第67話



「遠慮なく食え、食え!」


「もちろん遠慮なんてしませんよ、五道さん。僕を舐めないでください」

「五道さ~ん、遠慮なんて美味しくないですよ?」


 お疲れバーベキュー大会が始まってすでにニ十分ほどが経過していた。

 すでに日も暮れ、遠くを見渡せば横浜の都市灯りが点々と輝かしく見える。この場はキャンプ用のライトや炭の火が、オレンジ色に灯っている。


 財布喰らいの天城兄弟は、一台の焼き台を占領し、肉を中心に遠慮などどこ吹く風でバーベーキューを楽しんでいた。

 そんな二人を、まるで自分の子供でも見ているかのような優しい瞳で、五道は見守っていた。


「真春、明日の分も食べて帰ろう」


「もちろんだよお兄ちゃん。明後日も明々後日の分までイケるよ。今のうちにお腹にお肉を蓄えて帰ろうね」


「あはははっ、言い食べっぷりだ! おい、右城!」


 五道は二十分経っても止まない天城兄弟の食欲に盛大に笑い、近くでチャリオットメンバーとしっぽりと酒を飲んでいた右城啓介を呼び寄せた。

 はむはむと肉を食べながら、右城は五道の近くに寄ってくる。


「何ですか?」


「ほらっ、これでいい肉をたくさん買ってきてくれ。近くに中華街に行けば肉くらい買ってこれるだろ?」


「えぇ~、五道さんが行けばいいじゃないですかぁ。俺は良い感じに酔っぱらってきてるんですよ」


「いいから行ってこい」


「うわぁぁぁぁ、パワハラ反対だぁ~」


 泣き真似をしながらも、右城は五道から代金を貰って買い出しに行かされるのであった。

 そんないじり甲斐のある右城を見て、チャリオットのメンバーはけたけたと酒に任せた大笑いをしていた。

 そんなチャリオットのメンバーに混ざって、最終試験突破者たちもバーベキューを細々と楽しんでいた。


 しかし、やはりと言うべきか――そこには蛇門の姿はなかった。


「おい、テンジ」


「ん? どうしたの? 水江くん。あっ、そういえば合格おめでとう」


「おう、ありがとうな。だが、俺だけでは無理だったのは誰が見ても明白だ。今度、ご飯でも行かないか? 少しくらい恩返しさせてほしい」


「奢ってくれるならいいよ?」


「……いいだろう。ほら、これが俺の連絡先だ。それじゃあ、俺はそろそろ帰るからまた今度会おう」


「うん、ありがとうね」


 水江は相変わらずな仏頂面で一枚の紙きれを渡すと、名残惜しそうな素振りを一切見せずに九条や福山たちに帰りの挨拶をして、タクシーに乗り込んだのであった。

 ちょっと前に水江は「早くあいつに合格の報告をしたい」と言っていたのを、テンジはこっそりと肉を食らいながら聞いていた。


(幼馴染さんだっけ? 喜ばれるといいね)


 テンジは水江が去った後の焼き台から強欲に手際よく肉を奪い取りながら、そんなことを思うのであった。

 天城兄弟にとって、焼き台は一台では全く足りないのだ。


 すると、次に立華加恋がテンジの元へと静かに歩み寄ってきた。

 頬がいい感じに朱色に染まり、色気たっぷりに吐く吐息からはアルコール臭がぷんぷんと漂っていた。


「テンジく~ん、しゃんとおにくはたべていますかれすれ~」


「立華さん、酔い過ぎですよ」


「みんなが面白がって飲ませてくるんですぅ~。それにしてもかわいい子ですねぇ~、彼女さんでしゅかぁ?」


「いや、妹ですが?」


 隣で一心不乱に肉を食らっていた妹は、頬がぱんぱんに膨れ上がるリスのようにむしゃむしゃと食いまくっていた。

 こうなったときの真春は、周囲の会話なんて一切聞いておらず、ただ肉の焼き加減と咀嚼にだけ集中する鬼と化すのであった。

 酔っぱらっている立華は、リスみたいな真春が可愛いと思ったのか千鳥足でふらふらと歩み寄ると、唐突に真春に頬ずりをする。


「かわぇぇ~」


「むしゃむしゃ」


「かわぇぇ~、名前は?」


「むしゃむしゃ……真春、ちょっと邪魔」


 真春は咀嚼の邪魔をする立華を肩で押しのけると、再び肉へと集中力を高める。

 その様子を見て、さすがは自慢の妹だとなぜか誇らしく思うテンジであった。

 立華は酔うと可愛いものが気になってしまう性格のようで、次は愛佳の方へと千鳥足で向かっていった。


 案外素っ気ない第26グループの会話であったが、彼らはこうして別れの挨拶を済ましたのであった。

 他のグループでも、愛佳は第1グループの三人と仲良く会話をしていたりするのだが、累ともう一人の参加者だけはぎこちない空気感でバーベキューを楽しんでいた。




 そうしてバーベキュー大会も終わりを迎える。


「諸君、今日はよく働いてくれた! それと学生諸君もお疲れ! 今年は過去最高にレベルの高い参加者が集まってくれ、私も非常に満足だった! そしてチャリオットには新たに水江勝成と朝霧愛佳の入団が正式に決まった!」


