第86話



 リィメイ学長と思わぬディナーをした翌日も、翌々日も、さらに次の日も。ひたすらにテンジと千郷は、ダンジョンの第75階層到達に向けてモンスターと戦い続けていた。

 昨日は冬喜も予定が合い一緒にダンジョン攻略に付き合ってくれた。その時にあの話を訊ねてみたが、残念ながら冬喜は『九王』についての情報をあまり知らないようだった。というかあまり興味なさそうな顔をしていたのを、鮮明に覚えている。


 学校の講義、ダンジョンの攻略、食って、寝る、を繰り返すだけの日々。

 それでもテンジは一切心が折れることがなかった。


 その理由は――。



《種族の経験値が満たされました。天城典二のレベルが上がりました》


《天職の経験値が満たされました。特級天職:獄獣召喚のレベルが上がりました》



「やったぁ!! レベルアップだ!」


「本当に!? イェーイ!」


 二人は喜びのあまりハイファイブを交わす。

 千郷もまるで自分のことのように喜んでくれたので、テンジは心の底から嬉しく感じていた。


 現在、彼らがいるのはマジョルカダンジョンの第37階層。

 すでにプロ探索師が縄張りとする階層までたどり着いていた。

 そしてテンジはちょうど今、そこの徘徊ボスを倒し、レベル2の関門である5000経験値を稼ぎきったのである。

 喜びもほどほどに、テンジは近くの木陰に腰を下ろして、早速閻魔の書の変化を確認し始める。その隣には嬉しそうに千郷も腰を下ろした。


 ぱらぱらと閻魔の書を捲っていくが、その様子を千郷はその綺麗な瞳で見ることはできない。

 他人には一切見ることも感じることもできないのだから仕方ないのだが、それでも千郷は痺れを切らしたように、テンジの顔を覗き込む。


「どうだった? 何が変わった?」


「うーん、あんまり変わってないかも? 1レベルに上がった時と同じような感じだね」


「同じ……てことは!? またステータス1000近く上がったの!?」


「う、うん、そうだね」


「それって……もうベテラン二級探索師レベル相当の身体能力ってことだよね。さすがはテンジくんだね。もう駆けっこで勝てなくなっちゃうかもなぁ~」


 そう言った千郷の顔は、残念がるよりもどこか嬉しそうなものだった。

 二人の関係は、千郷が師で、テンジが弟子。師が弟子の成長を喜ぶのは、彼女にとって当たり前のことだった。

 その綺麗で可愛いむすっとした表情に癒されつつ、テンジはひらりとステータスのページを出す。



 ――――――――――――――――

【名 前】 天城典二

【年 齢】 16

【レベル】 2/100

【経験値】 7/25000


【H P】 2030(2014+16)

【M P】 2016(2000+16)

【攻撃力】 2171(2155+16)

【防御力】 2046(2030+16)

【速 さ】 2025(2009+16)

【知 力】 2048(2032+16)

【幸 運】 2045(2029+16)


【固 有】 小物浮遊(Lv.7/10)

【経験値】 41/90


【天 職】 獄獣召喚(Lv.2/100)

【スキル】 閻魔の書

【経験値】 7/25000

 ――――――――――――――――



ふむ、と考えるように顎に手を当てる。


(ステータス値は推測通りの数値で上昇しているな。それと次レベルまでの必要経験値は……やっぱり五倍に増えるのかぁ、多いな。まぁ、ここら辺はおおよそ予想通りの変化だね)


 以前に推測を立てた、ステータス値の上昇数値について。

 平均的には1000近く上がっているが、正確にはHP:1002、MP:1000、攻撃力:1000、防御力:1003、速さ:1001、知力:1005、幸運:1000という固定の上昇値が存在するようだ。

 これはレベル1に上がったときと同様の上がり幅であり、この後のレベルアップでも同じようにステータス値が上昇するのならば、カンストした時の値が末恐ろしいことになりそうだ。

