短編集

稲井田そう

私はただの無能である


 それは、別に勉強が全くできないわけでも、運動が全くできないわけでもない。基本的に平均よりちょっと下だ。「この無能が!」と罵られるほどでもない。「わりと普通」だ。人としては。しかしどうしようもなく私は無能である。手の施しようがないくらいに。実際ないし。


 それは、私が生まれ育ったこの国が、魔法の国であるからだ。


 国民全員が魔力を保持し、平民だろうが貴族だろうが全員少なからず魔力を持っている。


 森の外れの方では、獣とかが出るらしいし、魔王とかもいるらしい。それを倒そうとする勇者とかもいるらしい。劇とか絵本でしか見た事無いけど。


 そんな国の中で、私は本当にびっくりするくらい魔力が無い。少ない、ちょっとしかない、わずかしかない。ではなく本当に無い。無である。無。


 ちなみに私の家の血筋は国有数の魔力の高さを誇る血族であり、兄も妹も絶大な魔力を持ち産まれた。しかし私には魔力というものが体内に存在していなかったのである。びっくり。


 普通ならここで魔力が無いことで虐げられたり、冷遇されるものだと思う。というかむしろ、「お前本当にあの家の子供かよ」、みたいな、そんな感じの扱いを受けると思う。けれど、魔力があまりに無さすぎる為逆に厚遇の扱いを受けた。


 魔力というものは、いわば全身を保護する鎧の様なもの。魔力が無い人間というものは赤ちゃんに等しい。いや赤ちゃんでも魔力は少なからずある。いわば私は赤ちゃんより弱い存在だった。


 国民全員(私以外)が魔法によって人々が生活する国で、前代未聞の魔力の無い私。


 例えるならば、吹雪の中、老若男女問わず貴族も平民も防寒具を身にまとっているに関わらず、真夏の軽装で過ごしているのと同じだ。しかも赤ちゃんより弱い。


 どんなに血筋がよく高潔で血を重んじる血族でも、流石に吹雪の中にいる赤ちゃんより弱い夏服の存在には優しかった。


 というわけで私は、特に虐げられることも冷遇されることも無く、むしろかなり過保護に育てられた。兄も妹も、「ここまで魔力無いって何……? 大丈夫なの……?」と手厚く扱ってくれていた。


 しかし、私は十歳の時、自分が魔力の無さゆえ学校に通えないことを知ったのである。


 本来この国では、十二歳になると学校に通う。貴族だろうが平民だろうが、無関係に魔法の使い方をしっかりと学ぶ為、全寮制の学校に通うのだ。


 当然、魔力が無く魔法が使えない私は、学校に通えない。


 私は、父も母も、国に仕える魔導士。そして兄も妹も、おそらく魔導士になる。だから私は、国に仕える事務仕事でもしようと考えていたが、それは甘い考えだったのだ。それはもうどろどろに。


 そもそも、退学になりはしても入学がそもそも出来なかった人間に、まともな就職先は存在しているはずがなかったのである。


 私は気付いた。このまま行けば順当に、ただ家にいる人になる。


 ただ家にいる人になれば、いつか、兄が結婚したり妹が結婚して相手を屋敷に連れて来た時に、「あ、えっと、うちの長女で、魔力が無いからいつも屋敷に居る……人です」みたいに紹介される。普通に死んでしまいたい。


 どうすれば、兄や妹の結婚相手に紹介できる人間になれるのだろうか。一週間、ぐっすり眠って三食きちんと食事をして、考えに考えを重ねた結果、私は閃いたのである。


 料理人になればいいのだと。


 料理。


 どんな魔力がある人間も、お腹がすく。朝昼晩毎日三食食べるし、何なら間食だってする。私と同じ。人間の身体は、食事をとり栄養を取らなければ生きられないようになっている。ならばその食を抑える仕事をすれば、困ることはない。


 それにどんな人間も少なからず魔力を持っているということは、少ない魔力しかない人間もいる。


 むしろ魔法を使わないで生きている人間だっているはずだ。街には人がいっぱいいる。街の料理屋でなら、魔力が無くても料理が出来れば働けるかもしれない。それに、私食べるの大好きだし、これ最高の将来計画だ。


 そう考えた私は、それから料理の勉強を始め、ついでに屋敷に出る準備も開始。十八歳の春、家を出た。


「この家の名に恥じないような存在になりたいと思います。探さないでください」


 と部屋に書置きを残して。


 それから本格的に街の料理屋で下っ端として働きはじめ、お金を貯めること二年、移動式の屋台を購入した。


 移動式の屋台の購入は、正直に言えばする気は無かった。町の料理屋で下積みをして、あわよくばお店を出したいな、と思っていた。家を出る時、普通に屋台で移動して料理屋をしようなんて思っていなかった。


