第42話



 会場は赤レンガ倉庫の前で、その倉庫の出入り口からチャリオットの正規メンバーたちが出てきた。

 そこには五道や沼田、右城の姿も見え、風格ある歩き方に参加者たちも思わず「おぉ」と歓声を声に出していた。


「すげぇ、あれが五道さんか」

「ねぇ、あれって沼田様じゃない!?」

「これが正規メンバーか……見るだけでわかる。ただもんじゃねぇな」


 参加者たちははじめてチャリオットの探索師たちの生の姿を見たのか、思い思いに感想を述べていくのであった。

 そのどれもがチャリオットを尊敬してやまない声ばかりで、ほんの一部だが「これくらい当然だ」というような強気な発言をしている参加者たちもいる。

 そんなとき、五道がこちらを見て優しく笑った。


「叔父がこっちを見てるぞ、テンジ」


「うん、わかってるよ。僕なんかに視線を送ってくれるなんて、やっぱり五道さんは優しいよね。正直、あんな大人の男に憧れちゃうよ」


「憧れる理由はわかるが、テンジには叔父なんかを軽々と超えてもらわないと困るぞ」


「そんなに期待される方が僕は困るよ」


 累はどこかテンジに夢を抱いているようなきらいがあった。

 それはあの病室での一件からであり、あの事件を乗り越えたお前ならば、俺と立ち並ぶ将来の探索師であれ、そんな空気を出すようになっていたのだ。

 テンジにとってははた迷惑な考えなのだが、将来有望な累に言われることに関しては、少しむず痒い思いをしていたのも事実だった。


 そこでチャリオットの団長がスピーカーに繋がれたマイクを手に取り、ゴホンと咳ばらいをした。

 その様子を見て、参加者たちはすぐに口を閉じて、団長の声に耳を傾け始める。


「よく集まってくれた、有望な未来の探索師たち。面接会場でも私を見た人は何人かいるとは思が、改めて。私はギルド【Chariotチャリオット】を創設した九条くじょう霧英きりえだ。みんなには九条団長だったり、霧英姉さんと呼ばれてる」


 大手ギルド【Chariot】、その創設メンバーの一人にして彼らを纏め上げる本物のリーダー、九条霧英であった。

 年齢は思っていたよりも若く、先月で29歳を迎えたばかりの女性である。

 ゆるふわっと巻かれた茶髪が特徴的で、前髪を優雅にかきあげたようなお姉さんという雰囲気が漂う。顔は綺麗系で、雑誌のモデルとしても活躍するほどには女性たちからカリスマ的人気を誇っている女性だ。

 身長は170前半ほどありそうで、女性にしては大きい方と言えるだろう。


 そんな彼女が参加者たちの顔を見定めるようにゆっくりと見渡す。

 そして、何人かの参加者たちを面白そうな瞳で見つめた。


「今年は粒揃いのようだな。五道のおかげか?」


 九条は茶化すように五道へと話題を変えた。

 五道は「やめてくれよ」と言いながら手をぱたぱたと降り、苦笑いを浮かべる。


「とりあえずここまで残った諸君はおめでとう。今年は例年の三倍以上の応募があり、ここまで残っただけでも誇っていいことだ。みんないい瞳をしているな、目の奥で闘志を燃やしているのがなおいい。ただ、ここからが本当の選抜試験だと思ってくれ。最後まで残れば君たちも私たち英雄の仲間入りだ」


 その言葉に、参加者たちのやる気は否応にも増していく。

 この試験さえ通過すれば、自分もあの有名なチャリオットのメンバーとして活躍できる。それぞれ夢に思う姿は違うかもしれないが、その姿を完成させるにはチャリオットというギルドは最高の舞台だった。


「例年言っているが、合格者に上限を定めたことは一度もない。原石がいれば、それだけ私たちは君たちに合格を言い渡すだろう。とはいっても毎年一人か二人ってところだがな」


 それは誰もが知っていることだ。

 大手ギルドの合格は狭き門であり、今年に限っては約3000倍以上の倍率になる。それも普通の大学や高校の試験とは違って、日本中の才能に溢れる3000人から選ばれる本物の天才たちなのだ。

 改めて九条団長に言い渡された現実に、参加者たちは覚悟を決めたようにこの場のぴりっとした空気を飲み込んだ。


「ここからの試験は毎年同じく、五等級サブダンジョンで君たちの地力を見させてもらう。天職を得ている者もすでにいるだろうが、それらはこちらで用意したアイテムで一時的に封印させてもらうことになる。借り物の力ではなく、地力の原石を私に見せてくれ」


 チャリオットの入団試験は『天職を封印する』という、一風変わった試験を行うことでも非常に有名であった。

 最初から最後までを封印するわけではないが、それでもトップ10ギルドの中では唯一の選抜手法なのは確かだ。だからこそ、一般人からの参加者も多いのである。


(そのアイテムで僕の天職も封印できるのか、いい検証になりそうだな)