 たったのレベル2でさえ、平均的なベテラン二級探索師相当のステータス値だというのに、考えるだけで恐ろしい。


 その他にも要求必要経験値が5倍ずつ上がっていることも判明した。

 レベル0では必要経験値が1000で、レベル1では5000、そしてレベル2では25000となっている。そこには単純に5倍という計算式が存在するように思える。


 今すぐにでもメモしておきたい気分だが、他の変化が気になって仕方ないので、他の変化ページを先に確認しておくことにした。



 ――――――――――――――――

【地獄領域】

 赤鬼種: 5/12

 ――――――――――――――――



(あれ? こっちは……あぁ、2.5倍で増えているのかな。でも、5×2.5だと12.5……端数は切り捨てなのかも)


 地獄領域の分母は、おそらく2.5倍で、かつ端数切捨てなのかと推測を立てる。

 レベル0の時は0/2で、レベル1では0/5、レベル2では0/12なのだ。そこには単純に2.5倍ずつという倍率計算式が存在するのかもしれない。


(案外、法則性は見つけやすいよね……この天職って。もう少し複雑な計算式があった方がゲームっぽいけど……まぁ、ゲームではないからかな)


 天職とは一体なんなのか。

 この問いに答えられる人間は、今のところ誰一人としてこの世界には存在しない。

 何が目的で、どんな意図があって、この世界に天職とダンジョンという異物が混ざったのかは、空想ごとで考えるほかないのだ。


 そう思いつつ、テンジは一度周囲の状況を確認する。常に周囲には小鬼四体を警戒に回しており、視界の届かない場所の状況でも、小鬼くんの瞳を見ればなんとなくだがわかる。

 はっきりと鮮明な判断はできないが、言葉の話せない小鬼なので仕方のないことだろう。


「うん、周囲には誰もいなさそうだね。千郷ちゃん、小鬼を追加できそうだよ」


「何体くらい?」


「七体かな? これで十二体の小鬼を使役できるようになったみたい」


 テンジは新たな小鬼を召喚するために、ぱらぱらと閻魔の書を捲っていく。

 そこには銀色に輝く『召喚可能な地獄獣』の文字と、『小鬼』の文字が浮かんでいた。その文字にそっと指の腹を触れさせる。

 どうせなら、と一度に七体の小鬼を一気に召喚できるのか試してみることにした。


(七体を一斉に召喚)


 目の前の地面に、七つの扉が横一列に現れた。

 元々召喚済みの地獄獣を一度に五体まで召喚できるのは知っていたが、初めての小鬼召喚でも一度に七体は召喚できることが証明された。

 地面に現れた扉から、徐々に姿や性別の異なる七体の小鬼が現れてくる。テンジは左から順番にステータスを照らし合わせ、名づけを行っていく。


「左から、小鬼6号、小鬼7号、小鬼8号、小鬼9号、小鬼11号、小鬼12号、小鬼13号だ。異論ある小鬼はいる?」


 名づけが終わると、七体の小鬼は一斉にその場に片膝を着き、胸も前で両手を交差させた。

 どうやら異論はない様子だ。そもそもこの辺りからだんだんと覚えるのもきつくなってくるので、異論がないのはテンジの記憶力にとってもありがたいことだった。


「よし、小鬼隊の隊長は僕の隣にいる小鬼くんだからよろしくね。小鬼くんも十一体の小鬼たちを上手く纏めるように。じゃあみんなは他の四体と合流して周囲の警戒と、モンスターがいれば力を合わせて倒してね。無理な場合は必ず僕に知らせること。いい?」


「「「「「「おん」」」」」」」


 小鬼七体はすぐにその場に立ち上がり、四方八方に散会していった。


 その様子を隣にいる小鬼くんも、うんうんと頷きながら見ていた。

 この小鬼くんはテンジが一番最初に召喚した小鬼の個体でもあり、初めての地獄クエストで相対した個体本人でもある。

 小鬼が増えてからは、自然と小鬼くんが彼らを纏めるリーダーのような振る舞いをするようになり、こうして正式にテンジの隣に立つことを許しているのだ。

 許している、といっても「ここにいてよ」とテンジが言っただけである。だけど、主からのその言葉は小鬼たちにとっては、目上の存在からの許可に聞こえていたのだ。


「なんだか十二体も自立行動できる生物を使役できるなんて……本当に王様みたいだね。しかもまだレベル2だし、地獄獣の種類もこれから増えていくんだろうなぁ~」


 千郷は本当に嬉しいのか、弟子の髪をわしゃわしゃと触りながらそんなことを笑顔で言ってきた。

 テンジも褒められたことを嬉しそうにしながら、頬をほんのりと朱色に染める。


「そうだと僕も嬉しいんだけどね。今のところ小鬼しか召喚できないし、いつになったら新しい地獄獣が増えてくれるのかな。それとも……ずっと小鬼だけしか召喚できないのかも」