「「「おぉっ!!」」」


「晴れて合格した二人に乾杯だ! そして明日からまた新生チャリオットが始まるぞ。ここから気を引き締めて、我らは戦車の如く、この世界で先陣を走り続けるぞ!」


 九条団長の一言で、バーベキュー大会は幕を閉じたのであった。


 あれから、愛佳と水江は正式に【Chariot】に入団することを決意したようで、すぐに入団の契約書にサインしたと聞いている。

 肝心の蛇門飛鳥は、入団内定保有の契約書にだけサインをして、「少し考えさせてください」と九条に言ってそっけなく帰ったらしい。


 立華や他の最終試験突破者たちは来年も入団試験を受験することに決めたようで、全員が瞳の奥に真っ赤な熱い炎を燃やしていた。

 どうやら福山の鼓舞が相当効いているようで、完全に乗せられているらしい。

 ちなみに不合格者は不合格者六人で、かなり固い結束を結んでいた。


 最後に、テンジだ。


 テンジは念願であったマジョルカ・エスクエーラへの留学が決まった。

 まだ白縫千郷からの詳細な連絡はなかったが、正式に決定すれば真春にも話す予定である。


 こうして突発的な入団試験はすべての行程に幕を下ろしたのであった。



 † † †



 ――1か月後。



「セーフっ! セーフだよねっ!?」


「千郷さん! 早く! ギリギリですよ!」


「うわぁぁぁぁ、寝坊してごめんねぇ~」


「謝るのは良いですから、てきぱき歩いてください!」


 テンジと千郷はマジョルカに向かうべく、東京の成田空港国際線の保安所前に来ていた。

 化粧もしていなく、寝癖も目立つ千郷は大きなスーツケースを慌ててガシャガシャと引きずりながら、焦ったように待っていたテンジの前にやってきた。

 テンジは腕時計の時間を見て、千郷の手を引っ張り始める。そんなテンジの横には真春の姿があった。


「ふふふっ、やっぱり千郷ちゃんは忙しないねぇ~」


「……寝坊しただけです」


 千郷が頬をぷくっと膨らませながら言い訳をしたところで、二人は保安所の列へと並んでいく。

 ここで真春とはお別れだ。


「お兄ちゃん、着いたらちゃんと連絡してね?」


「うん、すぐに連絡するよ。真春もご飯とか洗濯とかちゃんとするんだよ?」


「はいはい、大丈夫だってば。もう一年分の生活費は貰ってるし、問題ないよ!」


「そうだよね……真春ももう中学年生だもんなぁ」


 テンジは両親がいなくなったこの一年間で、妹と二人三脚でなんとか生活してきたことを思い出していた。

 ときに食パンに水を含ませてお腹を紛らわせたり、もやしをどう美味しく食べるか二人で料理研究を重ねたり、内職でできの良い造花を褒め合ったり。


 両親が行方不明になったと協会から連絡があったとき、天城兄弟には二つの選択肢があった。


 一つはそのまま施設に入り、普通の学生として大人になるまで生きていく選択。

 しかし施設を選ぶにはいくつもの弊害が重なった。

 まずは施設に入ると、探索師になる道がひどく狭まってしまうのだ。学費の高い日本探索師高校にはもちろん入学することはできなくなり、もし探索師としてスタートするにしても、自立した大人になってからでなくては承認が下りない。


