第57話



 テンジが新たに得た力を模索しながら戦い続けて、十分近くが経過していた。


 すでに彼らの周りではニードルマウスが血を多量に流しながら倒れ伏しており、一割ほどは硬質化をすでに始めており、残り九割の死骸は首から真っ二つに叩き斬られたものばかりであった。


 幸いにも水江と立華には危害が加わることなく、二人は古びた柱に円柱状に囲まれたエリアボスの魔法陣の上で、心身ともに疲れたように背中を合わせながら座り込んでいた。

 立華は最初頭を抱えて死を恐れていたのだが、テンジが一方的な戦いをする姿を見て、今はどこか安堵したような顔色に変わっていた。

 水江は、少しテンジを警戒しているような視線を向けていた。


 そこでテンジは最後のニードルマウスの首を、赤鬼刀で断ち切った。


「……これで最後のモンスターかな?」


 慣れない身体能力の高さにほんの少しの疲労が感じられた。

 ひと段落着いたところでふぅと息を吐く。そして小鬼たちに集まるように手招きをした。

 小鬼たちはやはり無表情ではあったが、テンジの行動をいちいち確認して、ペットのように集まる姿は少しだけ可愛かった。


「お疲れ。とりあえず魔鉱石があったら回収しておいてくれない?」


「おん」

「おんおん」


 小鬼たちは指示を聞くと、あまり速度は出さずにとてとて小走りしながら魔鉱石を探し始める。魔鉱石は閻魔の書でポイントに変換できる。だからテンジは集めるように指示を出しておいたのだ。

