第3話



 今回の集合場所は施設入り口前にある芝生公園だ。


 ダンジョン施設入り口前の半径50m以内には建物を建てることができない法律があり、大体どこのダンジョンでもこういった何もない公園が広がっている。

 それは探索師たちにとっても都合がよく、入り口の先へと向かう前にここで一旦集合してから準備運動や作戦の最終確認を行うことが多いのだ。


 そんな広場で、テンジは今回のレイドパーティーの隊長を見つけた。

 すでに参加者のほとんどが集まっていたようで、30人近くが一か所に固まって雑談をしていたり、準備運動をしていたり、武器の最終手入れをしていたりとそれぞれの精神統一をしている。


 そこで今回のレイドパーティーの隊長がテンジを発見したようで、笑顔でゆっくりと歩み寄ってきた。


五道ごどうさん、今日もよろしくお願いします」


「おう、テンジくん! 今日もよろしくな! 黒鵜くろうさんから話は聞いてるよ、同級生も参加してくれるらしいが……あぁ、君かな?」


 五道は優しい笑顔で答え、すぐに隣にいた色違いの制服を身に纏っている朝霧愛佳へと視線を向けた。

 その瞳は彼女の探索師としての力を値踏みしているようで、決して異性である女性を見定めるというような邪気な眼ではなかった。

 それもそのはずだ、これからは命をお互いに預ける危険な場所へと赴くのだ。ひと時の性欲に飲まれる人間が、中規模レイドの隊長を任されるわけがない。ましてや有名ギルドに所属できるわけがないのだ。


 五道ごどう正樹まさきは、三十五歳の三級探索師である。天職は二等級の《指揮官》であり、仲間を扱うことに非常に長けている探索師だ。

 猫毛で癖毛なウェーブが特徴的で、おじさんと言われる年齢に達してはいるものの見た目的には二十後半と変わらないくらいには若々しく見える。

 テンジのようなただの荷物持ちでさえ、優しく平等に接してくれるので周囲の評判も上々なプロ中のプロ探索師だ。

 最近の悩みは、いくら美容に気を付けようとも目元のしわが隠せなくなってきたことだろうか。お茶目さもあり、後輩探索師から慕われる人でもある。


 テンジは黒鵜くろう秋十あきとという知り合いを通じて、五道とはこれで三度目のパーティー結成である。知れた仲のため、二人の挨拶も早々に終えてしまう。


「は、はい! 今日はよろしくお願いします!」


 ほんの少し、朝霧は声を上ずらせて挨拶をした。


「おう、よろしくな。嬢ちゃんはダンジョン自体初めてらしいな。でも、安心しな。レイドと言っても、今回はそんなに深く潜る予定はない。企業からの依頼でとあるアイテムを回収しに行くだけだからな」


「はい、そのように聞いております」


「嬢ちゃんもテンジくんと同じ探索師高校なんだって? 推薦組か?」


「はい、そうです!」


「つーことは固有アビリティ持ちか。で? 固有アビリティはなんだ?」


「私の固有アビリティは《武器強化ウェポンドーピング》です。少しはお役に立てるかと思います!」


「ほぅ、それは中々レアなもん持ってるな! まぁ、今回はそんな強敵と戦う予定もないが、練習がてらにならたまに使っても構わないぞ。その方が嬢ちゃんも実践の練習になるだろう。そうだな……おい、るい! ちょっと来い!」


 五道は集合場所で念入りな準備運動をしていた一人の青年を呼び出した。


 金に脱色された短髪をほどよくワックスで逆立てており、背は170後半ほどありそうだ。

 程よく全身の筋肉が鍛え上げられており、小さな頃から努力を惜しまなかったことが容易にわかる。

 服装はテンジたちと同じ探索師高校の制服だが、よく見ると制服の色は『攻撃役』の特徴である青い生地をベースとした物を着ており、首元からは黄色のインナースーツがちらりと見えていた。


(黄色のインナースーツって……確か二等級のアイテムだったはずだ。凄いな)


「どうした? 叔父さん」


「累、今日はお前と同じ探索師高校の二人が荷物持ちとして加わる予定だ。あと嬢ちゃんは《武器強化ウェポンドーピング》っていう固有アビリティ持ちらしいから、累は連携を密にしておけよ」


「へぇ~……って、朝霧さんじゃん。あと天城も」


「知り合いか?」


「知り合いも何も、同じクラスだよ。まぁ、二人とも今日はよろしく。あと朝霧さんの力は必要ないよ、俺は俺の力で十分だから」


 彼は案外素っ気ない挨拶をして、再び入念な準備運動を始めた。

 その様子を見て、五道はほんの少し呆れたような溜息を吐いた。


「あー、二人ともすまんな。あいつは俺の兄の子供で……って、天城くんは知ってるよな? 炎の兄貴は」


「ええ、数少ない一級探索師の稲垣いながきえんさんですよね。一度だけお会いしたことがあります。でもさすがに稲垣くんがあの人の子供だとは知りませんでした」


「まぁ、そういうことで努力だけは昔からしていたんだが、少し天狗気味なんだ。子供の可愛い反抗期だと思って許してやってくれ」


「いえいえ、確かに稲垣くんの固有アビリティは強力ですからね」


「そう言ってもらえると、叔父として助かるよ。まぁ、ダンジョン経験で言えばテンジくんの方が上手だ。累はまだこれで二回目だからな、緊張もしているんだろう。まぁ、今回は二人ともよろしくな! わからないことがあれば遠慮なく聞いてくれ!」