 テンジは内心でそんなことを考えていた。

 特級という等級はかなり特殊な部類に入る。それこそ零級探索師であるリオンのスキルですら推し量れないレベルで歪なのだ。

 もし、この天職を封印できるアイテムがあるなら是非に知りたいと思うテンジであった。


「さて、ここからが本題だ。今日の参加者は合計で104名いるが、数時間と持たずに半数以下になることを覚悟しておいてくれ。今日の試験を通過した者たちは、次が最後の試験だ。これはいわば、最後の試験の前哨戦だ、はりきって臨んでくれ」


 一体、どんな試験が行われるのか。

 参加者たちはほぼ全員が同じことを考えていた。


 チャリオットのこの試験は有名だが、その詳細な試験内容までは公開されていない。参加者たちにも他者への公開を一切禁ずるという契約書を結ばされるらしいのだ。

 だから、ここにいる参加者たちはどんな試験が行われるのか対策できない状態で、この場に臨んでいる。


「ここからは正式に試験へと移る。例年通り、試験内容は契約書で非公開とさせていただくことになっている。それが許可できない者は、勝手に辞退するといいさ。さて、右城……あれを持ってこい」


「わかりました」


 久しぶりに見た右城の姿を見て、テンジは思わず心を緩めた。

 右城はチャリオットの中では色々と弄られるキャラとして定着しており、この試験の場でもそれは変わりないんだと知ったからである。

 パシられ体質の右城は九条に指示されると、建物の中から一台の大きなスクリーンをせっせと運び出してきた。


 そこには104名の名前とグループ分けが表示されていたのだ。全員が食い入るように、自分の名前を探すように数歩前に歩み出た。


「事前にこちらで104名の参加者たちを26のグループに分けさせてもらった。できるだけ仲のいい者や同じ学校の者たちが一緒にならないように調整しているはずだ。名前を呼ばれた順番に試験を始める、それまでは好きに調整を始めるといい。さぁ、お前たちは仕事だ、事前の打ち合わせ通りに始めろ」


 九条の言葉で、横一線に並んでいたチャリオットの正規メンバーたちが動き始めた。

 サブダンジョンのゲート前へと走っていく人、配給のアイテムを調整する人、参加者たちを見定めるように見つめる人などだ。

 参加者たちもその様子を見て、本当に試験が始まったのだと知り、最終調整を念入りに始めていく。精神統一、ストレッチ、ヨガ、剣の型を見直す人、本当に様々だった。

 その行動一つ一つでさえ、どこかでチャリオットが審査しているような空気が漂っている。




「では、最初のグループから始めていく」


 数分後には、再び九条がマイクを手に持って話し始めていた。

 その様子を見て、ごくりと全員が息を飲み、武器を握る手を強める。


はやし璃子りこ相馬そうま圭司けいじ会田あいだ孝輔こうすけ、朝霧愛佳、以上四名はゲート前にあるテントの中へと入れ。そこで試験内容の説明がある、同意した場合だけ試験に参加するように」


 九条はそれだけを伝えると、再びマイクを置いた。

 そして優雅に椅子へと座り、パラソルの中でハワイアンなかき氷を食べ始めた。ちなみにこのかき氷は右城がどこかから走って持ってきていた。


「あっ、私のようですね。それじゃあ行ってきます」


「頑張れ」

「朝霧さん! 頑張って!」


 愛佳は少し緊張した様子で二人に声を掛けると、すぐに海岸沿いに出現したサブダンジョンゲートの方へと歩いていく。

 そのゲートは大きさ的には5mほどの高さであり、その前にはチャリオットが建てたのであろうテントがいくつも立ち並んでいる。

 ここからでは中の様子は見えなく、何が起きてるのかは想像するほかなかった。


 そうして五分ほどが経つと、再び九条はマイクを手に取った。


「次の者、名前を呼ぶ。渡辺わたなべひかる大園おおぞの礼音れおん、稲垣累、浪江なみえゆき、以上の四名は同様にテントへと入るように!」


「あぁ、俺か」


「頑張って」


 累は名前を呼ばれたことに驚いた様子は見せずに、テンジの応援に片手で答えながらテントの方へと向かった。

 その後姿は堂々としたもので、緊張を一切感じさせなかった。


 残ったテンジは、次から次へと呼ばれる参加者たちを見送りながら、自分の出番を今か今かと待っていた。そうしてほとんど全員が呼ばれ、ここに残ったのは4人だけとなっていた。

 すでに最初に呼ばれた人たちから一時間近くが経過しているが、未だに誰一人としてこの広場に再び顔を見せた者はいなかった。


「さて、最後だ。立華たちばな加恋かれん草津くさつ郷太ごうた水江みずえ勝成かつなり、そして天城典二、以上四名はテントへと入るように!」


 最後の第26グループ目で、テンジの名前が呼ばれた。

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