連作短編:大島村シリーズ

Phantom Cat

雪 女

1

 雪は既にかなり小降りになっていた。


 国道253号。道路は五十センチメートルほどの雪の壁に両側から挟まれているが、アスファルトの表面にはほとんど雪は残っていない。やはり雪国の除雪力はハンパない。


 今俺は、生まれ故郷に向かう車の中でハンドルを握っていた。スズキ・ジムニー。新型に買い替えた親父のお下がりで、今年の五月から俺のものになっている。


 十日町市松代まつだいの、果てしなくカーブが続く山道。そして儀明トンネルを抜け、さらに続くワインディングの急坂を下り終えると、そこが俺の生まれ育った大島村だ。現在の正式名は上越市大島区。だけど俺が子供の頃は東頚城郡大島村だった。今でも俺にとっては大島村の方がしっくりくる。


 大平おおだいらの交差点を左折し、菖蒲しょうぶ方面に向かう。ほくほく線の大島駅を過ぎてしばらく行ったところから少し山手に入ると、さすがに道路にはかなり雪が積もっている。だが、この車なら四駆に入れれば余裕で走れる。俺はそのままゆっくりと山道を登っていく。


 到着。俺が小学4年まで住んでいた場所。しかし、そこには何もない。その当時俺が住んでいた、かやぶき屋根の家は、俺の家族が長岡に引っ越してすぐに取り壊された。この近くに住んでいるのは俺の親族だけで、今ではここは親族の共同駐車場として使われている。俺は車を停め、歩いて1~2分の最終目的地に向かった。


 20年前に新築されたその家は、今でも十分新しそうに見えた。一階は駐車場で、スバル・レガシィが一台停められている。居住空間は二階だ。階段を上っていくと、玄関の引き戸は既に開いていた。俺は中に入る。


「雪絵ばあちゃん、来たよ」


 俺が声を上げると、家の中からかっぽう着姿の老婆がニコニコ顔でやってきた。


「あっらー、翔ちゃん。ばか大きくなったねかねとても大きくなったじゃないの


「そりゃ、俺だってもう二十歳はたちなんだすけね」俺は苦笑しながら言う。


「そうかー。はえそんげな歳んがか。早ええもんだて―もうそんな歳なのか。早いもんだね


 雪絵ばあちゃんはそう言って、笑った。


 と言っても、雪絵ばあちゃんは俺の本当のばあちゃんじゃない。俺の父方の祖父の兄の奥さんだ。だから続柄つづきがら的には大伯母にあたる。俺の本当の祖母は俺が物心つく前に亡くなっている。家が近かったし、雪絵ばあちゃんと同居している長男夫婦は子供に恵まれなかったから、雪絵ばあちゃんは俺を随分かわいがってくれた。だから、俺にとっては本当のばあちゃん同然なのだ。


「さあさ、上がってくんないちょうだいなじょうもじょんのびしてくんなせ十分くつろいでください


 ばあちゃんはそう言うが、俺は首を横に振る。


「せっかくだでも、そんげにじょんのびもしてらんねえんだわね。雪掘りに来たんだすけさ」


 そう。


日本有数の豪雪地帯であるこの辺りでは、「雪かき」なんて生易しい言葉は使わない。除雪作業は「雪掘り」というのだ。


 いつもなら同居しているばあちゃんの長男夫婦が雪掘りをしているのだが、今年はなんと二人とも一年間の海外赴任で家にいない。そこでうちの両親にヘルプが来たのだが、あいにくこの二人も仕事が忙しくて行けない。ということで、冬休みで実家に帰省していた大学三年生のこの俺、梶原翔太に白羽の矢が立ったのだ。


「そうか。ほしたらそれなら、早速やってもらうかや」


「うん。スノーダンプと菅傘すげがさとカンジキ借りるよ」


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