フッテージ

味付きゾンビ

これは一部は本当にあった話ではありません

「どうしたどうした暗い顔して」

 機材の手入れで痛んだ腰を伸ばしたくて喫煙所に来ると先客がいた。

「……お疲れ様です田中さん」

 暗い顔に暗い声で後輩――佐藤――が言う。

 はー、暗い面してんな失敗かな失敗だろうなー、失敗なんてみんなすっからそこまで気にするほどの心配なんて実はねえんだけどなあ、なんて思いながら煙草に火をつける。

「声までくれーよ、なんか飲むか奢ってやるけど?」

 自販機を指さして務めて明るい声を出す。

「いや、いいっす」

「ま、無理にとは言わねーけどね」

 首を振る佐藤をに肩を竦めてみせると飛び切り甘いと評判のコーヒー飲料を買いグイっと飲んだ。

「……甘すぎないすか、それ」

「お前も一日の半分を作業作業に追われて。そのタイミングでこいつを入れてみろ。飛ぶぜ?疲れが1割くらいは」

 何とか話題を見つけようとした後輩に合わせておちゃらけて笑って見せる。

 深々とタバコを吸って一息つくとじっと佐藤の顔を見た。

「で、どうした何やったんだ?」

 カメラマンあるある、素材の取り忘れとかメディアを忘れたとか演者の気分が乗らないとかいろいろなパターンを考えつつ尋ねる。

 つうて、こいつ今バラエティ班だろ。そんなシビアな奴おるか?

「あー、いや」

 暗い顔が一層暗くなった。

 何このパターン。機材破損かそれか。それは確かにやばいけどやばくないけど怒られの内容的にはめっちゃ詰める。

「何壊した?」

「いや、撮影はちゃんとやれたんですよ」

「なんだ、三脚ごとカメラ持ち上げて立ちゴケしてガッシャーンじゃないのか砂浜でセーフとか?」

「具体的じゃないっすか田中さん」

「具体的だろ、もうやらないように10年以上気を付けてる」

 少し笑った佐藤にこれ以上ない真剣な声と顔で告げた。

「は?」

「いや、皆やらかすから気にすんな。俺もやらかしたし俺の先輩もやらかしてるよ」

 バンバン肩を叩いてやるとようやく笑い声をあげた。

「気いつけます」

「それでいいんじゃない?んじゃなんで暗い顔してたんだ?ぶつけた?ロケ車ぶつけた?」

「アクシデントじゃないんですって」

 深いため息をついて佐藤が新たなタバコを取り出した。

 火をつけて深々と吸い込んでからこちらの顔をうかがってくる。

「おー、言え言え。先輩だぞおっさんだからな。大体のトラブルにあってる自信があるぞこっちは」

 暗い顔を再び取り戻しながらもごもごと口ごもる佐藤をじっとみる。

 タバコを吸う、俯く、天井を見上げてまたタバコを吸った。

「……田中さん、心霊番組やったことあります?」

「あー、それ系な」

 うんうんと頷く。自分も新たに煙草をくわえて火をつけた。

「慣れてないとビビるんだよな。あるある」

「いや、そういうんじゃないんすよ」

「人の顔が映ってたり系?大体三点くらい視点を集めるものがあると顔に見えるんだよな、脳の認識的に。それか音とか?人の声が入ってる系はあれ現場に人がいるだろって話で当たり前に入るよね、音」

「……あー、いや多分ガチの奴です」

 余りにも真剣な佐藤の顔をマジマジと見た。

「いや、自分もお化けなんて見たことないんですけど。なかったんですけど」

「なに、どんなロケ?」


 C線という有名な、それは悪い意味でも有名な電車がある。

 朝はぎっしりの人を詰めて都心に向かう利用者が多く、通勤電車として、そして同じくらい線路に魅力がある路線だ。そう人を惹きつける魅力が無駄にあるらしく、ひと月もあれば何人か飛び込む。

 そんなことが起きる路線がある。

 その中でも特に人が飛び込む駅があって、それは有名な駅でのロケだという。


「……H駅か」

「電車は有名ですけど駅までわかるもんなんですね」

「まあな」

 煙草を新たに取り出す。

「そろそろ奢られとくか?」

 自販機を指差すとブラックなら何でもと答えが返ってきた。

 若さはすげーな糖分欲しくなるんだよなー、と内心思いながら買った缶コーヒーを渡す。


 ホームは二つ。

 特に自殺の多い都心部へと向かうホームにADを一人配置。

 まず同じホーム上から。もう一つは反対車線のホームから。三つ目のカメラは駅の外からADを置いてテストショットをしたのだという。

 平日の午後。通勤でも帰宅でもない時間で、ガラガラのプラットホームでテストショット。手間取ることも何もなく10分もかからずテストは終わった。撮影上の問題がなければADがバラエティのタレントに代わり本番の撮影を行う、特に問題のない進行が起きるはずだった。


「……めっちゃ写ってたんすよ。俺の担当したカメラだけ」

「……何が写ってた?」

「同じホームに俺いたんですよ。別に問題なく、カメラ回してて。こっちのカメラでも音一応録って。撮影中はなんもなかったです。音のレベルも問題ないななんて思ってて」

 佐藤がガリガリと頭をかく。

 新たなタバコの出番。

「で、快速かな特急かな。通り過ぎてちょうど良いんで区切りにしてチェックしたんですよ」

 一つ目。問題なし。

 二つ目のカメラも問題なし。電車が通り過ぎる。

 佐藤のカメラだけ、おかしなものが写った。

「今、そのメディアあるか?」

 佐藤がポケットから一枚のSDカードを差し出した。

「見ていいか?」

 佐藤がうなずく。

「俺ももう一度」

「いや、やめとけちょっと待ってろ」

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