第33話



「――はい、終了です! お疲れさまでした!」


 テンジは二日掛けての能力測定をようやく終えていた。


 能力測定自体は高校入学時に簡易版を行っていたのだが、今回行った能力測定は探索師ライセンス発行に必要な測定のため、詳細な測定が必要となる。

 プロ探索師はライセンス更新時に必ず行うものであり、測定にはおおよそ3年に一回、行うのが規定となっている。その他、個人で金銭を払って更新時以外に測定を行い、探索師等級の上昇を目指す人もいるのだが、ほとんどの人が三年に一回の測定で十分だと言っている。


 項目はおおまかに分けて、筆記、身体測定、運動能力測定、天職能力測定の四つが存在する。


 筆記では、モンスターの種類や弱点、ダンジョンに関する基礎知識など広範囲にわたって必須の知識を問われる。とはいってもテンジはまだ学生のため、ここで点数を取るのは難しいことだった。


 身体測定では、学校で行う一般的な物よりも詳細な身体測定を行うものである。

 これは等級には一切関係ないし、なぜ行われているのか不明な点が多いのだ。


 運動能力測定は、天職による恩恵なしでの素の運動能力を検査される。そもそも天職による恩恵は体中を力んだ状態でようやく発揮されるものなのだ。つまりお尻にグッと力を入れて、腹筋にグッと力を入れると人外の強さを手にするという具合である。だから日本探索師高校での最初の体育講義では、お尻に力を入れて腹筋に力を入れ続けるだけという地獄の講義があることで世間では有名だ。そこから徐々に力を込めながらの運動に慣れていく体育の講義カリキュラムが組まれていたりする。

 この測定では体に無駄な力が入っていないかを測定する機器を全身に取りつけ、不正のないように細心の注意を払って測定される。


 そして最後は天職能力測定だ。

 この測定では全身に力を籠め、その人の本来の力を発揮してもらうように運動能力を測定する。主な探索師等級はこの項目で決定すると言われているほどには重要な項目である。

 項目も特殊で、戦いに特化した項目だけを測定するので、必然と戦闘天職以外は天職等級以下の探索師ライセンスを発行されることが多い。

 五道もこの例にもれず、純粋な戦闘天職ではないため天職等級よりも一つ下の三級探索師としてのライセンスを持っているのだ。


 それらの計測を終え、集計結果も思いのほかすぐに出てきた。


「天城典二さんの最初の探索師等級は……五級ですね。まぁ、最初ですし五等級天職なのでこのまま四級探索師を目指すといいでしょう。とりあえずおめでとうございます、そしてお疲れさまでした」


「はい、ありがとうございました」


 テンジは協会から派遣されてきた測定師の三人にペコリと頭を下げた。

 三人はやり切ったテンジを拍手で賞賛し、笑顔で答えた。


「今から天城くんは家に帰ってもらって大丈夫ですよ。片付けは私たちの仕事内ですので、気にせず帰ってください」


「はい、わかりました!」


 ようやく帰れると知ったテンジは、思わず声高に返事をしてしまう。

 その様子を見られクスクスと笑われてしまうが、テンジは最後まで爽やかな笑顔で見送られるのであった。


 テンジのいなくなった運動施設内に、三人の協会側の人間が残っていた。

 徐に三人は片付けを始め、他愛ない会話を始めた。


「それにしても彼、凄いよね。四日間も死体の中でやり過ごしたんでしょ?」


「あー、そうですよね。私もその話を聞いた時、彼の精神状態を疑いましたよ。でも、思っていたよりも普通の好青年でしたね」


湯原ゆはら笠間かさま、あんまり協会からの報告を真に受けるなよ。ほれ、さっさと仕事をやれ。これ終わったら焼き肉でも奢ってやるから」


「えー!? 本当ですか!? 将継先輩、太っ腹~」

「まじですか!? やったぁ! 焼肉、焼き肉!」


 女性二人は焼肉という言葉に感化され、一段と動きにキレが増すのであった。

 協会の人間はほとんどが天職持ちである、そのため彼らも常人とはかけ離れた速度と力で片付けをせっせと済ませてしまうのであった。


 片付けもすぐに終わり、彼らは出入り口で外靴へと履き替えていた。


「そういえば将継先輩」


「ん? なんかあったか?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど……さっき言ってた協会の報告を真に受けるなってどういう意味ですか?」


