第66話
テンジの話にひと段落が付くと、九条は全員の視線を集めるように再びゴホンッと咳ばらいをする。
それを聞いて、ここにいる全員がこの場を締めようとする九条へと体を向け直した。
「――と、色々話が逸れてしまったが。私からの話は以上になる、最後に何か質問のあるやつはいないか?」
九条の言葉に手を挙げる者はいなかった。
それを見て、九条は再び口を開く。
「では……これにて今年の【Chariot】入団試験の日程をすべて終了とする! みんな、本当にお疲れ! ここからはチャリオットの指示に従って動くように、以上!!」
九条は締めるように話すと、すぐにくるりと踵を返して出口の道へと歩いていくのであった。それを見たリオンもすぐ後を追い始める。
白縫はリオンの後を追う前に、テンジへと駆け寄り耳元で囁く。
「今日はお疲れ様。またこっちから連絡するから、それまでは少し待っててね。私のほうでも色々と調整しておくから」
「はい、お願いします」
「うん、じゃあまたね!」
白縫は天真爛漫な笑顔でそう言うと、くるりと回りながらリオンたちの後を追って帰っていくのであった。
その後姿が見えなくなったころで、福山が全員の前へと歩み出る。
「みんな、本当にお疲れ様。これで試験は終了となる。この後は一度地上にある本営に帰還し、内定者は別の契約書へのサインや説明があるから、もう少しだけ付き合ってね。それと怪我人はこちらで全責任を持って治療するので、本営にて説明を受けること。それじゃあ、一先ずは上に戻ろうか」
福山は爽やかな笑みで手招きをして、ここにいる参加者たちを先導し始めた。
彼らはぽつぽつと歩き始め、出口へと向かう福山の後を追い始めた。テンジや累、愛佳は最後尾につき、その後ろからは他のチャリオットメンバーたちが彼らの背後を警戒するようについてきた。
その道を二十メートルほど歩くと、そこには本物のエンドゲートがあった。
「みんな、そんなに緊張しなくてもいいよ。これは正真正銘、本物のエンドゲートだからね。じゃあ俺から入るから後についてきてね」
そのエンドゲートを見て、否応にも緊張感が走った参加者たちに手本でも見せるように福山はエンドゲートを潜っていった。
それを見て安心した彼らは、安心したようにエンドゲートを通るのであった。
最後にテンジたちなのだが、累が近くの壁を見てジッと動かなくなっていた。
「どうしたの?」
思わずテンジが問いかける。
「いや……この壁だけ色が違うなと」
累の指さした壁は、確かにほんの少しだが新しい壁色をしていた。
その話を聞いていたのか、後方を警戒していたチャリオットのメンバーが口を開いた。
「あぁ、ここね。団長やスカウトマンはみんなこの部屋で映像を見ていたんだよ。でも、もう不要だから閉じただけだね」
「なるほど、そうだったんですね」
累は納得するように頷くと、エンドゲートを通っていく。
慌てて、愛佳とテンジもエンドゲートの油膜を突き抜けて潜るのであった。
(あっ、今回は本当に大丈夫みたいだ)
ランダム転移みたいな暗闇がずっと続く感覚はなく、テンジの体はすぐに生暖かい油膜を通り抜け、気が付いた時には試験最初のテントの中に立っていたのであった。
後続の邪魔にならないようにテンジは小走りでその場から進み、福山の周囲に集まっている参加者たちの輪に加わる。
十人の無事を確認した福山は、すぐに話を始めた。
「ここから右側のテントに行くと、各ギルドから派遣されたえりすぐりの医療班が待機しているから、小さな擦り傷一つでもある者はすぐにそこで治療を受けること。そこでこのまま帰っていいのか、一度病院で検査を受けるのか言われるからね。もちろんその検査費もうちで支払うから安心していいよ」
福山は右側にある十字の医療マークが記されたテントの入り口を指さしてそう言った。
そして次に逆側にある左側のチャリオットの紋章である戦車のロゴが描かれたテントを指さした。
