第31話



 テンジは慌ててバッグを棚へ仕舞い、扉の方へと振り返った。

 そこには初めて見るスーツ姿の人が四人も立っていた。先頭に立つのは明るめの茶髪をした男性で、非常に落ち着いた印象受ける。

 その後ろには三人の人がおり、女性が二人男性が一人いるようだ。


「入っていいですかね?」


「あ、はい。協会の方ですか?」


「そうですそうです! 天城典二さんで間違いないですよね?」


「はい、天城典二です」


 先頭の男性が率先して話すと、テンジの前へと歩み寄ってきた。

 テンジは協会の人だと気が付き、すぐに姿勢を正した。


「座っていいですかね?」


「あっ、はい。そうですよね、すいません」


「いえいえ、失礼しますね」


 テンジは慌ててベッドの端に座り、先頭の男性はベッド横の椅子へと座った。どうやら他の三人は立ったまま話をするようだ。

 茶髪の男性からはほんのりとバニラの香りが漂っていた。そして胸ポケットから名刺を取り出して、テンジへと渡した。


「僕は日本探索師協会、災害対策部署に努める水橋みずはし勇次郎ゆうじろうと言います。さっきつけ麺を食べてきたので、口が臭かったらすいませんね」


 水橋と名乗る男性は、気の抜けるようなへろっとした笑顔で挨拶をしてきた。

 それに合わせて、テンジも名乗る。


「日本探索師高校一年、天城典二です」


「えぇ、知ってますとも。あんまり固くならないでくださいね? 僕もこういう固いの嫌いなんですよね、だって面倒くさいじゃないですか。あぁ、ごめんなさい。いつもの癖で」


 きらりんと効果音が聞こえてくるようなウィンクをした水橋。これが協会の人なんだと少し拍子抜けな思いをしていたテンジであった。

 水橋はそう言うと、一枚の書類を取り出した。


「えーっとですね、まず前提のすり合わせなんですが……」


「僕が五道さんたちと一緒に生還したと言えばいいんですか?」


「えぇ、そうです。その通りです。すいませんね、こんな強要を学生にしてしまって」


「いえ、高校の立場も考えればそれが妥当だと思います」


「理解のある学生で助かりましたよ。五道さんを英雄としてマスメディアには取り上げてもらいまして、学生たちからの話題は少しでも避けたいんですよ。幸いにも五道さんと御茶ノ水ダンジョンで話題は持ちきりです」


「そうみたいですね」


 テンジがすぐに肯定してくれたことに安堵の息を漏らして水橋は、次に別の書類を取り出して話し始めた。


「次に百瀬さんからの報告に偽りがないかの確認です。天城くんはブラックケロベロスの部屋に取り残されて、二体のモンスターが争っている中、藻岩孝ら八人の遺体の中に隠れ潜み四日間をやり過ごした。そこに百瀬リオンが現れブラックケロベロスを倒した。これで間違いないですよね?」


 やはり意図的に真実を捻じ曲げたのがリオンだと知り、テンジは迷うことなく肯定した。


「はい、間違いありません」


「そっか、やっぱそうだよねぇ。いやぁ、すいませんね。百瀬さんに証拠の魔鉱石を見せてもらうように頼んだのですが、断られる一方だったんですよ。もしかしたら嘘の報告の可能性も考えたのですが、あの人が嘘の報告をするとも思えなかったんですよね~。いや、疑ってすいませんね」


 水橋はけろっとした様子で自分の後頭部を軽く叩き、「なんちゃって」と言うような仕草をするのだった。

 ただ、テンジは心の中でぎくりと反応していた。


「協会からの強制力はないんですか?」


「えっ? 無理無理、絶対に無理ですよ! 百瀬リオンですよ? 楯突いたら殺されますって、あの人まじで強いですから。ただ歩いているだけでモンスターを捩じり斬っちゃう人ですよ? 銃弾を撃てば、逆に反射しちゃうような人ですよ? こっちが死んじゃいますよぉ~」


