第43話



 試験が始まり一時間後にテンジの名前がようやく呼ばれた。

 すでにこの赤レンガ前の広場には4人しか参加者が残っておらず、探すまでもなく彼らが一緒に試験を行うチームなんだと知った。

 その内、一人が累の言葉に舌打ちをした人物だと気が付き、テンジの気持ちは少し憂鬱になっていた。


(はぁ、なんか嫌な感じするなぁ)


 テンジの言う通り、彼らは一様に日本探索師高校の制服を着ているテンジを敵対するような眼で見つめていた。

 そうして彼らは九条の言葉通りにゲート前に設営された複数のテントの中へと歩いていく。

 三人が入った後に、テンジは「入り口」と書かれたテントを潜った。


 広さ的にはかなり広く、大きめの軍式テントが横に長く連結されているようだ。

 テントに入ってすぐ、テンジの視線はサブダンジョンの白いゲートと油膜を捉えていた。どうやらこのテントから直接ゲートを潜れるように、この場所にテントが設営されたらしい。

 中には10人近くのチャリオット正規メンバーがそれぞれの仕事をこなしており、そこには机の上で眼鏡を掛けながら、書類とにらめっこをしている五道の姿もあった。


 そして第26グループの四人を、笑顔で出迎えてくれた一人のプロ探索師がいた。


「やあやあ、君たちが最後の第26グループかな? 俺はギルド【Chariotチャリオット】Aチームに所属している福山ふくやま与人よひとだ。天職は二等級天職の《羅生防術らしょうぼうじゅつ》で、二級探索師だ。俺が君たちの試験官兼隊長として加わるから、よろしく頼むよ」


 福山は爽やかなイケメンスマイルでにっこりと笑いかけ、第26グループにいた女性――立華加恋、19歳、大学生――の心を射抜こうとした。

 もちろん尊敬する先輩から熱い視線を送られ、悪い気持ちはしなかった立華であった。


 そこで五道が明らかにゴホンッと咳ばらいをする。


「おっと、すまなかったね。俺ってかわいい子に目が無いんだ。それじゃあ早速試験の説明を……っと、その前にだ。まずは契約書を結んでもらうから、そこのテーブルから一枚ずつ取って署名してね。書いたら五道さんに渡して! さぁ、動いた動いた!」


 福山は今までの行動を反省する素振りをまったく見せずに、四人の試験参加者の背中をさぁさぁ早くと押し、契約書の置かれたテーブルへと案内する。

 テーブルには四枚の契約書とボールペンが置かれており、四人はざっと契約内容に目を通していく。


(特に変わった項目はなさそうだな。あくまでここから先の試験内容をチャリオットのギルドメンバー以外に伝えてはならないと。もし破った場合には、お金をもらいますよって感じかな? 特に問題はなさそうだな)


 テンジは問題のない契約書だとすぐに判断し、署名欄に慣れた手つきでサインをしてしまう。

 探索師ともなればこのように契約書を交わす機会が非常に多い。そのために日本探索師高校の一年次には契約についての講義もあるくらいなのだ。

 テンジは荷物持ちとしていくつもの契約書に目を通し、サインをした経験があったため、他の三人よりもいち早く顔を上げ、椅子に座っている五道の元へと向かった。


「五道さん、お願いします」


「おう、頑張れよテンジくん。あくまで今日は試験官としてここにいるから助言はできないが……まぁ、現場の経験値だけで言うとテンジ君に敵う者はほとんどいないだろう。期待しているぞ」


「は、はい、頑張ります」


「あぁ、それと……はいこれ」


 五道はあくまで中立的な立場だと明言したうえで、テンジの目の前に一辺5cmほどのハンコのようなものを取り出して、手を出せというようなジェスチャーをした。

 テンジは初めて見るアイテムに困惑しながらも、五道の言うとおりに右手の平を差しだした。


「違う違う、手の甲を出してくれ」


「あ、はい」


 手に平ではなく甲を見せろというので、テンジは慌てて手のひらを裏返した。

 その右手の甲に、五道はポンッとそのハンコのようなアイテムを押す。そこにはいくつもの図形が組み合わされたような奇怪な陣が描かれていた。

 そして三秒もすると、その陣がすぅっと体内の中に入り込んでいき、滲んでいく。


「あの……これって……」


「これか? 天職による身体能力の恩恵とスキルをすべて封印するアイテムだ。まぁ、効力としては八時間持つか持たないかって微妙なアイテムだがな。それに効力を発揮させるには、事前にアイテムの説明をしなければ効果は出ない。団長のアイテム効果の説明を聞いただろ? その時にはすでにこれを全員に使用できる状態にしていたんだよ」


