王立博物館ガイド4

 依頼主の希望通り、予行演習を行うため王立博物館にやってきた。

 リタリ先輩、ユーリィ先輩、僕といったメンバーだ。


 王都の中央部からやや東にいったところに建つこの博物館は、建物自体がひとつの歴史的建造物らしい。

 テレビで見たことあるルーブル美術館のように優美で高級感のある外観をしていた。


「おお、お待ちしておりましたぞ、みなさま方! 私が館長のメイソン・ラッシュフォードと申すものです」


 依頼主の館長さんは、太っていてハゲていて宝石のはめ込まれた指輪をたくさん身に着けている。

 本当に欲望に忠実そうな見た目だ。

 現に今も、欲望に忠実にリタリ先輩の胸を凝視している。


「いやはや、リタリ殿はお久しぶりですな。蝋人形作りの協力をいただいた折はまだ幼さを残しておりましたが、立派な淑女へと成長なさったようで」


「私に対する論評はいい。あと胸をじろじろと見るな」


 胸元を腕で隠すリタリ先輩。汚物を見るような蔑みの目で館長を見ている。


「これはこれは、申し訳ない。男の本能として目の前におっぱいがあれば1秒でも長く見つめたいと思ってしまうのですわ。な、そこの君もそう思うだろ?」


 僕に同意を求めてきた! そんな話題振らないでほしい!


 おっぱいの話はさておき、簡単な打ち合わせに入った。


 打ち合わせをしてみて、ともかくこの館長は正直で嘘がつけない人だということがよくわかった。


「いやぁー、首尾よく諸侯と懇意になれたあかつきには、あわよくば諸侯を束ねて王を討ち、次の王座におさまりたいものですな」


 なんてことを平然と口走っていた。

 警ら中の騎士の耳に入ったら確実にしょっぴかれる発言だ。


 打ち合わせの結果決まった役割分担は、もちろん解説役がリタリ先輩。

 解説を聞く貴族の子供役が僕。

 蝋人形コーナーの終わりに参加型アトラクションも用意しているらしく、ユーリィ先輩はそちらに配置された。

 館長は僕たちの予行演習に同行する。




 館長に案内され、「魔王討伐展」の入り口にやってきた。ユーリィ先輩は職員の方に連れられ別行動だ。きっと参加型アトラクションの準備に入ったのだろう。


 入り口には勇者パーティーの等身大パネルが並べられている。

 リタリ先輩以外は本人の姿を拝見したことないので確信はないけれど……似ていないと思う。

 なんというか、国産RPGの海外流通版のパッケージを向こうの人が描いたみたいな絵柄というか、全体的にリアルタッチで老けて見える……。このへんはやっぱ日本人とは感覚が違う。


 勇者パーティーのメンバーは4人だ。

 異世界転生の先輩であり勇者のシゲル・イシダ。石田茂とでも書くのだろうか。筋骨隆々でいかにも洋物のヒーロー風だ。

 魔術師のリタリ先輩。当時の年齢は14歳のはずだが、やっぱり年上に見える。アメフトの試合でチアガールをつとめていそうだ。 聖職者のルーナ・ピシーカ。やたらと胸元の開いた服を着ているが聖職者でこれはいいのか? 露出した肌は筋肉が浮き出ているが……。

 竜騎士のローランド。この人に至っては全身が毛むくじゃらだ。それでいて足も太く、ゴリラに近い存在と化している。


 展示の幕開けは蝋人形ではなくジオラマだった。


「これは私たち勇者パーティーが実際に乗り込んだ魔王の城だ」


 なるほど『決戦前』と書かれたプレートがはりつけてある。


 「塵の丘に魔王城を建造」というだけあって灰色のパウダーをこんもり盛った頂上におどろおどろしくも壮麗なお城がそびえ立っていた。

 お城の周囲は葉の落ちた寒々とした不気味な木の林が取り囲んでいる。


「ここをよく見るがいい」


 リタリさんが林の木と木との隙間を指さす。


 身を乗り出して指さした地点をよく見てみる。館長は知っているからなのか、いちいち身を乗り出してこなかった。


 たしかに、ここだけ周囲と違っている。


「気がついたか、ヒロキ」


「はい。地面の色がちょっと違ってますね」


「この土の色が少し違っている地点の地下には魔法で作った小部屋がある。私たちパーティーは最終決戦前、そこで数日を過ごし、魔王城の様子を観察したのだ」


 なるほど。ゲームだったら問答無用で突入するところだけど、まずは情報収集から入ったわけか。


 にしても、説明をするリタリ先輩はとても知的で、ただでさえ美しい小顔がよりいっそう気品を帯びている。

 正直言ってちょっとドキドキしてしまう。


「私たちは小部屋の中で地をわずかに伝ってくる音を増幅して聞き、上空を飛び交うコウモリの目を乗っ取って内情を丹念に調査した。警備の配置や人員の移動経路、魔王の居室、魔王の生活サイクルなんかだな」


「念入りなんですね」


「そうだ。最小限の戦闘で魔王の元にたどり着き、有利にラストバトルを進めるためにな」


 先輩の口元にちょっとだけ笑みが浮かんだ。

 当時のことを懐かしく思ったのかもしれない。


「じゅうぶんに情報を収集した私たちはそれを元に作戦を立てた。基本的に魔王の城周辺は薄暗いのだが、さらに闇の深い時間帯を狙って魔王の城に潜り込むことにした……このあたりからだ」


 リタリ先輩はジオラマの周りをぐるっと半周移動し、魔王城の後方を指し示した。

 貴重な話だ。貴族の子供たちもこの話を直接当人から聞けると勉強になるんじゃないだろうか。


「城内に潜入後、手はず通りに最小限の戦闘と最短ルートで魔王の寝室を目指した。まあ、さすがに魔王城だけあって強めの魔族が多かったのだが、暗殺に近い形で倒していった。私たちの存在に気がついた時には死んでいる、という理想的な戦闘だったな。背後から音もなく接近するのがコツだ」


 ……まったくヒロイックじゃない。それがリアルな戦いなんだろうからしょうがないんだろうけど。


「次から本番だな。進むぞ」


 リタリ先輩に促され、順路に従って次へ。

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