「あぁ、そのことか。協会はな……敵が多いんだよ。だから一部の探索師からはあまり信用されていないんだ」


「ん? 意味が分かんないですよ、もっと分かりやすく! 噛み砕いて説明してくださいよ!」


「まぁ、要するに協会に上がってくる報告が全て真実とは限らんって話だ」


「それとあの好青年くんに何か関係が?」


「いや、あくまで俺の勘だが……彼は話を合わせているようなきらいがある。要するに、協会に上がっていた報告も真実ではない可能性があるわけだ」


「そんな~、好青年くんに限ってそんなわけないですよ~」


「本当にそう思うか?」


 将継はそう言うと、天職能力測定時にテンジが転んで測定不能になった書類を取り出し、測定できた書類も取り出して並べた。

 その測定結果を見て、女性二人はふむふむと見比べる。


「天城くんはあの時、わざと転んだように見えた。そしてその場で何かぶつぶつ言ってから、変な手の動きをしていたのを見たか?」


「いえ」

「全然」


「やっぱりな。んで、その後の測定結果がこれだ。超普通だ。なのに失敗測定の方が結果が高いんだよ、こんな結果俺は初めて見た」


「え~、たまたまじゃないですか?」

「そうですよ、そうですよ! そうやって誰彼構わず疑うから将継先輩はいつまでたっても昇進できないんですよぉ~」


「うっせぇ、俺は俺を信じてるだけだ! まぁ、だから協会の報告はあんまりうのみにするんじゃねぇよ。これは先輩からの忠告だ」


「は~い」

「それよりもどこの焼肉行きますか~?」


 女性二人はあまり重く考えていないようだったが、将継だけはテンジの言動に違和感を覚えていた。

 しかし、すぐに失敗した時の書類をぐちゃりと握り締めて、近くのごみ箱へと捨ててしまった。


「まぁ、失敗データは捨てる義務だからな。……ただ感が外れただけならいいんだけどな」


 将継はぼそりと呟きながら、運動施設を後にするのであった。



 † † †



「あっぶな~」


 テンジはそんな彼らの話を近くのベンチの上で聞いていた。

 いや、正確には聞こえてしまっていたのだ。

 臨時収入も入ったことでついついお財布が緩んでしまい、運動後の補充として外の自動販売機でスポーツドリンクを買ってベンチに座って休んでいたのだ。


 本来ならば気づかれてもおかしくない場所にいたのだが、どうやらこの時のテンジは影が薄かったらしく、気づかれることはなかった。


 テンジは彼らが去った後に慌ててゴミ箱を漁り、将継の言っていた書類を手に取った。


「うわっ、本当だよ。いやぁ、やっぱり見る人が見れば閻魔の書を弄っている姿は変に写ってしまうんだなぁ。ちゃんと修正しないと」


 テンジは天職能力測定の時、慌てて指輪を外していたのだ。

 その様子を観察されて、違和感を覚えられていたのだろうと判断した。

 その書類をポケットに無造作に仕舞い、テンジは病室へと戻るのであった。


「これ……家に帰ったら燃やしておこう」


 密かに証拠を隠滅することを誓って。


 こうしてテンジの入院生活は終わることになった。最後には七星先生と今坂看護師や他のお世話になった人たちに挨拶をして、夕暮れになった空を眺めながら約一か月ぶりの我が家のある笹塚へと帰るのであった。


 御茶ノ水から新宿へ、新宿から笹塚へと乗り換える。

 笹塚の駅からは徒歩20分ほどかかる場所だが、その道のりは懐かしく、いつもよりも早く感じていた。

 家は一応一軒家で、両親が唯一残したプラスの遺産である。


 ガチャリと鍵を開け、家の玄関を開いた。


「真春、ただいま! 今日はお寿司と焼肉どっちに行きたい?」


 すると、ドタドタとリビングの方から勢いよく真春が現れた。


「えっ? 今、何て言った!?」


「焼肉とお寿司、どっちが食べたい? って」


「なになに、急にどうしたの?」


 そこで、テンジはバッグの中から分厚い茶封筒を取り出す。


「ふふっ……臨時収入が入ったんだ! 何? 行きたくないの?」


「行く行く! 絶対に行く! じゃあ、お寿司で!」


「はいはい、早く着替えておいで」


 真春はそうと決まると、血相変えて自分の部屋へと着替えに向かい始める。

 その様子を見て、テンジは小さく笑った。


 こうして――。

 天城兄弟は再び平穏な生活を手にするのであった。

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