第63話



 九条が今年の合格者として名前を挙げたのは、朝霧愛佳、蛇門飛鳥、水江勝成の三名だった。


 落胆する者、顔を晴らす者、合格は当たり前だと無表情の者、合格を噛みしめるようにギュッと拳を握り締める者。

 反応は様々であったが、九条のたった一言で参加者たちが一喜一憂する。


 そんな中、テンジはホッと胸を撫でおろしていた。


(とりあえず僕の名前はなかったようだな。なんだか少しだけ寂しい気持ちもするけど、今はこのままで良いんだ)


 テンジはこの試験に参加したものの、正直合格したいとは思っていなかった。

 もちろんトップギルドに入団することに興味がないとは言わないが、今は自分の天職の可能性を模索することに時間を使いたかったのだ。

 それにテンジはまだ自分の進路について深く考えていなかった。だから、今の段階で将来の道を狭めたくはなかったのだ。


(正直、あれを見られたのなら合格してもおかしくなかったけど……どうやら僕では合格基準に満たなかったようだな)


 少し残念と思いつつも、テンジは合格した愛佳に向かって微笑んだ。

 九条は参加者たちの反応を楽しむように顔を見渡し、ほんの少しのひと時を彼らに与えていた。


 そうして再び、九条が言葉を紡ぎ始める。


「さて、まずは合格者の総評をしていこうか。最初は朝霧愛佳、お前だ」


「はい!」


 心の底から嬉しそうに、そして可愛らしい笑みを浮かべた愛佳は元気よく返事をした。

 その表情を見て、九条も嬉しそうに綺麗な笑顔を披露した。


「特にお前を評価した点は、指揮力だ。あの事件を経験したからなのか、五道に近しい可能性を感じるな。常に周囲に気を配り、最高の采配を仲間たちにもたらす。これからは五道の元でさらに研鑽し、指揮力を磨くように」


 五道に似た可能性を秘めている、そう言われて嬉しかったのか愛佳は口元をむにむにと動かしていた。

 そんな表情の崩れた愛佳を見たのが初めてだったテンジは、内心でこんな面もあるのかと思い、新しい一面を見れて嬉しく感じていた。


「はい!」


「あとは固有アビリティ《武器強化ウェポンドーピング》だ。非常に強力なバフ効果を仲間にもたらしているな……これも五道に習ったのか? 気持ちが前面に出ていて、才能の片鱗を感じさせたいい能力だ」


「はい、五道さんにもっと気持ちを籠めろと教えていただきました!」


「やはりそうか、ようやく納得がいったよ。……最後に仲間を気遣う会話に、可愛い顔が決めてだった」


「顔?」


「そりゃあ可愛い子が一緒に戦って励ましてくれたら、私が嬉しい」


 完全に私欲まみれな最後の理由に、一同は思わず唖然とする。

 それでもチャリオットメンバーにとっては当たり前の光景なのか、少し肩を竦めながら「いつものだよ」とため息を吐くのであった。


「あ、ありがとうございます」


 面と向かって可愛いと言われた経験があまりないのか、愛佳はひと際頬を朱色に染め上げた。そんな愛佳を見て、九条は良いものでも見たような晴れた表情を浮かべていた。


「以上だ。朝霧愛佳は今日から五年間の入団内定保有権を持つことになる。しっかりと高校にも通いつつ、卒業後にはチャリオットの正式メンバーになることを待っているぞ」


「は、はい! お願いします!」


「あぁ、よろしく頼む。卒業までは補助探索師としてうちでしっかりと育ててやるからな」


 九条は優しくもカッコいい女性の顔でそう言うと、次の合格者である蛇門飛鳥へと視線を向けた。

 蛇門は気持ちが上がるでもなく、緊張するでもないようなよくわからない無表情で九条の瞳を見返している。


「次に蛇門飛鳥だ。お前に関しては正直文句の言いようがない天才だな、今すぐにでもうちで育てたいくらいだ。……ただまぁ、お前にはうちだけじゃなく、他の協賛ギルド7つ全てがお前の入団を希望している」


「……他のギルド?」


 はじめて聞いた蛇門の声は、どこか落ち着いた雰囲気があった。

 それに彼の感情が初めて揺れ動いたのを、他の人たちははっきりと見ていた。


「あぁ、そういえば言ってなかったな。そもそも今回の試験はいくつものギルドが共同で運営する形で成り立っている。主体はチャリオットが務め、他のギルドからも資金や人材を提供する代わりに、スカウト目的で数人が集まっていたんだよ。とはいっても、あくまでスカウトの第一優先権は主催のうちにある……んだが、あいつらも頑なに蛇門が欲しいと言っているんだよ」


「わかりました」


「蛇門にも朝霧同様に五年間の入団内定保有権を渡す。他のギルドも同じように権利をお前に渡すだろう。残り二年の学生生活で、どこのギルドに行くのか決めておけ。うちはいつでも蛇門の入団を待っている」