「それはないでしょ~。本には空白が多いんでしょ? だったらいつかは増えるよ。よく言うでしょ? 天職に無駄は無いって」


 以前、千郷には閻魔の書の内容がどのような状態になっていて、どんな書き方や表示のされ方をされているのか、一字一句文字で起こして見せたことがある。

 千郷以外には見せていないので、閻魔の書のすべてを知るのはテンジと千郷だけだ。


『召喚可能な地獄獣』のページはまだまだ空白が多い。

 それは暗に、これからも地獄獣の種類が増えるということを意味している、と二人は考えていた。

 しかしレベルが2になった今も、その空白が減ることはなかった。


「だといいけどね。でも、これからは経験値効率も倍以上になるし、またどんどんレベルを上げていかないとだね」


「そうだね! 七体も増えたし、経験値も25000くらいでしょ? 下手したら一か月も経たずに次のレベルに上がっちゃうんじゃない?」


「じゃあ、一か月以内を目指してみようかな」


 小鬼が増えれば、もちろんモンスターを倒せる数も増えるので経験値効率は格段に良くなる。


 そもそも地獄領域で経験値を稼ぐよりも、こうやってダンジョン内に小鬼たちを放し飼いにした方が経験値効率は数段良くなる。

 地獄領域だと一体につき、一日平均12の経験値しか入らない。単純計算で五体の小鬼を使っても、60しか稼げないのだ。これが十二体に変わっても、144程度だ。

 しかし、このマジョルカダンジョンで行動を始めてからは、一日平均300以上の経験値を稼げるようになっていた。多い日で600近くを稼いだ日もあったくらいだ。


 その要因は、階層を降りるごとにモンスターの等級が上がって一体ごとの取得経験値が増加したのと、単純にモンスターの生息面積に対する密度の問題だと考えている。

 五等級モンスターからは0か0.1の経験値が稼げ、四等級では1から9の経験値が稼げ、三等級では10から50近くの経験値を得られる。もちろん階層が深ければ深いほど等級の高いモンスターが出現しやすくなり、三十階層を超えてからは三等級と四等級モンスターが主体になってくる。

 そして面積当たりのモンスター密度が多ければ、それだけ短時間でモンスターとの戦闘を繰り返すことができる。


 故に、ダンジョンで放し飼いをした方が経験値効率は何倍もいいのだ。


(本当にマジョルカに来る選択をして良かった。まだ日本にいたら、それこそ一日60くらいのペースでしか経験値を稼げなかっただろう。帰ったら千郷ちゃんにマッサージでもしてあげようかな? 最近、腰が痛いって言ってたし)


「千郷ちゃん、ありがとね」


「ん? 急にどうしたの?」


「千郷ちゃんに感謝したくなったんだ。千郷ちゃんがここに連れてきてくれたから、僕はこんなにも早くレベルを上げることができている。すごく、すごーく嬉しいんだ」


「そ、そっか……私も良かったと思ってるよ。なんでかわかんないけど、直感が正しい道を選んだって言ってるの。なんでだろうね?」


「さぁ? まぁ、そういうことで……あっ。地獄婆の売店も新しいの増えてる!」


「えっ、本当に!? どんなやつ!?」



 ――――――――――――――――

【地獄婆の売店】

 ・体力回復鬼灯  (2ポイント)

 ・精神力回復鬼灯 (2ポイント)

 ・MP回復鬼灯  (2ポイント)

 ・速度上昇鬼灯  (2ポイント)(NEW)

 ・三途の川の天然水(2ポイント)

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