第54話



 第26グループには自然と生まれたルールがあった。

 それは戦闘後に必ず行う"感想戦"である。感想戦と言っても実際に戦うわけではなく、その場の戦場でシミュレーションするように大きく立ち回りながら繰り広げる、感想合戦のことである。

 他のグループで感想戦をやっていたところは少なく、そもそも水江のような才能も稀だったのだ。


「まずはテンジだが……次は剣で戦ってくれ。蹴りだけじゃ、お前が怪力の持ち主だってことしかわからないからな」


「もっのすごく言いづらかったんだけどさ……」


「なんだ?」


「僕が《剣士》の天職に目醒めたのは事実なんだけど、発現したばかりなんだよね。だから、剣とか正直使えないってのが本音。講義で習っていた柔術とか体術とかボクシングとか、そっちの方がすぐに使えるレベルだと思う」


「なるほどな。だったら今みたいに体術メインで、時折剣を使うといい。俺の剣術を見ていたなら、少しは見様見真似でできるだろ?」


「見様見真似ならね」


「よし、テンジは今後も俺と前線で戦ってもらうことにする。次に立華だが、俺とテンジの少し後ろで槍を構えていてくれ」


 水江はテンジへの感想戦を終えると、すぐに立華へと視線を変えた。

 立華も自分がどう立ち回ればいいのか理解するために、真剣な面持ちで水江を見つめ返す。


「少し後ろってどれくらい?」


「そうだな……一歩か二歩踏み込めば、俺とテンジの刺客から迫ってくるモンスターをけん制できるくらいの距離が理想だな」


「わかった! 要するに、二人の援護に専念すればいいんだね?」


「話が早くて助かる。本当にお前らは凄いな」


 突然、水江はらしくもない誉め言葉を言い放った。


 今までの水江は太々しくて、仏頂面で、命令口調で、どこか達観したような物言いをする青年という感じであった。だけど、才能はここの誰よりもある。

 これが周囲から見た水江勝成の性格である。

 しかし、そんな水江らしくない言葉が口から漏れたことに、テンジと立華は目を丸くしてきょとんとした表情をする。


「いや、変なこと言ってすまない。俺が通っている高校のやつらと比べると、立華も草津もテンジも全員の水準が高くて嬉しかっただけだ。あまり気にするな」


「水江く~ん、もっとお姉さんを褒めてもいいんだよ?」


 そんな水江を面白がるように立華は「おらおら」と水江の頬を突きだした。

 これも立華流の空気を和ます手段の一つだったのだろう。彼女は時折冗談を織り交ぜながら、チームの雰囲気を良くしようと行動する傾向があったのだ。


「やめろ。俺は尊敬する相手にしか屈しないぞ」


「くっ……屈しないって」


 水江の言い方が妙に中二病臭くて、立華は思わず笑っていた。

 その空気に耐え兼ねたのか、水江は拗ねたようにプイッと振り返り、「行くぞ」と先の道へと進み始めたのであった。

 テンジと立華も慌てて、水江の背中を追って歩み始めた。


 一体、どれだけの道のりが待っているのか。

 三人はそのことを考えながら、ひたすらにサブダンジョンの攻略を進める。



 † † †



 テンジは周囲を警戒しつつ、視線の先には閻魔の書を浮遊させながら今の戦闘で気が付いた変化について考察をしていた。

 テンジが見ていたのは、閻魔の書の一番後ろのページだった。



 ――――――――――――――――

 経験値を0.1獲得しました。(小数点以下は1を超えた時点で計上されます)

 ――――――――――――――――



 白紙だった一番後ろのページにこのような文字が追加されていたのだ。

 念のため他のページも確認してみたのだが、変化があったのはこのページだけのようだった。


(経験値ログのようなものだろうか? それにしても……五等級一体で0.1しかもらえないのか、世知辛いな)


 テンジは何もしなくとも一日で平均24の経験値を得ている。

 これは地獄領域で小鬼二体が常にモンスターを倒し続けて得ている経験値であり、実際にテンジが自分の力で取得した経験値はこれが初めてだった。

 これで推測できるのは『五等級モンスター1体で0.1の経験値を得られる』ということだった。そこから逆算して、小鬼たちは一日に240体ものモンスターを倒していることになる。


(いや、確か四等級以上のモンスターが地獄領域には解き放たれているんだったな。だとすると、小鬼たちは四等級のモンスターからも経験値を得ていることになるか)


