第18話 深夜鈍行/かきおき



皆様、こんばんは。

ようやく通常運転に戻りました、深夜を愛するの心の恋人、

満っつる”コータロー”フェイエノールトの【深夜鈍行】。




さて。

今夜は深夜にもかかわらず、スタジオを飛び出し、海まで来ています。

お伝えできていますでしょうか。暗闇に響く海の気配、泡沫……。



ざぶーん。ざぶぶぶぶっ。

ざっぶーん。ざぶざぶっ。

ざざざーん。ぶぶざぶっ。



波の音が心のひだに溜まった懊悩を洗い流し、

代わりに食欲をいざなうかのようです。

うっかりすると、つい、空耳が聞こえてきます。



~かき食べ行こう~

~かにでもいいよ~

~買わずに食べよ~



ああ、あれは子犬パピーの鳴き声でしょうか。

渚のアデリーヌハイカラ人魚が呼んでいるのでしょうか。

はたまたケモノ達の遠吠えでしょうか……。




🌊🌊🌊🌊



えー、今夜は大垣大牡蠣だってねえ。

そりゃあまた結構な話だ。

いや、だって、あのでっかいのを食べていいんだろう?

太っ腹だねえ。


……ふぅ。

腹もくちくなったところで、昔話をひとつ、させてもらえやしないかね。

いや、たいした話じゃあないんだが、ふと思い出しちまったもんでねえ。

そうかい。ありがとよ。

なに、中年のヨタ話だ。適当に横になって聞き流してくれてりゃいいよ。

や、悪いね。



❖❖❖❖




むかし、昔。今から30年程前。

世の中が”バブル”という海に溺れていた頃。

六本木。お洒落を気取る街の片隅に、知る人ぞ知るバーがあった。

そのバーがあったのは、とある雑居ビルのペントハウス。

お世辞にも分かりやすいとは言えない場所にもかかわらず

連日連夜、客が途切れることはなかった。


賑わう店からは六本木の街が見下ろせた。

とは言っても昔のこと、

イマドキの商業ビルと違って大した高さではなかったのだが、

ペントハウスならではの開放感があって、存外に気分が良い。

それが店の売りだった。


ただ、売りはそれだけではなかった。


アライグマを飼っていたのだった。


檻に入れられ、店の中ほどに置かれた二匹のアライグマは

なかなか可愛いルックスで、女性客の心をわしづかみ。

程よくアルコールが入った女性たちは「いや~ん♡可愛い~♡」と嬌声を上げ、

横でそれを聞く男性客が目尻を下げる。

アライグマは店の客寄せマスコットだったのだ。


ある晩のこと。

ひとりの男が若い女性2人を伴って店を訪れた。

何杯かのアルコールで頬を染めた女性のひとりが、

弾んでいた話が途切れた頃合いを見計らって檻に近づき、手をかけた。

中を覗き込みながら「わぁ。可愛い♡」と声をかけると、

檻の中でじっとしていた一匹のアライグマが突然、

彼女へとピャッッと手を伸ばしたのだった。

一瞬のその動きで何が起きたのか、

その場にいた誰もが事態をとっさに把握することはできなかった。

ただひとり、店の主人を除いては。


びっくりして固まってしまった女性に、主人曰く、

「あー、お客さん。言い忘れてたけどソイツら結構気性荒いから。

って今更言ってももう遅いね。あはは。ごめんごめん」

見ると、彼女の白魚のような手の甲に鋭い引っかき傷が細長く走っていた。

そして傷からじわじわと滲み出る鮮血……。

「きゃー!」

先程とは全く毛色の違う声が、彼女の口からほとばしったのだった。



❖❖❖❖




ひゃっひゃっ。

今、そんなことがあったら大問題だよねえ。

え? その時どうしたか、って?

うーん。とりあえず手は洗ってたけど、消毒はしたかどうだったか……。

よく覚えちゃいないんだけどさ。

どっちにしろ色々と全部、いいかげんだったんだよ。あの頃は、さ。


それにしてもあいつら、見た目と違ってあんな気性だから、

飼いきれなくなってワザと逃した飼い主とかが結構いたのかもしれないね。

それで今、こうやって増えてるんだとしたら、

結局は人間の勝手が悪い、って話だよねえ。

あんなところで飼われてあいつらはさぞ迷惑だったと思うけど、

子孫たちが繁栄しすぎて駆除の対象になっちまうんだから、

まあ、図太いっていうか、逞しいっていうか。


ん? 

酒のツマミに大垣大柿はどうか、って?

いや、今夜はもういいや。さすがに食べ飽きたよ。

酒もちょっくら飲みすぎたかね。これくらいで止めておこうか。


え? 

さっきの話のオチは、って?

んなもんあるワケねえだろ。

だってこの日曜、木から全部もいじまったんだからな。

下に柿の一個もオチちゃいねえよ。

期待してたんだったら悪りぃな。

オチが欲しいんだったら、来年まで待っとくれよ。

そんなに待てない?

はは。そりゃそうだ。

だったら悪いが他所をあたっとくれ。

今年のウチはもう、ウチ止めだ。




🌊🌊🌊🌊




実は、今夜のこの海には、”大垣夜行”に乗ってやってきたんですよ。

え? ”大垣夜行”をご存知ない?

そうですか、それは残念ですねえ。

レーティング”アオハル18”で有名だったんですが……。

レーティングと言えば、

この界隈ではまずココでしかお目にかかれないと思っていたラブドールが、

つい先日、怪し気なお屋敷の中にも置かれているのを発見し、びっくりしました。

え? ココで取り扱いがあるのか、ですって?

はい。ありますよ。それもかなりの上玉です。

つい最近入荷してきたばかりなので、比較的探しやすいかと思います。

ご希望で、かつ自力で見つけられなかったお客様は、遠慮なくお申し付けください。

こちらBBCラジオの通販ショップではレーティングをつけておりませんので、

放送終了後、DMにてこっそりとご紹介させて頂きます。





恐らく彼は、この鈍行を「青春発柿行」と名付けたのだ。

~コータロー「深夜鈍行」第2便 ケモノの風 第11章 柘榴と柿





動物の糞を屋根の上に発見してから一ヶ月超。

市役所に問い合わせた結果、

提携業者が捕獲檻を設置していったのが、ちょうど一ヶ月前。

原則2週間の設置期間を大幅に超過して檻を置かせてもらえましたが、

出没したのを確認できたのは、期間内、檻を閉じていた土曜日の1回だけ。

後は……不明です。

少なくとも何かが檻にかかることはなく、

設置期間中、屋根の上に糞は増えませんでした。

柿はたわわに実り、多くの鳥が訪れてはついばみ、

人間用にもたくさん収穫でき、ご近所などあちこちに配ってなお、

今も廊下に山積みになっています。

そして、今、柿の木は静けさを取り戻しました。

わざと残したいくつかを除き、先週末に全て取り終えたのです。


今年の戦いの勝者は誰だったのでしょうか。

それはきっと柿だけが知っているのでしょう。








モウ、コレイジョウ、サガサナイデクダサイ

~ドコカノケモノ



いや、探したくても、檻も柿も、もうないから!!




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