 しかし、家を出て私は知ったのだ。街ではどんな料理人も魔法を使って料理をすると。火をつけるのも、皿を洗うのも何もかも魔法を使う。「私は生まれつき魔力が少なくてへへへ」と誤魔化して雇ってもらい働けたものの、「少なくてへへへ」にも限界がある、


 就労七日目に人の店で働くより自分の店を出した方がいいという結論に至った。しかしさすがにすぐ店を出す資金力は無く、二年間血のにじむような嘘と誤魔化しをして働き、土地代不要の移動式屋台を購入したのである。


 移動式屋台で料理屋を営めば、客引きしながら売ることが出来る。


 持ち歩いて食べられるようにすれば配膳の必要は無い。一人で出来る。そして移動が出来るのだ。「あいつ魔法使えないんだってヤダー」とか思われても、すぐいなくなれる。それに色んな町を巡って、様々な料理を知りながら腕も上げられる。


 いけるいける大丈夫。


 そう思って移動式屋台を営み三か月、私の思惑は崩壊した。忌々しき転移魔法によって。


 転移魔法。私が最も苦手とするものである。勿論私は使えない。使う人が苦手、というか存在が苦手だ。


 まずこの魔法、遠方からの移動が瞬時に出来る。つまり移動時間を短縮どころか消すことが出来るのだ。その為、「あの屋台今隣町にいるから買いに行けないなー」とか、「今から行っても店じまいして間に合わないなー」ということが存在しない。


 転移魔法により瞬時にかけつけてくるお客様。捌く私は一人であり、そして無能ということで使えるのは私の身体だけ。


 それにより生みだされる、大行列。


 店が繁盛することはいいのだ。本当に感謝している。けれど夥しい行列により訪れた町全体に迷惑がかかり、結果的に街や近隣の店から営業妨害をしていると訴えられ、迷惑料などのお金を払ううちに赤字になってしまったのだ。


 売っても売っても終わらない。しかし一向に出ない利益。いつしか店を開くことが、自体赤字を生むことに直結した。


 そして、私は気付いたのだ。そうだ、人を雇おうと。


 人の店で働くことに限界を感じた私が人を雇うなんて本末転倒だが、このままだといずれ借金をすることになり、借金地獄に陥る。最悪としかいえない。「あ、うちの長女、借金地獄に陥っているんですよね、ははは」なんて家族に言わせる訳にはいかない。


 炎の魔術が得意な人に火力系の仕事をお願いして、水の魔術が得意な人に洗浄の仕事をお願いしよう。


 あと野菜の皮の処理とか、刻んだりできるような人とか、魔法で物を運ぶのが得意な人とかも欲しいから四人くらい雇おう。


 流石に四人くらいいれば、きっと転移魔法があっても大行列にはならないはずだ。それで駄目なら、すごい魔導士の人にお願いして、屋台の周りは転移できない呪いでもかけてもらおう。


 そう考えて町を巡りながら優秀な人材を探すと、普通にさくさく見つかった。欲しかった人材はすぐ全員揃った。


 しかしすぐ見つかったといえど、雇うまではかなり大変……ならぬ面倒だった。


 何といっても全員、性格に問題があったのだ。


 そもそも雇い主である私が魔力無しという大問題を抱えている以上、店自体に問題が無いとは言い切れないが、本当に問題のある集団だった。


 まず、火力係のデル。彼は誰か雇おうと決めた後はじめて訪れた村で会った少年である。


 炎の魔術が得意な人はいないかと村長に尋ね、「是非連れて行ってくだされ……!」と紹介された彼はとにかく痛かった。


 凄まじい痛さ。「俺はすべてを燃やし尽くしてしまうのです……」とぶつぶつ言って、常に俯き続けていた。末期ぽい痛い感じだった。


 とりあえず交流しようとすると、「俺に触らないでください、燃やしてしまう!」と右手を抑えて言ったり、「俺は化け物なのです……」と震えたりする。


 完全なる末期だった。


 痛い発言に付き合いつつベタベタ触り続けて燃えないことを証明すると、納得したらしく痛さは消えた。


 それから一緒に村を出て、屋台の火力係を務めてもらっている。今はただの穏やかな少年そのもので、痛さは村に置いてきた感じだ。


 けれど、今問題が無いわけでも無い。いや大ありだ。ありすぎる。距離感が馬鹿みたいに近い。


 野宿していると平気で人の寝袋に潜り込んでくるし、基本話すときも歩く時も、距離が無い。


 人間の正しいパーソナルスペースが完全に死んでる。そのわりに他人に触られることが嫌らしく、他人に少しでも触れられると、触られた箇所を私に触って浄化しろと言ってくる。「いや魔力使えないから」と言っても聞かず延々と浄化しろと駄々をこねる為、今のところ仕方なく撫でまわしているが、どう見てもその光景はいたいけな少年に触りまくっている変態女だ。問題がありすぎる。


