第7話

 


 ――第16階層。



「神田ここはいい! 五列目の防御を固めろ!」


「はい!」


 彼らは下層に降りてすぐの場所で戦闘を行っていた。

 ハンマーで叩き固められただけのような雑な階段を降り、一本道をまっすぐ五分ほど進んでいくと、そこにはモンスターの巣穴があった。別称、モンスターハウス。

 そこに巣くっていたのは深緑色の毛並みをした巨大なネズミ型モンスターであり、瞳の色は緑色をしていた。


「こいつら三等級モンスターですよね!? なんでこんな群れで!?」


 チャリオットの一人、藻岩孝がネズミ型モンスターの突進攻撃を大盾で捌きながら叫んだ。


 モンスターの瞳の色で、等級が判別できる。

 ここにいる探索師たちはここに巣くっていた三十を超えるネズミ型モンスターの瞳が緑に光っていたことから、すぐにそう判断し、前線にチャリオットの正規メンバーを固めて配置していた。

 ギルド外からの参加者の多くは四級探索師であり、自分よりも上の等級を持つモンスターと戦うのは愚策だったからである。だからこそ、全員が三級探索師以上のチャリオットが前面に立ち塞がった。


「藻岩! 落ち着いて捌けば大丈夫だ! 麻生あそう葛木くずきもしっかり捌いていけ!」


「は、はい! 『カウンタープッシュ』ッ!」

「こっちもだ! 『カウンタープッシュ』ッ!」

「任せてくださいよ! 『カウンタープッシュ』ッ!」


 五道は天職《指揮官》のスキル『指揮伝達』を使って、次々と声に出さずに仲間たちへと指示を出していく。

 稀に声に出すのは、鼓舞の意味や俺がいるということを周囲に知らせるために行っている意味ある行動であった。五道はそれらを瞬時に判断して実行しているのだ。


「正樹さん!」


 そんな時、弓役の大山おおやま祐樹ゆうきが声を上げた。

 大山の天職は《魔弓師》、三等級天職であり遠距離攻撃に優れている。そんな彼がスキル『千里眼』で見たのは、目の前にいるネズミ型モンスターよりも一回り大きな黄色の瞳をしたモンスターであった。


「同調してるから見えてるぞ! 一先ず周りのネズミを減らす!」


「「「はい!」」」


 五道の天職《指揮官》には、仲間の視界や聴覚を共有するスキル『五感同調』があった。それを常時使用することで、仲間の得た情報を瞬時に自分の中へと取り込んでいくのだ。


 そうして五道が指揮を執り続け、二十分ほどが経過した。


 三十近くいたモンスターはその数を五体へと減らし、その内一体は未だに動きを見せない黄色の瞳を持つモンスターであった。


 チャリオットのメンバーは全員が大きく肩で息をしており、所々に切り傷や噛み傷を作っていた。血はそれほど流れていないものの、早めに決着を付けたいところではあった。

 未だに前線では盾役の藻岩、麻生、葛木の三人が攻撃を防いでいた。

 それを見て、あの黄色のネズミをどう倒すか観察していた五道の隣に、蛇腹剣を携えていた右城が近づいてくる。


「正樹さん、あれどうします?」


「あぁ、そうだな……確かに二等級モンスターは厄介だが、勝てない相手じゃない。朝霧の嬢ちゃん! 固有いけっか?」


 そこで五道は後方で守られていた荷物持ちの朝霧愛佳の名前を呼んだ。

 終始その戦いぶりを見て呆気にとられ、しかも突然名前を呼ばれたことで、朝霧の声はほんの僅かに上擦ることとなる。


「は、はい!」


 少し頬が朱色の染まったが、今はそれどころではないと考え朝霧は荷物をその場に下ろし、テンジへと目線を向ける。


「うん、これは僕が預かっておく」


「ありがとうございます!」


 朝霧は笑顔でそう答えると、すぐにその場から駆け出し前線で戦っていたチャリオットの輪へと加わった。

 そんな朝霧に五道は一か八かのオーダーを突きつける。


「嬢ちゃん、自分の能力に自信はあるか?」


「……誇りには思っています」


「それじゃあ足りない。固有アビリティってのは、どれだけ自分の能力を信頼するかで、威力や効果が上がるもんだ。もっと自分の能力を信じてやれ」


「あの……私は何をすれば?」


「このメンバーの中で最大火力を出せるのは、右城のやつだ。でも、こいつの三等級天職《水俊剣士》では、おそらく二等級モンスターにトドメはさせない。そこで嬢ちゃんの出番だ! 新第二世代の固有アビリティの効力ならば、俺のバフ効果よりも右城をもう一段階パワーアップさせられるかもしれない。どうだ? やれるか?」