 そして最も大きな理由が、真春の持つ固有アビリティ《炎天下》だった。

 真春は現在、とある弱体化アイテムで常時MPを体外に放出する指輪を肌身離さず付けているかなり危険な状態なのだ。


 これは真春が小さかった頃の話。

 まだ生まれて間もない日に、両親が住んでいた一軒家が真春の固有アビリティの暴走で全焼したことがあった。

 その事件を機に、両親は全財産をはたいて固有アビリティを常時弱体化させるアイテムを購入し、真春の指に装着した。それから真春はその指輪をはずせない日々を送っている。


 しかしそれももう限界が近かったのだ。


 成長と共に増す固有アビリティの力に、すぐに指輪が耐え切れなくなることをテンジと真春は知っていた。

 この問題を解消するには、今のアイテムよりも高価な弱体化アイテムで力を無理矢理抑え込むか、真春自身が自分の能力をコントロールできるように訓練するほかない。

 そこで天城兄弟は施設に入ることを拒み、借金に追われる生活を覚悟で、アイテムを購入できるだけのお金を危険なアルバイトで稼ごうと決意した。

 本当は真春も兄と同じく、一緒に仕事をしたかった。しかし妹思いなテンジがそれを頑なに良しとしなかったのだ。

 そんな真春も今ではただじっとその日を待つだけではなく、コントロールできるように日々の努力を着実に積み重ねていた。それでも未だにコントロールはできていなかった。


 そんな経緯もあり、天城兄弟は施設ではなく二人だけの極貧生活を選んだのだ。

 妹を守るため、妹の有能な能力を埋もれさせないため、探索師としての未来を奪われないために、テンジは身を削って必死に働き続けてきた。


 しかし、その心配も今ではなくなった。


 リオンが所有していた上位の弱体化アイテムを「強くなって帰ってくること」を条件に無料で貸していただき、真春の固有アビリティ暴走の危機がまた引き延ばされることになったのだ。

 さらにリオンは天城家の借金を一度に肩代わりし、無利子での返済でいいと言ってくれた。それと千郷の身の回りの世話をすることで、働きに応じた報酬を支払い、そこから借金額を減らしていくとまで。


 すでに天城兄弟はリオンに頭が上がらないほど、良くしてもらっているのだ。

 テンジもその期待に応えようと、努力を惜しまないつもりである。


(僕はもっともっと頑張らなきゃ。いつかリオンさんに恩返しできるくらいに強くなって、日本にまた帰ってくるんだ)


 兄弟がしみじみと会話をし、テンジが内心で決意を固めた――その時だった。


「マジョルカ行きのチケットをお持ちの白縫千郷様、天城典二様はいらっしゃいますか!」


 保安所のどこかでテンジたちの名前を呼ぶ声がした。

 すぐにテンジは「はい!」と片手を大きく上げ、ここにいるとアピールをする。

 どうやら出発時間がかなり迫っているようで、慌てて呼びに来てくれたようだ。


 テンジは最後に真春へと顔を向けた。


「じゃあ行ってくるね」


「うん、気を付けてね! お兄ちゃんと千郷ちゃん!」


 そうしてテンジたちは真春へと背中を向け、小走りで保安所を優先的に通り抜けるのであった。

 そのまま案内人と一緒に駆け足で搭乗ゲートへと小走りをし、なんとかバルセロナ経由マジョルカ行きの飛行機に間に合ったのであった。

 二人はファーストクラスの席に「ふぅ」と安堵の息を吐きながら腰を掛け、シートベルトを締める。


「なんとか間に合いましたね」


「うん、良かったぁ。でも、これでようやく始まるね」


 席はファーストクラスなので、二人の距離は少し離れている。

 それでも快適な空間に、思わず腰を深く沈める。


「はい、本当にようやくですね。それにしても本当にこんないい席を取ってもらって良かったんですか? 僕はエコノミーで十分だったんですけど」


「いいの、いいの! それとも私の隣の席は嫌だった?」


「いやいや! そんなことありません!」


「じゃあ、文句は言わないの! 十何時間もあんな椅子で過ごすなんて……私は無理だもん」


 そんな会話をしていると、すぐに飛行機が動き始め滑走路を走り始める。

 速度が一気に上昇し、機体がふわりと陸地を離れた。

 まだまだマジョルカまでは時間があるのだが、テンジの心は自然と踊り始めていた。


 あれから一か月。

 何度も千郷と話し合い、たまに訓練に付き合ってくれたりもした。マジョルカについての様々な情報や知識を調べ上げ、二人は着実に準備を進めた。

 そうして念入りな準備を終え、ようやく今日という日を迎えたのだ。


 そんなとき、千郷が徐にテンジへと振り向いた。


「テンジくん」


「何ですか?」


「楽しみ?」


「はい、すごく楽しみです!」


「そっか、それは良かった。楽しもうね、一緒に。そして強くなろうね」


「はい!」


 マジョルカアイランドにあるダンジョン国営総合学園、マジョルカ・エスクエーラへ。

 二人は今、飛び立った。


 これから天城典二の探索師としての、本格的なステップアップが始まろうとしていた。

 規制の厳しい日本を飛び出て、自由の国マジョルカで、テンジは本気で自分の特級天職《獄獣召喚》と向き合う時間がやってくる。

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