第12話 物想う


昔から、記憶力の無さには自信があります。

いや、ホントはそんな自信、要らないんだけど、実際、ないんだから仕方がない。

どれくらいないかというと、



事例① 小学校時代

どこかの母親に声をかけられる。

のだが、誰かは分からない。見覚えもない。よって、

「はじめまして♪」

と元気にあいさつする。

ところが、それは家に遊びに行ったこともあるクラスメートの母親で、当然のように何度も会っている、そうで。

結局、その母上に「はじめまして♪」を何度もかましてしまったらしい。

発覚したのはその方だけだったのだが、もしかしたら同じようなことを他の母上方にもやらかしていたかもしれない。全ては闇の中である。

品行方正、成績優秀時代の数少ない?汚点のひとつ。



事例② 中学校時代

担任が「コレ、読んだことあるヤツいるか~?」と何冊かの本のタイトルを挙げた。

あー、割と最近、読んだことのあるのばっかりだー、と素直に手を挙げた。

「おお、そうかそうか。じゃ、どんな内容だったか皆に説明してくれるか」

と言われ、はたと考え込む。

内容? えー? どんなんだったっけ……アレ?

……全然覚えてないっ!? 一冊も!!

思わずフリーズしてしまった私に担任は「ホントに読んだのか?」などと無粋なことは言わず、ただ憐れみのこもった生暖かい目を送ってよこした。

チクショウ。あの担任、苦手だったんだよ。なのに余計な記憶だけが残っちまった。

ふつうのひとになりかけていた頃、ふつうにあるあるだった失敗のひとつ。



事例③ 高校時代

修学旅行、行きの新幹線車内。

近くの座席にサングラスをかけた見知らぬ男子がいた。

サングラスなんてかけちゃってスカした野郎だとガン見していると、あちらもサングラス越しでも分かるジロジロと不躾な視線でもって応戦してくる。

「誰、あれ?」

クラスメートの女子に尋ねた。

「えー?〇〇君だよー?あんたいくら学校来ないからって、クラスメートくらい覚えておこうよー?」

……たしかにあの高校は苦手だったからサボりまくっていた。1限なんてまず行かなかったし、なんなら2限もパスった。学校に着いても空き教室にいたり、ひとりで校外に抜け出したりもした。

けど。

修学旅行って、秋、だよ?

半年は同じ教室にいたはずの人間の顔と名前が分からない、とは……。

すっかりドロップアウトしていた黒歴史時代の中でも、トホホな記憶のひとつ。



事例④ 大学時代

テレビCMで美しいメロディーが流れている。

ふふーん♪と鼻歌で一緒にメロディーをなぞりながら、そういやなんで歌えるんだろう、と思った。

うーん。なんでだろう。

CMが終わってもしばらく考え続けたが、答えが出ない。

仕方ないので母に尋ねた。

「この曲、知ってる?」

「……あなたが弾いてた曲じゃないの」

えっ? ウソ? ホントに??