「自分の能力を信じる……ですか」


「ああ、そうだ。自分を信じろ、能力を信じろ。嬢ちゃんの能力を信頼している、俺を信じて威力を高めろ。嬢ちゃんならできるさ」


「……はい、やってみます!」


「いい返事だ。右城、分かったな?」


「もちろんですよ、朝霧さんには俺の方からタイミングを合わせます。ここはプロの探索師としての力の見せどころですね」


 朝霧はこんなにも凄い探索師たちに期待されていることに鳥肌を覚えながらも、その期待に応えるべく瞳を閉じて、心の中で言葉を紡いでいく。


(私を信じる。能力を信じる。あの五道さんが、右城さんが、私の能力を期待している。私ならできます! できるったらできるのです!)


「いきます!」


「おうよ、嬢ちゃん!」


 パッと勢いよく瞼を開けると同時に、朝霧は自分の固有アビリティ《武器強化ウェポンドーピング》を使用した。

 その瞬間、右城が構えていた蛇の文様が刻まれた水色の蛇腹剣がカッと青く光り輝いた。


「いいぞ、嬢ちゃん! もっと威力を高めていけ!」


「はい!」


 五道の鼓舞で、朝霧はさらに威力を高めていく。

 より一層青く光り輝いた自分の蛇腹剣を見て、右城は思わず口角を上げていた。自分の剣はもっともっと高みに上れる、そう直感したのだ。

 しかし、それだけではなかった。


「おいおいおい、嬢ちゃん凄いな!」


 右城は嬉しさのあまり声を高らかに上げていた。


 そう、右城の武器だけではなく、運動服の下に来ていたインナースーツまでが光り輝いたのだ。

 右城が来ていたインナースーツはかなり高価な二等級の黄色いインナースーツであり、二等級以上からは運動を補助するような効果が付与されている。

 その運動補助効果が、さらに加速していくのを右城は肌身で感じ取ったのだ。


 そして――。


「藻岩! 麻生! 葛木!」


「「「はい!」」」


 五道の掛け声とともに、盾役の三人が黄色のネズミ以外のモンスターのタゲを完全に掌握した。

 そのまま逃げるように走り出し、黄色いネズミを一体ぽつんとその場に置き去りにする。


「右城!」


「わかってますよ!」


 五道の指示の前に、右城はすでに動き出していた。

 いつも以上に加速された動きの中、ほんのわずかな時間でモンスターの真横に接近し、水色の蛇腹剣を振るった。


「チュイィィィィィイッ!」


 モンスターはギリギリのところでその攻撃に気が付き、剣に合わせて自慢の歯をぶつけようとした。

 しかし、それは右城の得意とする行動だった。


「もらったぜ、ネズ公! 『二水剣にすいけん』ッ」


 右城がそう叫んだ瞬間、一つの剣が二つに分身した。

 一つの刃をモンスターの歯とぶつけ、もう一本の刃をそのまま首元へするりと滑らせる。


「チュイッ!?」


 右城の蛇腹剣は、自分でも驚くほどにすんなりと二等級モンスターの体内へと入り込み、そのまま首を叩き斬ったのであった。

 右城はそのモンスターが倒れたことを確認すると、すぐに次の行動へと移る。


 さきほどタゲを取った四匹のネズミ型モンスターたちの内、二匹はすでに大山の矢で倒れており、残り二匹がいまだに抵抗していた。


「一体……これで二体だ!」


 自分の調子が驚くほどにいいことで、右城は勢いに任せてその二体を軽々と倒してしまった。

 その理由を、まだ学生である彼女のおかげであるとはわかりつつも、この速さと力強さを自分の体に覚え込ませるためにも早く次の戦いがしたかったのだ。


 その結果、周囲には調子に乗ったと思われることになるとは知らずに。


「おいこら、右城! 先を急ぎすぎだ!」


 最後の一体を倒すや否や、リーダーである五道の説教が飛んできた。

 言い訳をするのはいくらでもできるが、右城はこの閉じ込められた状況を考えて、ここは反論せずに受け入れることにした。

 さすがはチャリオットの探索師というべき行動だった。


「す、すいません! つい、体が……」


「まあいいさ、右城も今の動きを忘れるな。お前なら二等級探索師に十分なれる素質を持っているんだからな」


「は、はい!」


 右城が怒られはしたものの、彼らは無事に三等級と二等級モンスターの巣窟を殲滅することに成功したのであった。

 しかし、この違和感を五道が見逃すはずもなかった。


「にしても……」


「どうしました? 正樹さん」


「こりゃあ、ひょっとすると……に入り込んだ可能性があるな」

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