王立博物館ガイド5
次の展示は一見しただけでは何が何だかよくわからなかった。
大量の綿が吊るしてあって、その向こうに横たわった人影がうっすらと見えている。
プレートには『奇襲』と書かれているが……。
「私たちは魔王の寝室の中の様子をうかがった。事前調査のとおりに寝室には魔王ひとり。天蓋付きの可愛いベッドで眠っていた。耳を澄ますとイビキ、歯ぎしり、何度も寝返りを打つ音、うなされる声が聞こえてきた」
魔王うなされていたのか……。怖い夢でも見てたんだろうか。
いずれにせよ熟睡できていなさそうだ。魔王も大変なのかもしれない。
「私たちは慎重に事を進めた。ベトベトの粘液をベッドの周りの床に塗りたくった。大型の魔物も身動きが取れなくなる強力な魔法粘液だ。魔王だって裸足で踏んでしまえばしばらくは脱出できないと計算した。魔王の寝室はひどい悪臭がしたが臭気に耐えての作業だった」
さらに遠のくヒロイックファンタジー要素。
リアルな戦闘なのでしょうがない。しょうがないんだ。
「その粘液をパーティーの女性メンバーが体に塗りつけたということにはできんかね? 諸侯のご子息たちもそのほうが喜ぶのではないですかな」
ずっと黙っていた館長が口をはさんだ。内容が性的なうえにラストバトルの歴史的事実まで捻じ曲げようとしている。
だがリタリ先輩に鋭くにらみつけられると、小さく悲鳴をあげて身をすくめた。
にもかかわらず館長の表情は嬉しそうだ。
「おほん。粘液をすべて塗り終わったあとはふたたび室外に退避し、用意しておいた殺虫毒草で室内を燻した」
燻した!? その煙を再現したのか、この綿!
「こいつは古代魔法王国の時代、最上位種であるエンシェント・ドラゴンを狩るのにも使われたとされる猛毒だ。そして毒々しい煙の向こうから激しく咳き込む音が聞こえてきたタイミングで本格的な開戦だ――次の展示へ」
ガイドする行為が魔王とのラストバトルとの追体験になっているのだろうか。リタリ先輩はじゃっかん興奮気味で息が荒くなってきている。表情に嗜虐的な色がさしている気がする。
館長もハァハァと呼吸を荒くしているが、こちらは間違いなく性的な興奮だ。
次の展示ではすでに魔王城が半壊していた。なにがあったんだ……。
「寝室ではすでに魔王が目覚めていた。続いて『なんじゃこりゃあっ!?』という驚きの声がした。私たちはその声でベトベトの粘液を踏みつけたのだと理解した。そして私たちが保有する各々の最大の威力を誇る攻撃呪文を唱え、扉越しに魔王に向けて放った!」
だから魔王城が半壊してるのか! やってることはゴキブリ〇イホイを火炎放射器で焼き尽くすような行為だ。
「私たちの呪文は街のふたつみっつは余裕で吹き飛ばすような強大なものだった。当然私たちの足元の床も崩れた。あらかじめローランドが呼び寄せておいたドラゴンの背に乗って上空へと逃れた」
リタリ先輩が博物館の天上を指さす。
見上げればそこには、天井から吊るされたドラゴンの姿が!
「魔法力が尽きるまでひたすら地上に向かって呪文攻撃を放つ私たち! これでもか! まだ死んでないか! 火風水土のすべての精霊やその王たちの力を借り、信仰する神の力を借り、竜族の力を借り、勇者としての特別な力も絞り出し、徹底的に破壊の雨を降らせた――そして次!」
一方的すぎる。でも仕方ない、これがリアルなラストバトル、リアラスだ。
次なる展示では、魔王と勇者パーティーが地上で対峙していた。
よかった生きてたんだ魔王。ちょっとホッとした。
しかし展示内容はやっぱりヒロイックとは程遠かった。
ドラゴンが傍らに倒れているのが見える。腹のあたりから紫色の血を流しているが、これは魔王の攻撃によるものだろうか。いずれにせよ、竜が使い物にならなくなったので上空にとどまることができなくなったようだ。
蝋人形に目を向ければ、勇者シゲル・イシダが神聖かつスタイリッシュな剣を魔族っぽい人の首元に突き付けている。
対峙する魔王は悔しそうに表情を歪め、なにやら叫んでいた。
「魔法攻撃の爆心地から反撃がとんできた。回避は間に合わずドラゴンがやられた。だが魔法で落下をコントロールし、大地にたたきつけられることは避けることができた。私たちは地上戦を覚悟した」
「その説明、胸を寄せながらできませんかな?」
またも館長が余計な口をはさむ。館長は左右のおっぱいを自分の二の腕で寄せるグラビアアイドルっぽいポーズを実演してみせた。
リタリ先輩は冷たい目で一瞥をくれただけでそれを完全無視。なのに館長は嬉しそうだ。
「私たちの連続攻撃で魔王以外の魔族たちは全滅していた。多くの死体が転がっていた。聖職者のルーナはそれに目をつけ死体のひとつに素早く近づき蘇生魔法で蘇らせた。その魔族は幹部だった。魔王幹部に拘束魔法をかけ、勇者シゲルが喉元に聖剣を突きつけた」
そんなシチュエーションだったのか。プレートを見ると『本当の開戦』と記されている。
だんだんと魔王を応援したくなってきた……。
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