 水橋は本気で焦ったように否定した。

 その言葉を聞いて、テンジはリオンの強さが本物だったんだと初めて知った。実際にテンジはリオンの戦闘姿を見ていないので、それが本当のことなのかは知らないのだが。


「そんなに凄い人だったんですね」


「えぇ、そうですよ。基本的に表に顔を出さない人なんですが、今回は麻美子部長が動いてくれたので本当に助かりましよ。僕、昇進したくなかったので」


「昇進したくないんですか?」


「あぁ、僕の話は止めましょうか、時間の無駄です。それで百瀬さんから《剣士》に覚醒したって聞いたんですけど、本当ですか?」


 テンジは本題が来たと思い、つい心で構えてしまう。

 それが水橋に伝わってしまったのだろう、疑問に思ったように首を傾げた。


「まぁ、今から測定するんですけどね。それじゃあこの天職測定樹を持ってくれますか?」


「あ、はい。こうでいんですかね?」


「はい、ただ握ってるだけで大丈夫ですよ。そのままジッとしていてくださいね」


 テンジは水橋の言う通り、渡されたアイテムを握った。

 天職測定樹は銀色に光る鉄製の枝のような感触で、金属の塊を持っているような重さだった。

 テンジがそれを握った途端、ほんのりと赤く輝き始める。


「おぉ、本当に覚醒したようですね。もう少しじっとしていてくださいね」


 水橋は興味津々と言った様子で天職測定樹を至近距離から見つめ、結果が出るのをジッと待つ。

 その間、テンジは内心肝を冷やしていた。

 海童から「《剣士》と出る」と言われてはいたのだが、どこまで信用できるのかは判断できなかったのだ。


 そして、天職測定樹の樹皮がぺろんと捲れた。

 ひらひらと宙を落ちていく脱皮した樹皮を、水橋はすかさずキャッチして樹皮の内側を表に向けた。


「あぁ、本当ですね。五等級の《剣士》で測定結果が出ています。百瀬さん疑ってすいません」


 水橋は樹皮に紫色の文字で書かれた《剣士》という文字を見て、悟ったように窓の外を眺めながらリオンへと空謝りした。

 その後、テンジへと視線を戻した水橋はその樹皮をテンジへと渡した。


「これどうぞ。こうやって胸の前で抱えてもらっていいですか?」


「こう……ですか?」


「えぇ、そのまま止まってください。ライセンス用の写真を撮っちゃいますね」


 水橋は徐にポケットからスマホを取り出して、ぱしゃりと一枚写真を撮った。

 その写真をテンジへと確認させ、これでいいかを聞いた。


「はい、大丈夫ですが……ライセンス貰えるんですか?」


「そうですよ、天職に覚醒したら自動的に貰えるものですから。とはいっても天城くんはまだ学生なので、仮免許みたいなものです。まぁ、以前よりもダンジョン入場への申請は通りやすくなると思いますよ?」


 思わぬ収穫にテンジは少し顔を明るくさせた。

 しかし、水橋がすぐに訂正する。


「あぁ、でも……あくまで予想ですが。当分の間は申請が通りにくくなると思います、学生の被害があったばかりなのでこれは仕方ないですねぇ。ま、一か月もすれば収まりますが、たぶんですよ? たぶん」


「そうですよね、僕たちが遭難したばかりですもんね」


「まぁ、こればかりは運が悪かったと思えばいいかと。正直、定型から不定型になるなんて前例がありませんし、ほんと運ですよ。とりあえず天城くんが死ななくて良かった。遅くなりましたが無事の生還、お疲れ様でした」


「あ、ありがとうございます」


「ということで、僕の仕事はこれで終わりです。今日と明日で彼ら三人が天城くんの能力測定を行うので、それさえ終わってしまえば家に帰ってもらって大丈夫です。もちろん高校にもまた通ってもらって大丈夫ですので」


 水橋はそう言うと、立ち上がって後ろで控えていたスーツ姿の三人の肩を叩いた。

 その三人はすぐに笑顔となって、テンジに軽く挨拶を済ませた。


「明日で終わりですか?」


「えぇ、長々と拘束してすいませんね。上も日本探索師高校の生徒と言うことで、神経を尖らせていたんですよ。ちょっとやりすぎくらいですが、まぁ騒動ももう少しで収束しそうで良かったです」


 そう言い切った水橋は何かから逃げるように病室を後にしようとした。

 しかし、すぐに控えていた一人の男性に羽交い絞めにされ、再びベッド横の椅子に座らされるのであった。

 その僅かな行動だけで、テンジは呆気に取られてしまう。


 水橋を不思議な人だとは思っていたのだが、これほど変な人だとは思っていなかったのだ。


「水橋、仕事はちゃんとしろ」


 その男性はまるで部下でも怒るように水橋の頭頂部を鷲掴みにした。


「えぇ~、僕、嫌ですよ。絶対に面倒くさくなるじゃないですかぁ~。昇進したくないんです、知ってます? 将継まさつぐ先輩」


「知ってるも何も、それがお前の口癖だろ。すまんな天城くん、こいつ昔っから変なやつなんだ。でも、仕事ができるのがムカつく」


「褒めるならもっと手放しで褒めてくださいよぉ~。それと……そろそろこめかみに親指がめり込みそうなんですが」


「めり込ませてるんだよ」


「……わかりましたよぉ~。やります、水橋勇次郎は仕事をやります!」


「最初からそうしておけ、阿呆が」


 水橋は観念したように両手を挙げると、病室の出入り口へと視線を向けた。

 ゴホンッとわざとらしく咳をした後、大きな声で言った。


「稲垣親子、入場~」

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