 五道の説明を聞きながら閻魔の書を確認していたテンジは、自分の天職の特異性を再認識することになった。

 テンジの視界には、いまだに閻魔の書がふわりふわりと浮かんでおり、右手の人差し指に装着している赤鬼リングも消えていない。

 それどころか閻魔の書の自分のステータスを確認するも、攻撃力は相変わらず96のままであり、五道の言っていた身体能力の恩恵すら封印されていないことに気が付いたのだ。


(やっぱり、か。海童さんが前に電話で言っていた『天職測定樹は一等級アイテムであり、それ以上の等級には干渉できない』という言葉。そこから今回使われる封印アイテムも僕の天職には干渉できないんじゃないかと思ってたんだよね)


 実際にその推測は正解であり、五道の使用したオリジナルアイテム『朱肉封印ver.久志羅くじら7』は一等級のアイテムだ。零等級以上の等級には干渉することができないアイテムであった。

 もちろん零等級なんておいそれとダンジョンから出てくるものでもないので、この時のチャリオットはそんな心配を一切していなかった。


「そんなに前から準備されていたんですね。ちょっと一本取られた気分ですよ」


「団長は昔からこういう人の裏をかくのが好きな変態なんだよ。さぁ、頑張ってこい、テンジくん!」


「はい!」


 五道の今の言葉にはスキル『言語鼓舞』が乗せられていた。自然とやる気が漲ってくることから、テンジは五道がこっそりと応援してくれたことに感謝する。

 そうして再びちゃらちゃらしつつも、爽やかな笑みを絶やさない福山の元へと帰ってくる。

 福山は特に話をすることなく、終始参加者たちを見定めるような瞳でじっと観察していた。


 その様子を、どこか不気味に思うテンジであった。


「よし、契約書について質問は大丈夫かな?」


 四人全員が再び集まったところで、福山はそんな言葉を投げかけた。

 誰も質問をすることはなく、福山はうんうんと頷く。


「それじゃあ、手短に今回の試験について説明を始めるよ」


 隣の立華加恋がごくりと息を飲み込んだ。

 同じように草津郷太――22歳、大学生――と、水江勝成――17歳、高校生三年――の男性二人も一層真剣な顔へと変わる。


「このサブダンジョンには、多産型のモンスターが跋扈している。さらに特殊なのが、個室型のダンジョンでもある。ということで君たちが行う試験は、五等級サブダンジョンの1ルート攻略だ。以上、質問は?」


「あ、あの……多産型モンスターとは聞いてもいいでしょうか?」


「あぁ、加恋ちゃんって呼んでもいいかな?」


「は、はい!」


「加恋ちゃんは確か……そうそう、普通の大学生のようだね。そりゃあモンスター知識もそんなに深くはないか、仕方ないね」


「すいません……」


「いいよいいよ、俺もチャリオットに入った時はモンスターについての知識なんてほとんどなかったからね! なにせ俺は元々ただのニートだったんだからね」


 きらりんと福山の白い歯が輝いた気がした。

 そしてその事実にテンジは驚く。元々ニートから、チャリオットのAチームに抜擢される人は、一体どれほどの実力を持っているのだろうかと。


「ニ、ニートですか?」


「うん、まぁそんなことはサブダンジョンの中で話すとして、話を戻すよ。って、俺が話題を逸らしたのか! はははっ、ごめんごめん。それで多産型モンスターってのは、その名の通り多くの子供を産んで配下を次々と作り上げる、いわば蟻みたいな性質を持つモンスターのことだね」


「蟻……ですか」


 立華はあきらかに虫を嫌うような表情を浮かべた。


「でも、今回は虫型ではないから安心していいよ。本来ならサブダンジョンでは新たなモンスターはリポップしないんだけど、産むことはできるんだ。だから、多産型のモンスターがいるサブダンジョンは早期の攻略が望まれる。ただし……今回はあえてこのサブダンジョンを約一か月間放置した」


 一か月放置した。

 その事実を知らない者はさすがにいなかった、というか文脈からでも容易に推測できたのだ。

 その一瞬で、全員の緊張感が数段増した。


「まぁ、早い話……モンスターがうじゃうじゃいるサブダンジョンをどうやって攻略するのか、俺に見せてくれってことだね」


 福山な異常に白い前歯がきらりんと輝いた。

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