「こっちは合格者のテントだね。もちろん不合格者は入っちゃだめだからね? まぁ、詳しい話は後日になるだろうから、今日は簡単な説明だけだね」
合格した者たちは今すぐにでも入りたいテントだ。
しかし、不合格だった六名にとっては近くにあるのに、遠い場所にある夢見るテントであった。もし少しでも未来が違えば、自分があそこに入れたかもしれない。
そう思うと、彼らは少し寂しくも悔しそうな表情を浮かべた。
「それらが終わって、何も質問がないようならばこっちで用意したタクシーチケットを五道さんが配っているから受け取って帰ってね。あぁ、それと俺からでなんだけど最後に」
福山はそう言うと、ちゃらけた顔ではなく真剣な面持ちになった。
「今回、落ちたからってもう試験を受験できないなんてことはないよ。もちろん今のままではまた不合格になるだけだけど、また努力して成長したら是非また試験を受けてほしいな。実は俺、チャリオットに合格したのって三回目の試験だったんだよね」
「嘘っ!?」
「えっ!?」
突然のカミングアウトに、不合格者たちは目を見開いて驚いた。
その様子を見て、面白そうに笑う福山が再び話始める。
「一回目はそもそもあの最終試験のゴールにすら辿り着かなかったんだよね。それでめげずに二年後に二回目の試験を受けて、なんとか最終試験は突破できたんだけど……団長に不合格って言われたんだ。そしてさらに翌年に受験して、ようやく合格になったんだ。だから、みんなにはあきらめてほしくはないな」
その言葉は、不合格者六人に諦めないという勇気を与えた。
悲しみに溢れていた瞳が、再び再燃したのをテンジや累たちも気が付いていた。
「ということで、みんな本当にお疲れ様! 医療テントの中には飲み物や食べ物もたくさん用意しているから好きに食べていいよ」
にっこりといつもの爽やかな笑みを浮かべた福山であった。
しかし、何かを思い出したように福山は「あっ、忘れてた!」と叫んだ。
「そういえば参加したい人だけでいいけど、一時間後にこの外でお疲れバーベキュー大会をするから暇だったら参加してね! もちろん疲れてるなら帰るべきだと思うし、あくまで暇人が参加する催しだからね。合格者、不合格者関係なしに最終試験を突破した人たちだけが参加できる特別なイベントだから楽しんでいってね!」
その言葉を聞いて、ぴくりとテンジの触角が反応した。
「あ、あの!」
「何かな?」
「い、妹を呼んでもいいですか!?」
食い気味に迫ってくるテンジに、福山の爽やかな笑みが思わず引きつった。
テンジの妹はチャリオットでも、財布喰らいの片割れとして有名だったのだ。それを思い出して「予算大丈夫かなぁ……」と福山は内心で考えていた。
そんな時だった、たまたまテントの中に用事があって入ってきた眼鏡姿の五道が口を挟む。
「いいぞ、テンジくん。今すぐ呼んでやれ。そしてたらふく食っていけ」
「ありがとうございます!」
テンジは今日の食費が浮くことに内心でガッツポーズをするのであった。
こうして財布喰らいの最強パーティーが再び、チャリオットの財政を食い荒らすことに決まったのであった。
「それじゃあわからないことがあれば何でも聞いてね。はい、じゃあ一旦解散で!」
福山の言葉で、参加者たちはふぅと肩の力を抜くのであった。
そうしてぞろぞろと医療テントの方へと歩き始めていく参加者たち。その中でも無傷だった蛇門だけは左側のチャリオット紋章が刻まれたテントへと向かうのであった。
こうして【Chariot】入団試験は、無事に終了した。
(バーベキュー♪ バーベキュー♪ 食費が浮く~浮く~♪)
テンジは一人スキップしながら、どちらのテントに入るでもなく、テントを後にするのであった。
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