 次に、洗浄と冷却係のミユハとチユハ。双子の姉妹で、ミユハが水魔法を得意として、チユハが氷魔法を得意としている為、ミユハには調理器具などの洗浄係、チユハは食材の冷却をお願いしている。


 二人とは街で出会った。


 彼女らもデルが村にいた時のような俯き具合で、「私たちのこと気味悪がらないの……?」と出会って早々言って来た。


 デルの事もあり新手の自己紹介がと疑ったけれど、水魔法得意な人の紹介をお願いした街のリーダーみたいな人は普通だったから、二人もデルと同じ痛い感じだと確信した。


 だからその発言が気味の悪さを出しているのではと指摘すると、何故か「は?」みたいな顔をされた。本気で自覚が無かったんだと思う。そのミユハとチユハも一緒に街を出ると俯いて痛い発言を繰り返すことは無くなった。


 多分三人とも、その自分の街や村にいると痛い発言を繰り返すという病気だったのだ。三人とも、故郷を出ることによってそれが完治したのである。


 けれど二人にも新たな問題が生じた。気に入らないお客様を凍らせたり水責めにすることだ。


 お客様が私に対して少しでも物騒な態度を取ると、すぐ氷漬けにしようとしたり、大きな泡みたいなものに閉じ込めてしまおうとする。


 屋台を営業している時は店長と呼んでと、何度も何度もお願いしているのにお姉様と呼び続けるし、こうして考えてみると病気が治ってよかったのか悪かったのか微妙だ。いや、楽しそうにしているから、本人たち的には治って良かったんだろうけど、お客様を平気で亡き者にしようとしてくるのは大問題でしかない。


 野菜の皮の処理や、刻みなどの下準備担当のギーは、本当に痛かった。一番痛かったと思う。末期を過ぎた病気というか、もう病気の権化みたいだった。


 そんな彼は街と街を行き来する洞窟で出会った。洞窟に入る前に近くに居た老婆に、「ここには化け物が住んでいる」と忠告されたものの迂回ルートも無く、戦々恐々としながら進んだ先に彼がぼーっと立っていたのだ。


 そのぼーっとした姿は完全に「ぬぼー」という音が出てそうなくらいぼーっとした姿で、「ぼーっとした人」という銅像ですと言われても納得できる姿だった。


 何となく「ここ、危ない化け物出るらしいから危ないですよ」と話かけてみると、「俺は化け物だ。全て切り刻んでしまう、殺生することでしか生きていけない」と発した。


 簡単にデルとミユハ、チユハの痛さを塗り替える痛さ。完全に病気の人だった。


 詳しく話を聞くと、風魔法が得意過ぎて言葉通り触れたものを刻んでしまうと言う。試しに持っていた芋を切ってもらうと、言葉通り綺麗に切れた。


 凄まじい病気の痛い人ではあるものの、人材としては優秀なことに変わりなく、屋台で働かないかと誘うと、また「俺は全て切り刻んでしまう、殺生することでしか生きていけない」と答えた為、もう見慣れたし皆似たような感じだったことを話すと、彼は化け物を見る目で見て来た。


 いやお前が言ったんだろ、何で私が言ったみたいになってんだよと反論しようとしている間に、働いてくれるといういい返事を貰ったから秒で許した。


 そして彼も、やはりと言うか、洞窟を出ると痛い発言はしなくなった。その代わり、記録癖が出て来た。


 とにかく、何でも私に関することの記録するのだ。どうやら長年洞窟で暮らしていて字を書く行為を久しくしていなかったらしく、洞窟を出てその楽しさに目覚めたらしい。


 勝手に記録されることはどうでもいいし構わないが、彼はそれをわざわざ報告に来る。誰と何回話しただとか、誰が何回私を見ただとか、本当にどうでもいいとしか言えないことを報告するのだ。


 人ではなく牛とか馬も加算され、彼の中である一定の回数を超えると、「切り刻みたいのだがどう思う」と聞いてくる。いいわけがない。意味が分からない。断ると変な顔をする。何で了承されるのか、断られないと思っているのか不思議で仕方が無い。


 彼の性癖と謎思考は問題しかない。


 運搬係として雇った土の魔術が得意なデモンズは、大嵐の中遺跡で野宿している時、自分から屋台で働きたいと志願してきた。こんな大嵐の中で雇ってほしいと現れるなんてよほどの熱意だなと承諾した。


