第53話
天城典二、水江勝成、立華加恋の三人は神経を研ぎ澄ませながら、慎重にサブダンジョンを突き進んでいた。
福山という強者がいない分、彼らは慎重に進むほか道がなかったのだ。
彼らはエンドゲート――サブダンジョンの出口――を抜けた矢先、暗闇の中に数分間捕われ、気が付くと見慣れないサブダンジョンの中へと戻ってきていた。
そこは先ほどまでと少し違う雰囲気のダンジョンであり、彼らは自ずと警戒心を強めていた。
「テンジはこれをどう考える?」
不意に、水江がテンジへと問いかける。
「そうだねぇ……試験の延長のような気もするけど、こんなにも突拍子もなくて危険な試験を有名なギルドがするかな? 世間体を考えると、あまり過激な試験はできないような気もするな」
「なるほどな、一理ある。立華はどう考える?」
「私ですか? そうですね……チャリオットと言えども、これほど凶悪な試験はやりすぎな気もします。あくまで私は、就職先の一つとして試験に臨んでいるので、単に想定外の事態だと信じたいですね」
「ふむ、そういう人間もいるのか。凶悪な試験、言い得て妙だな」
「どもです」
不思議な空気感の会話だったが、それぞれの考えを水江はまとめていく。
そこで立華が、徐に水江と聞き返した。
「水江くんはどうなんですか?」
「俺か? 俺は……試験の延長の可能性が高いと考えている。というか、そうであってほしいという願望に近いか。チャリオットならばこれくらいやってもらわないと、逆にこちらから断るかもしれない」
水江は彼らしい強気な発言で言い切る。
自分への自信がそうさせているのか、彼は常に先のことを考えて行動している節があった。
テンジはそんな水江を少し警戒していた。
(もし僕が天職の能力を使う事態になった場合、問題になるのはのほほんとした立華さんではなく、間違いなく勘の鋭そうな水江勝成になる。頭が良すぎるのは少しやりづらいな)
それぞれがこの試験について考えを巡らせていると、三人の道の先にはぽっかりと空いた広場のような神殿洞窟が現れた。
即座に水江が二人の進行を片手で静止させ、壁際に背中をくっつけて音を立てないように静かに進んでいく。
神殿洞窟の入り口付近までたどり着くと、水江が慎重に中の様子を覗き込んだ。そして、すぐに顔を引き戻すと、後ろで待機していたテンジと立華にハンドサインで情報を伝える。
(モンスターが二体……五等級……同じ、ってことは潜りマウスか)
三つのサインからすぐにテンジと立華は情報を解読し、力強く水江に返事をした。
このサインは協会が指定している、共通のハンドサインの一つである。それぞれのパーティーやギルドで独自のサインを使っているところも少なくはないが、こうして共通の言語もちゃんと存在する。
どうやらモンスターの種類は変わっていないようで、むしろ二体の群れということは少なくなっている傾向すらあった。
(二体ならば……まず大丈夫だろう)
そこで水江が自分自身を指さし、次にテンジを指さした。
何となく意味は気が付いたが、テンジは自分の剣を指さし、次に自分自身を指さして「自分が戦うのか?」と聞き返した。
すると、水江は有無を言わせないような力強い眼で返答してきた。
(まぁ、僕の力量を知るには最適な敵数か)
そう考えたテンジは、静かにオーケーサインを水江へと返した。
腰に携えていたアイアンソードを手に取り、片手でゆっくりと構えた。
その様子を見た水江は、すぐに神殿洞窟の中へと視線を戻しタイミングを計り始めた。
(さすがに少しドキドキしてきたな)
テンジは水江の後ろ姿を見つめながら、どくどくと高鳴り始めた自分の心臓を片手で押さえる。
自分の天職は特別で、この程度のモンスターに苦戦しないことはわかってる。
わかってはいるのだが、なんだかんだあってこれが初めての対モンスター戦になるのだ。
今回小鬼は使えないから、このアイアンソードで戦うほかない。最悪死にそうになったら小鬼は召喚するだろうが、この程度のレベルに苦戦しているようでは、探索師としては生きていけないだろう。
(大丈夫だ。僕の攻撃力は常人のそれを遥かに超えている、空振りさえしなければ何の問題もない)
すでにテンジの指には赤鬼リングが装着されており、攻撃力は96に上がっている。
天職を得る前の攻撃力が21だったことを考えると、今のテンジの攻撃力は4倍以上になるのだ。だから、自分は常人を超えたという自負もある。
(やろう。こんなところで怖気づいていたら話にならない。そうだ、リオンさんを思い出せ。あの人はダンジョンの中でもポケットに手を突っ込んで歩くほどには、常に余裕を見せていた。今の僕にはない心の余裕だ。今だけでいい、僕はリオンさんになろう)