 五道はそう言うや否や、最後の確認をするために仕事へと戻っていく。


 今回のこの中規模レイドは『Chariotチャリオット』という有名なギルドが取り仕切っており、五道もそのギルドの一員である。

 そんなチャリオットの探索師が中心に集まって、最後の話し合いを始めた。


 その様子を見て、テンジも早速仕事をすることにした。


「朝霧さん、準備運動はもう大丈夫?」


「あ、えっと……まだです、すいません」


「いいよ、気にしないで。荷物持ちは基本的に集合時間のギリギリに来ることが暗黙のルールだから、今度からは家でやっておいてね。じゃあ、朝霧さんはここで準備運動してて」


「あ、はい。テンジくんは?」


「僕は先にレイドの荷物を纏めてくるよ。その他にも注意深く運ぶものがないかもみんなから確認しないといけないから」


「……荷物持ちって意外と大変なんですね」


「慣れればどうってことないよ。むしろ戦う探索師の方がしんどいからね」


「そ、そうですよね……勉強になります」


「じゃあ、先に行ってるね。終わったら声かけてね」


「わ、わかりました!」


 彼女が少し緊張気味に答えたことを、テンジは少し不安に思っていた。


 荷物持ちは、あくまで死なずに荷物を運ぶことが仕事だ。

 探索師の邪魔をしない位置取りをして、探索師の進むペースに遅れないようについて行く。これが全てにして、最低限のマナーである。

 確かにちょっと辛い仕事ではあるけど、アルバイトとしての給料は命を懸けるだけあって高収入になることが多い。


 とはいっても、テンジはもうすでに何度もこの荷物持ちという仕事を行ってきた。


 慣れた手つきでギルド外から参加する探索師たちの荷物を預かり、ギルドから支給される大きめのバッグに丁寧に詰め込んでいく。

 チャリオットに所属している今回の正規メンバーはすでにバックに荷物を詰めているため、それ以外の探索師たちから荷物を集めるのだ。

 その時に、注意事項はないかなどを聞きながら集めていくのも仕事の内である。


 もはや荷物持ちのベテランの域に踏み込んでいたテンジは、その作業はほんの五分程度で完了させてしまう。


 今回のバッグは合計で三つとなった。

 参加人数と入場日数の割には、少ない方であった。


 準備を終えたところで、全員の意志を最終確認していた五道がテンジの傍にやってきた。


「おう、テンジくん。やっぱり手際が良いな。今回は荷物台車そりはいらないか?」


 ソリとは、荷物が多く荷物持ちが少ない場合に使用する道具である。

 入場する際に高額な金額で借りることができるので、どこのギルドもあまり借りないように荷物を少なく纏めるのが定石となっている。


 テンジは、近くにまとめてあった三つのバッグを指さして答える。


「えぇ、大丈夫そうです。僕が二つ持って、朝霧さんが一つ持ってくれれば余裕ですよ」


「それはいい、予算が浮くから経理が喜ぶな!」


「その分、アルバイト代弾んでくれてもいいんですけどね」


「ははっ、自分で交渉しやがれ」


「そうします」


 こうして、完全にすべての準備を終えたのであった。

 すぐ後に朝霧も準備運動を終え、テンジの指示で荷物を一つ背負い、テンジは背中とお腹側に二つのバッグを背負う形になった。


 そこで出発時間となり、参加者たちが自然と輪になっていく。

 頭をポリポリと掻きながら、五道が一歩前に出た。


「今回のレイドリーダーを務める、五道正樹だ。知っての通り、今回はチャリオットが懇意にしている企業の依頼でとあるアイテムを回収しに行く予定だ。目標は第15階層の第三ボスエリアで手に入るアイテム。期間は長くても一週間、上手くいけば三日と掛からないだろう」


 その言葉に参加者全員が頷く。

 事前に聞いていた通りの仕事内容で、変更点もなかったからである。


「ま、今回は二等級天職の《指揮官》を持つ俺がいるんだ。気楽に探索して、がっぽり稼いでやろう!」


 五道が笑って言葉を投げかけると、全員の緊張がほんのりと和らいだ。

 それはレイドを纏め上げることに対し、探索師界隈で非常に評価の高い五道がリーダーを務めてくれるからであろう。

 彼の言った通り、二等級天職である《指揮官》はレイドの成功率を格段に上げることのできる仲間のための天職なのだ。

 五道がいる、というだけで探索師たちは心にゆとりができる。


「さぁ、行こうか! 今回は探索高校の学生も三人参加する。どうせならいい夢見させてあげようぜ!」


 そうして合計34名での中規模レイドが幕を開けた。

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