんも似たような感じじゃない?」


「おぉ! 予想通り! 私も大体1.2倍か1.3倍くらいかなぁって思ってたんだよね」


 千郷のようなプロ探索師は自分の力量を良く知っている。

 だからこそ、少し体を動かすだけで自分が今どんな状態なのかを瞬時に測れるようになるのだ。とはいっても、千郷のその感覚はずば抜けて高いため、ここまで正確な数値を導き出すのは他の一般探索師では難儀なことである。


「ボスモンスターと戦う前とかに飲むなら、使いやすいかもね。それか、こう……腰に邪魔にならない程度のポーチでも着けて、戦闘中いつでも食べられるようにするとか」


「あぁ、それいいかもね! じゃあ、明日一日は久しぶりに休みにしない? 私、1階層の市場に行って良さそうなポーチ探してくるよ。それかベルトタイプの少量収納なら戦闘の邪魔にもならないしね」


「いいの? だったら、僕も地獄クエストに明日挑戦しようかな」


「決まりだね、明日は久しぶりに休暇ということで」


 もちろん今回のレベルアップでも、閻魔の書には地獄クエストの項目が追加されていた。

 それを知っていたから、千郷は明日を丸々休暇にしようと提案したのだ。


(よし、明日の地獄クエストに向けて今日は軽く流していこう。……どうせ、また地獄みたいな枷を付けられるに違いないんだし)


 二度に渡って、精神的に追い込まれた地獄のような経験を思い出し、テンジは思わず苦虫でも噛んだような表情を浮かべる。

 その様子に気が付いた千郷も、テンジから地獄クエストの苦々しい思い出は聞いていたので、「あぁ、思い出したんだろうなぁ」と心の中で可哀そうに思うのであった。

 ゆっくりとテンジの横に立ち、よしよしとつい頭を撫でてしまうほどには。



 † † †



 翌日。

 千郷は珍しく早起きをすると、朝ごはんを済ませてから1階層にある中央街『セントラルエントラーダパブロ』へと向かった。

 テンジと昨日約束した買い物を覚えていたようで、朝早くから欠伸をしながら市場へと行った。


 対してテンジは、家の外にある小さな芝生の庭で入念なストレッチをしていた。

 脹脛の筋肉をほぐし、前太ももをほぐしながら、閻魔の書の地獄クエストのページを眺める。



 ――――――――――――――――

【実行可能な地獄クエスト】


クエスト名:

『赤鬼からの挑戦状~Level.2~』


《達成条件その1》

 ・スクワット25000回

《達成条件その2》

 ・シャドーボクシング15時間

 ・青銅鐘の破壊


《クリア報酬》

 ・五等級武器「赤鬼グローブ」

 ・五等級装備品「赤鬼ネックレス」

 ――――――――――――――――



(達成条件その1は、前回の回数よりも五倍になっただけで特筆する変化とは言えない。……まぁ、前みたいに何かしらの隠し条件は発生するんだろうけどね)


 地獄クエストで一番最初にやったスクワットは1000回、次に5000回、そして今回の25000回と、単純に五倍ずつで回数が増えている。辛いだろうけど、この辺りは毎度気合で乗り切れている。

 テンジは次の条件の文言を目で追う。


(シャドーボクシングの時間はたったの5時間だけ増えた。これも気合で乗り切るしか正直突破口はない。それにしても……青銅鐘の破壊? どういうことなんだろうか?)


 今までにこんな条件項目は存在しなかった。

 普通に青銅製の鐘を壊せばいいのだろうか、とテンジは推測する以外になかった。普通の人間ならば鐘を拳で壊するなんて到底不可能だろうが、常人の40倍近い身体能力を発揮できるようになったテンジにとっては、それほど難しい項目には思えなかった。


「まぁ、十中八九……普通ではないんだろうけどね」


 思わず、乾いた笑いを浮かべる。


 ――と、その時であった。

 背後から芝生を踏むふさふさとした足音がテンジの耳に届いてきた。


「一人で笑って、何か面白いことでもあったの?」


 その足音の正体は――。


「あ、冬喜くん。おはよう」


「おはよう。ピンポン鳴らしても家に誰もいなかったんだけど、千郷ちゃんはいない?」


「千郷ちゃんなら朝一に市場へと向かったよ、1階層の」


「あっ、本当に? ちょっと遅かったかぁ。昨日は59階層のボスと戦ってて、疲れて寝過ごしちゃったんだよね。失敗したなぁ……今日も訓練つけてもらおうと思ったのに」


「たぶん目的の物を見つけたら、買い食いしてすぐに帰ってくると思うよ? お昼ぐらいには帰ってくるんじゃないかな?」


「じゃあ、俺はここで待たせてもらおうかな。どうせお昼までやることもないし」


 爽やかな笑みでそう言うと、冬喜は庭に設置されてた白い木製の小さなブランコへと腰を掛け、ぶらぶらと呑気に漕ぎ始めた。

 どうやら冬喜も今日はオフにしていたらしい。いつもならばテンジ相手でも目が合えば「修行する?」と聞くほどには、真面目過ぎる戦闘バカなのだ。


 内心で少しホッとしていたテンジは、再び入念な準備運動を始める。


「なんか、ストレッチに凄い気合入れてるね」


 後ろから見ると、テンジの背中にはべっとりと汗が付いていることがわかったのだ。

 いつもよりも激しい準備運動をしていることを疑問に思い、冬喜は素直に問いかけてみる。


「あっ、そういえば冬喜くんにはまだ言ってなかったね。昨日、ようやくレベルが2に上がったんだ」


「本当に!? あっ……だから、そんなに激しいストレッチしてたのか」


 冬喜はどこか納得したような苦笑いを浮かべた。

 彼は千郷ほどではないにしても、テンジのことを詳しく知る人物の一人である。ステータスが見えること、召喚系能力者のこと、特級天職のこと、地獄の存在、売店でアイテムが買えること、魔鉱石をポイントに変換することなどだ。

 全ての能力を何となく言葉で説明したため、千郷ほど一字一句詳しいというわけではない。


 それでもテンジ、千郷に次いで、三番目にテンジの獄獣召喚について詳しい人物である。


「これから地獄クエストをしようと思うんだ」


「あぁ、確か……地獄みたいに死ぬほどキツイ条件が設定されてるんだっけ?」


「そうそう、本当に死にもの狂いで挑まなきゃ死んじゃいそうなやつ」


「今回の条件は?」


「スクワット25000回で、たぶん何トンかの重力を掛けられると思う。それに15時間のシャドーボクシングに、青銅鐘の破壊だって」


「うわぁ……頑張って~」


 さすがの冬喜でも、正気の沙汰ではない運動量に引き気味で言うのであった。

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