自分の性格のままだと、どこかで失敗してしまいそうだった。
だからテンジは今まで会ってきた探索師の中でも、最も強い存在を頭に思い浮かべ、あの時のリオンになろうと頭をすぅっと切り替えていく。
その時だった。
水江がこちらへと振り返り、「行くぞ」と合図を出してきた。
二人は同時にその場から駆け出し、神殿洞窟の広場へと飛び出た。
「ゴュイッ!」
「ゴ、ゴュイッ!!」
人の気配を敏感に察知した潜りマウスは、すぐに二人の人間を視界に捉え、浅い地面へと潜っていった。
テンジと水江はそれぞれ別の個体をロックオンし、剣を自由に構えた。
「あれだけ後方で休んでいたんだ。使えない奴だったら、ただじゃおかないぞ」
「もちろんだよ」
水江の発破に、テンジはにやりと笑って答える。
そんな二人に対し、潜りマウスは浅い地中をズドドドドと素早く移動しながら接近していく。
ほぼ同時のタイミングだった。
二体の潜りマウスがテンジと水江に襲い掛かった。
「ふっ!」
水江は一体の潜りマウスに対し、難なく連撃剣を振り上げ、首と胴を真っ二つに斬り裂いた。
そして――。
「おりゃっ!」
テンジは剣を振りかぶると見せかけ、潜りマウスの横腹に回し蹴りを食らわす。
剣だけを注視していた潜りマウスは、突然の横蹴りに対応できるはずもなく、「ゴヒュッ!?」と聞いたこともない鳴き声を漏らしながら、近くの古びた柱に激突した。
柱は半ばからボキッと折れ、地面に倒れた潜りマウスを下敷きにするのであった。
その様子を近くで見ていた水江は、ぽかんと口を開けていた。
「おっ、案外軽いな」
「軽いわけがねぇ!」
突然、隣からの鋭い突っ込みが来たことに、びくりと体を反応させたテンジは「はて?」と首を傾げて水江へと振り返った。
(あれ? もしかして攻撃力が高くなったから軽いと感じた?)
「あはははっ、冗談冗談」
「……お前……一体どんな怪力してるんだよ。潜りマウスは重くても体重40キロ近くはあるんだぞ」
「ただのまぐれだよ。ほら、見てよ。僕の制服は黒だよ?」
「そ、そうだが……」
どこか釈然としない表情を浮かべながら、水江は柱の下敷きになったであろう潜りマウスの生死を確認する。
柱が折れたからなのか、土埃が舞っていてはっきりとは確認できないが、あの状況で生きているわけがないだろうと判断した。
「ま、まぁ……テンジは十分戦力になりそうだな。一先ずは良しとしよう」
水江がテンジを見る視線が、どこか不気味な生き物でも見るようなもの変わっていた。いや、一層不気味な生き物を見るような瞳に変わったと言うべきか。
水江の中では「こいつ変」くらいから「こいつ不気味」に変わっていた。
そのことに気が付いたテンジは、自分がどれだけ歪な強さを手にしてしまったのか再確認していた。
(あぁ、やっぱり攻撃力だけが突出して強くなったから、感覚がいまいち掴めないんだよねぇ。もう少し力を抜いていいのか、覚えておこう)
テンジはそっと赤鬼リングを外して、攻撃力を71へと落とすのであった。とはいっても、初期のテンジのステータスよりも50は高い数値である。
そこに立華がおそるおそる近づいてきて、テンジの顔をジッと見つめ始めた。
「……凄い怪力ですね。私なら槍を突き刺すときに、潜りマウスの体重で結構力押しされてしまうんですけど。足、痛くないんですか?」
「う、うん。ほら、この通りピンピンしてるよ」
テンジは蹴りをお見舞いした足を軽く上げぷらぷらと揺らしたり、その場で反復横跳びでも見せて、何も問題ないとアピールするのであった。
本当だ、と納得しながらも二人の瞳は、やはり不思議な生き物を見るようなものに変わっていた。
「まぁ、そうですよね。入り口でテンジくんは天職を封印させられていましたもんね。ということは、これがテンジくんの地力ということなのでしょう。羨ましい限りです」
「あぁ、本当にだ。生まれ持った天賦の才能だな」
これが日本探索師高校に入学した生徒なのか、と二人は思うのであった。
しかし、こんな化け物がほいほいといるわけもなく、明らかな勘違いであった。
それでもテンジは周囲から碌に褒められた経験が少なく、純粋な自分を褒めてくれたような気がして、思わず口をむにむにと動かしてしまうのであった。
そんなテンジの頬っぺたを見て、思わず突きたくなった立華は「ほいっ、ほいっ」と欲望に負けてぷにぷにと突つき始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。