試しに手を鍵盤の上に置いてみたら、たしかにスコア無しでもなんとなく弾ける。

でも、思い出せたのはそこまで。

曲名まで辿り着けたのはそれから数時間後のことだった。

もはや言い訳のしようもないくらいただのおバカに成り下がっていた、数多ある残念な記憶のひとつ。




とまあ、今に至るまでずーっとこんな感じな訳です。

私としては、この記憶力の無さは自分の能力の欠落によるものではなく、遺伝か環境のせいだと思いたいのです。

が、どうもそうではないようで、コレが。




事例① 母親

中学だか高校だか定かではないけれど、一緒に電車に乗って出かけた時のこと。

街中を歩いていて突然、

「あ、あのひと、さっき同じ電車に乗っていたひとだ」

斜め前方にいたごく平凡な感じの中年女性を見て、小声でボソリ。

そんなこと言われたって、こちとら記憶力の欠如を誇っているのだから、そしてその中でも人の顔を覚えられないことにかけてはとびきりの自信があったのだから、

「えー?ホント?」

くらいしか言いようがない、のに

「ほんと、ほんと。だって、向かいのシートに座って本読んでて、連れはいなくって」

とかなんとか、いちいち詳しく説明を始める。

一度人の顔を見たら忘れないと当時の彼女は豪語していたし、視覚による記憶力は娘の目からしても実際ハンパなかった。

遠視気味で、人混みに出ると見え過ぎて疲れるというひとだったので、検証のしようもないけれど多分、本当だったのだと思っている。



事例② 弟たち

先だって下の弟が倒れ、九死に一生を得たのだが、倒れた前日から一週間ほどの記憶がないらしい。色々と話をして、どこからどこまでの記憶があるか確認していた時のこと。

上の弟Y

「前日の〇〇競馬場の✕レース、△△って馬が勝ったんだけど、それは見事な上がりの競馬でさ。最後1ハロン□秒で上がってきたのは凄い、って夜、電話口でひどく感心して話してたんだよ、K(下の弟)は。それを全然覚えてないんだって。だから少なくとも倒れる前日の昼過ぎから記憶がないってことだよな」

「Yが言うから後からそのレース見たんだけど、ホントにいい競馬なんだよ。期待してた以上の好レースだった。なのに全然覚えてないんだよなあ」

……あんたたち。どうしてそんなに馬名やらレース名やらラップタイムやら調教のタイムやら何から何まで覚えてられるのよ?

それを記憶の確認に使うのは、正直どうかとは思うけど。※1



事例③ 上の弟Y

「最近、うちのおチビ(中学生の下の娘)が、昔あなたが弾いてた曲を弾くようになってきてさあ。聴いてると何か懐かしくなるんだよねえ」

……ちょっと、なんで私が弾いてた曲、覚えてるの?

一年でピアノから逃げ出したあなたが!!



事例④ 下の弟K

「入院中にリハビリで色々とテストを受けるんだよ。それがさ、子供の時に受けたようなヤツ。ほら、知能テスト? まさにあんな感じのもあってね。あの頃は皆、真面目に受けたけど、今回はやりながら『別にコレ、手を抜いたっていいんだよなあ』って思ったんだよねえ。もしかしたらそう思っちゃうこと自体が高次脳機能障害に当たるのかもしれないとも思ったんだけど」

……いや、ごめん。そもそも知能テストで覚えてるコトって、私は普通の点しか取れなかったらしいけど、あなたたち2人は先生方から「めちゃくちゃ高得点です!」とかなんとかひどく驚かれた、って母親が話してたことくらいしかないから。※2






ああ……、やっぱりこの記憶力の無さは、私個人の資質による所、大、のようです。




実はここだけの話、”オタク”と言われる程、何か好きな物事を突き詰めてみたかったんですよ。役に立たなくとも、突き抜けた知識、ってカッコいいよなあ、って。

だけど、できませんでしたねえ。

好きなことはいっぱいあるんだけど、どれも半端に広く浅く、です。

その理由は、ひとえにデータ、覚えてられないから。

記憶力があったら人生変わってたんじゃないかと密かに思ってるんですが。



これから年を取るにつれ、もっと記憶力がなくなっていくことを考えると……、

うぅ……ちょっとマズいんでないかい?

違う意味で人生変わりそうで、そろそろ脳の筋トレが必要な気がしてきています。



少しずつ涼しくなってきてることだし、また走るのを復活させて、ついでに走りながら何かの暗記でもしてみようかな?と思い始めた今日この頃。


物忘れ、ならぬ、

物想う、秋、です。





※1 彼らの記憶力は、競馬をはじめ野球やサッカーなどのスポーツ観戦に生かされています。出世や稼ぎなどには何ら寄与していません。ただのおじさんたちです。

※2 知能テストの高得点も、※1と同じ。ちなみに息子たちは受けたことはないそうです。アレって一体いつくらいからなくなったんでしょうかね?









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