「考えておきます」


 呆気ないほどに淡白な返事に、参加者たちは戸惑っていた。


 それもそのはずだろう。

 こんな事態、そうそう聞かないのだから。


 日本探索師高校でも一握りである白い制服の着用を認められた人たちでさえ、トップギルドからは多くて三つのスカウトしかやってこない。

 テンジが知っている人の中でも、最高のスカウト数は四つのトップ10ギルドという知り合いの先輩が一人いた。その先輩は去年、マジョルカへと留学した。

 しかしここにいる蛇門はおそらく日本史上初めてであろう、同時に8つのギルドからのスカウトという偉業を成し遂げたのだ。

 本来ならば誇ってもいい結果なのだが、蛇門はあまりにもあっさりとした返事をした。


 九条は蛇門の反応をひとしきり堪能すると、次の合格者へと視線を向けた。

 それはテンジの隣に立っている同グループの水江勝成だった。


「次は水江勝成、お前だ」


「はい!」


「常に第26グループを自分の背中で引っ張り続けてきたな。あまりコミュニケーションは得意ではないようだが、水江には背中で引っ張っていけるだけの力量があった。その自信は素晴らしい才能だ。チャリオットで研鑽していけば、お前は化けるだろう」


「……ッ!」


 九条からの誉め言葉に心の底から感動を覚える水江がいた。

 珍しく顔を輝かせた水江に、同じグループであった立華とテンジは思わず頬を緩める。


「柔軟な体に、柔軟な戦闘スタイル、幼い頃から鍛え上げられた剣術、それに死をも覚悟できているその心構えはいいな。私はそういう男が大好きだぞ」


「はい! ありがとございます!」


「水江はうちで鍛えれば確実に化けるだろう。他にもギルド【白創輝はくそうき】が水江を欲しいと言っている。【Chariot】も【白創輝】も、お前の将来性に期待したスカウトだ。残り半年もない学生生活の中でどちらのギルドに入るか大いに悩むといい。水江にも同じく、五年間の入団内定保有権がある。……じっくりと自分の将来について考えてこい」


「はい!」


 水江は周囲から探索師になんてお前がなれるわけがないと言われ続けていた。

 そんな批判の中で受けたチャリオットの入団試験で、水江はトップ10ギルドの二つから入団内定保有権をもぎ取ったのだ。

 これで、唯一水江を応援し続けてくれていた幼馴染にいい報告ができると考えるのであった。


 そこで九条が合格者だけではなく、全員の目を見て話し始めた。


「以上が今年の合格者の総評である。不合格者たちは今の総評を聞いて、自分に何が足りていないのか十分に理解できたはずだ。リーダーシップなのか、探索師への渇望なのか、才能なのか……それは人それぞれだろう。それでもまだ探索師を目指すというのなら、来年の入団試験でまた会おう。その時は私に君たちの努力して手にした可能性を見せてくれ」


「「「「「はい」」」」」


 不合格者たちは、この試験を通して自分に足りないものは何かを理解できていた。

 愛佳のような指揮力と生まれ持った才能なのか、蛇門のような誰も寄せ付けない圧倒的な才能なのか、水江のような努力で培われた探索師への渇望なのか。

 そもそもここに到達できている時点で、彼らは合格者の名前を聞いてほとんどが納得していた。


 ――ただ、一人を除いて。


「九条さん……俺はなぜ不合格なのでしょうか?」


 累は悔しさを前面に押し出すように、拳から血が流れるほどに握り締めていた。

 その様子を見て、九条は累の鋭い視線を当たり前のように見返した。


「基本、不合格者には不合格理由を伝えていないのだが……お前ならばいいだろう」


「ありがとうございます」


 ほんの少し、九条は間を置いて口を開く。


「才能、努力、覚悟、どれを取ってもお前に足りないものは何もない」


「――ッ!? だったらなんで!」


「炎に聞いていた通りだが……お前はもっと仲間を信頼するべきだ。天城や朝霧のように頼れる仲間もできたようではあるが、未だにお前は弱い人間を見下す傾向がある」


「……ッ!?」


「自分の強さへの自信。頼りない仲間。それが揃うと、お前はワンマンプレー走るきらいがあるな? それさえなければ文句なく合格を言い渡していただろう。あぁ、それと……お前には一応、ギルド【POP】からのスカウトがあった」


「本当ですか!?」


「あぁ、だが私が断っておいた。その理由は言うまでもないよな?」


「…………は、はい」


「わかっているなら、もう一度学校で学び直してこい。来年の試験でもう一度私が直々に審査してやるからな」


 累への言葉には、少し棘があるように思えた。

 それでもここにいる誰もがそれは累の将来に期待する愛の鞭であることは気が付いており、累本人もその気持ちには気が付いていた。

 だからこそ悔しかったのだ。


 自然と下唇を噛み千切っており、つーっと血雫が顎を伝っていく。


 九条は少し言い過ぎだと自覚はしているが、それでも子供を見守る母のような瞳で累を見つめ続けた。

 そうして累が決意を決めたように顔を上げると、九条も納得したように再び全員を見渡した。


 そのまま視線をスライドさせていき――テンジの顔を見て止まった。


「最後に……天城典二、お前だ」

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