 テンジはまだ四等級のモンスターを倒して、どれだけの経験値を得られるか知らない。

 だから、推測立てることしかできなかったのだ。


(経験値も982/1000まで来ている。あと18も稼げればようやくレベルが1に上がる)


 もし自分が潜りマウスを倒して18の経験値を稼ぐには、約180体も倒さなければならないことになる。

 さすがにそれは現実的ではないが、この先に待っているかもしれない三人では打ち勝てないモンスターがいる可能性を考えると、道中でどうにかレベルを1に上げたいところではあった。


 と、テンジが閻魔の書に集中して考え事をしていたその時だった。


 水江が足を止め、二人を手で制止させた。

 周りから微かにいくつかの足音が聞こえてきたのだ。


 場所は周囲がかなり開けた場所であり、円状に古びた柱が等間隔に並んでいる。神殿の跡地のような風景であり、四方八方は暗闇で遠くまでは見通せなかった。

 天井も20メートル近くあり、音が非常に反響しやすい空間だ。


 大きな空間のどこかに、三人はぽつりと立っていたのだ。


 ここは、どこかボスエリアのような雰囲気さえ感じる。


「ちょっとやばいな。どの方向から来るのかまるでわからない」


「そうだね、囲まれたら万事休すだ」


 ここに来るまでずっと、ある程度の幅が確保された一本道が多かったのだが、ここら辺に来てこのような広々とした場所が多々現れるようになっていた。


 テンジたち三人はすぐに背中合わせになりながら四方を隙間なく警戒し、武器を構える。そうしてどこから来ても対抗できるように、モンスターたちとの衝突に備える。

 モンスターたちはすでにこちらの存在に気が付いているのか、その足音は迷う素振りを見せずに勢いよく走ってくる。


 しかし、足音はこの空間に木霊しており、位置情報も数も全く掴めないでいた。


 その違和感を感じ取ったのか、水江もハンドサインを止めすぐに口頭で指示を出し始める。


「少し変だ。潜りマウスじゃないかもしれない」


 水江のその直感は当たっていた。

 ちょうど水江が警戒していた視界の範囲内に、複数のモンスターが姿を現した。


「ちっ、ふざけるな。潜りマウスじゃなくて、あれは……四等級のニードルマウスだ」


 青色の瞳を持つ四等級のネズミ型モンスター『ニードルマウス』。

 全身を鋭い針のような毛で覆っており、その姿はハリネズミに非常に近い。その針を一度の攻撃で十本近く発射することができ、射程距離はおよそ10mだと言われている。

 ただし、本体自体の防御力は非常に弱いことでも有名で、針の攻撃さえどうにかできれば一般人でもギリギリ倒せると知られている。


 水江とテンジが視界に捉えたニードルマウスの群れを睨み、どう倒すべくか考え始めたその時であった。


「ねぇ、待って……この下にある陣ってもしかして……」


 立華が自分たちが立っているすぐ下の地面を指さして言ったのだ。

 テンジと水江は不思議に思い、モンスターたちの動向を警戒するように周辺視野に切り替え、地面へと視線を向けた。


 そこには三人の見覚えある奇怪な図形の陣が刻まれていた。


「なっ!? ボスエリアの陣と同じだと!? いつの間にボスエリアに入ったんだ! 一度も扉を開けた覚えはないぞ」


「ほ、本当だ……いつの間に」


 その陣はかなり古くなっており、近づくまでは土埃や雑草のせいで全く気が付かなかった。

 しかし、その上に立ってよく観察してみると、第一ボスエリアと第二ボスエリアのボス部屋の床に刻まれていた陣と全く同じものだったのだ。


 自然と、三人の首筋には冷や汗が浮き出ていた。


 そんな三人に畳みかけるように、最悪の事態が彼らを襲った。


「お、おい……嘘だろ?」

「ねぇ……これはちょっと。どれだけの数がいるの?」

「これは……かなりピンチのようだね」


 三人の周囲をぐるりと囲むように、ニードルマウスの群れが複数出現していたのだ。

 その数に思わず三人は弱音を吐き出し、どう切り抜けるのかを精いっぱい頭を回転させて考える。

 しかし、天職もない三人でこの数のニードルマウスから逃れるには、戦神も唸るほどの機転が思いつかない限りは到底不可能な数であった。


 その数は百を超えていたのだ。


「ちっ、詰みか?」


 水江の観念したような声が、この空間内に木霊した。

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