 素直に指示を聞いてくれる小鬼たち様子を確認して、テンジは体から力を抜き、リラックスした表情で二人の元へと戻っていく。


 水江と立華は、近づいてくる異常なテンジへと顔を見上げた。


「テンジくん、本当にありがとうございます」

「本当に助かった」


「うん。どうやら賭けには勝てたみたい」


 水江と立華は「そういえば」と思い出す。


「テンジくん……賭けってなんのことだったんですか? 私には賭ける必要がないほどには、ニードルマウスたちを圧倒しているように見えたのですが……」


「その通りだ。明らかにお前の強さは常軌を逸していた」


 テンジは心の中で「なるほど」と納得する。


 自分から見れば『レベルが上がる』ことで天職に起こる変化に賭けていた節があったのだが、二人には元々強かったように見えていたのだろう。

 確かに、この世界には明確にレベルが上がる、という概念はない。モンスターと戦っていく中で、気が付くと途端に強くなっていることは知られている。

 しかしテンジのそれは、少しばかりその「途端に強くなる」という表現ではそぐわない現象であったのだ。


「いや、あれは賭けだったんだよ。僕はその賭けに勝ってあの強さを手に入れた。……ごめん、今はそれしか言えない」


「そうか、わかった。戦う前にも協会に嘘の証言をしたと言っていたな。人には言えない事情でもあると考えていいか?」


「うん、そうしてくれると助かるよ。できれば水江くんにも立華さんにも、僕のことについては黙っていてほしい」


 鬼だった顔から、彼らの知っている学生のテンジに戻ったことに、二人は少しホッとしていた。

 これは切実な願いなんだ、と知ることができた途端、テンジを身近に感じたのだ。


「努力はする、とだけ答えておこう」

「はい、今は生き延びたことに感謝することにしますね。お口にチャックです」


「ありがとう」


 理解の早い二人にテンジは改めて感謝を述べていた。


 そこでテンジも二人のようにその場に座り込み、「疲れたね」と笑って話しかけたのであった。

 二人も「お疲れ」と労うように言葉を発し、三人は死の淵から脱したこの状況に心の底から安堵していた。

 一度、死を覚悟するほどの極限状態を経由したことで、彼らの心はかなり消耗していた。

 それこそこの場で今すぐにでも倒れ込んで、一時間くらいぽけーっと呆けていたいくらいだった。


 必然と、水江以外の二人がその場に仰向けに寝転んだ。


「それにしても……ものすごかったな」


「えぇ、これが本物の天才なんだとわかった気がします」


「だな、これほど才能に差を感じたのは生まれて初めての経験だった。なんとなくだが、テンジがずっと俺たちと一緒に戦わなかった理由がわかった気がする」


「そうですね、私たちじゃあ足手まといだったんでしょう」


「ちょ、ちょっと二人とも!」


 突然テンジのことについて語り始めた二人に、テンジは赤面しながら思わず遮る。

 しかしそんなテンジを面白い奴だと思ったのか、二人が会話を止めることはなかった。


「立華、テンジの動きは見えたか?」


「いえ、全く見えませんでしたよ。あの……ちっちゃい鬼? ですかね? あの二体ならばなんとか結果だけは目で追えたんですが、テンジくんは完全に見失っていました」


「だよな、俺もだ。速さだけじゃない、判断力、力、どれを取っても完璧と言わざるを得ない結果だな」


「そうですよ。テンジくん、私の彼氏になりませんか?」


「え? えぇ!?」


「冗談です、冗談。ちょっとからかってみたくなっただけですよ」


 ふふふ、と立華はからかうように笑う。

 そこで水江はふと気が付いたようにテンジへと三白眼の瞳を向けた。


「俺の師は攻撃役の三等級天職を持った元三級探索師なんだが……テンジの今の動きは、俺の師が本気を出した時に似ているような気がした」


「三等級? 僕が?」


「あぁ、あくまで俺の感覚的な感想だがな。いや、少し師よりも速かったような気さえする」


 そこでテンジは自分のステータス値について考える。

 元、ということは今は現役を引退している人物のことだろうと推測する。その人がどれだけレベルを上げていたかまでは判別できないが、今のテンジは三級探索師にも劣らない強さを手にしている可能性が浮上してきたのだ。


(いきなり全ステータス値が1000も上がったことを疑問には思っていたけど、これも特級天職ゆえの上がり幅なのだろうか。でも……僕ってまだ100レベル中の1レベルなんだよね)


 この時、いくつかの推測が思いつく。


 ・レベル上限が表示されていることから、等級によってレベル上限が違う可能性

 ・等級によって、1レベルごとのステータス値上がり幅が異なる可能性

 ・三等級天職のレベルがカンストしたステータス値は、今のテンジのステータス値と類似している可能性


 この三つであった。

 どれも憶測に過ぎない可能性ではあるのだが、このゲームのような特性はどこか正当性を感じられる推測でもあった。


(今の僕のステータスは、三級探索師相当になるのか。……やっぱり特級天職という名前は伊達ではなかったということになるな)


「水江くん。凄くためになる情報だったよ、ありがとう」


「そうか? 俺なんかの感想が役に立ったなら何よりだ」


 そこで三人の会話はぷつりと途絶えた。

 声を出すだけでもかなり疲れるので、みんな押し黙ったのだろう。一応周囲を警戒しながらも、体を休めるように古びた天井を眺めていた。

 水江、立華、テンジの三人は、自分たちが生き延びた感慨に更けながら、これからの行動を考え始めるのであった。



 † † †



「――ということでいいな?」


「はい」

「うん、それで行こう」


 三人はあの場で十五分ほど心身の休息を取り、再び立ち上がっていた。


 テンジは小鬼から魔鉱石を受け取ると、魔鉱石をすぐにポイントへと変換していた。

 四等級モンスターの魔鉱石一つで、10~16のポイントが得られることが判明する。等級が同じと言えど、取得できるポイントには多少のばらつきがあったようだ。

 全部で26個の四等級魔鉱石を回収してこの結果が出たので、おそらく間違いないだろうと考える。

 用が済んだ小鬼はすぐに帰りたいと駄々を捏ね始め、テンジはすぐに地獄領域へと帰還させていた。


 二人は小鬼について多くを聞かずに、黙ていてくれた。

 内心では気になって仕方ないだろうが、今はこの空気の流れにテンジは身を任せることにする。


「一応、周囲のモンスターが死んだふりをしている可能性もある。テンジを先頭に慎重に進むぞ」


「うん、了解」

「任せて」


 例えテンジがこのチームの最大戦力だとわかっても、ここを取り仕切るのは水江勝成に任せることになった。

 元々テンジにはリーダーシップなんて縁遠い言葉であり、今までの経験からもこのまま水江に任せた方がいいとテンジが発言したのだ。


 そうして彼らは再び出口を目指して、サブダンジョンを進み始めた。

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