 それからデモンズが加入し一月が過ぎた頃、痛い言動を一切しなかったため油断していたがある晩「皆私を見ると逃げていくんですよ」とか唐突に言い出したのである。


 信頼していたデモンズが痛い住人であったことに衝撃を受け、「何で皆そんな痛い言動繰り返すの? 何? 自分が特別か何かかと思ってんの? 馬鹿なの?」と怒り散らかしたら奴も私を化け物の様な目で見て来た。


 追加で怒ろうと思ったけど、ただでさえ大嵐の中働きたいと言って来たデモンズだ。デモンズは土でゴーレムを作り、人手を増やしてくれる。そのゴーレムによって反乱を起こされたら、間違いなく店が乗っ取られると考え即座に謝罪した。


 デモンズはあんまり問題が無い。滅多に怒らないし、穏やかだ。人との距離感も死んでないし、むやみにお客様をどうにかしようとしない。


 ただ本当にごくたまに、「貴女が世界を望めば、すぐにでもあげるのに」「欲しくないの、世界が」「いっそ滅ぼしても楽しいかもしれないよ」と思い出したように痛い発言をぶり返す。


 それ以外は接客態度も良好だ。因縁をつけて来た破落戸もデモンズが相手をすると、人が変わったように穏やかな笑顔で立ち去るし、酒に酔った兵士が暴れた時もデモンズが一声かけただけで、静かに片づけをして去っていく。


 痛い発言さえ除けば、本当に一番まともな人材だ。私よりまともだと思う。


 それから一年。若干普通とは言い難いまでも、そこそこ穏やかに屋台料理集団として様々な街を渡ってきた。


 平和に、慎ましく暮らして来たのだ。



 そんな平凡な集団である私たちの前に、現在。何故か魔王様がいる。


 本当なんでか分からない。ただ普通に屋台の準備をしていると、魔王様と遭遇した。お空から紫と黒の、いかにも禍々しそうな雲の中からまさかのご来店をしたのだ。絵本とか劇の絵のそのまんまの見た目だったからすぐに分かった。


 一応「お客様、今メニューをお持ちいたしますね!」と伝えたら、「否」と言われ、私は現在魔王様から微妙な距離を取って見上げている。


「は、吐きそう」


 怖すぎて。普通に怖すぎて。


 完全に死ぬ。これ絶対無理。殺される。ちょっとでも動いたら殺されてしまう。全員でここから生き残りたいけど、私の命だけで我慢してもらって、従業員の命だけは絶対に守らなきゃいけない。


 しかも何故か魔王は何故か私を「勇者」として認識しているらしく、開口一番、「勇者よ……貴様は我との戦いを望んでいるか……?」と言って来た。


 普通に考えて認識能力が死んでる。ふざけてるとしか思えない。否定しても絶望的に話が通じず、「偽るな」「そんな訳は無い」「質問に答えろ」としか言ってこない。ふざけてる。


「大丈夫ですか? あいつ、燃やします?」


 どうすべきか悩んでいると、デルが真後ろから耳打ちしてくる。あいつ、は魔王様に対してだ。 ふざけてるの? 馬鹿なの?


「ただの人間に出来る訳ないでしょうがっ」


 魔王様に聞こえないようデルに怒ると、デルは「何言ってんだコイツ」とでも言いたげにこちらを見る。


「俺には出来ますよ、貴方が俺に命令してくださるのであれば、確実にね」

「あのね、魔王はね、燃えないの。、燃えたら魔王じゃないの、そう簡単に燃えないから魔王なんだって野菜とかと違うの。 むしろ燃やす方だからね??それでこっち、燃やされる方だからね?」


 デルが最悪な方向に乗り気過ぎるのどうにか正気な方向に戻そうとしていると、ミユハとチユハが徐々に地面を凍りつかせ始めた。何? 何でこんなに好戦的なの? 馬鹿なの? 状況の把握の能力が死んでるの?


「心配しなくても大丈夫よお姉様。私達はお姉様の為ならなんだって出来るもの」

「いや、人にも限界があるんだよ。何だっての出来るの何だっては実際何だってじゃないの、ねえ」

「うん、今こそ恩返しの時。お姉様だけが私たちを受け入れてくれた。忌み子の私たちを、仲間だって言ってくれた」

「いやいやいやいや、普通に屋台の仕事仲間としてね? 壮大な感じ出してるけど屋台の仲間だからね? ここ冒険者パーティーとかじゃないんだよ?」


 ミユハとチユハの説得をしているとギーがすっと一歩前に出る。嫌な予感しかない。駄目だ。連鎖が起きかけてる気がする。


「殺すしか出来ない俺を、お前は認めてくれた。今こそ、その想いに報いる時だ」


 起きてる。病気の連鎖が起きてる。


「いや、無理だから、本当やだそういうの良くないから。落ち着いてよ、本当もうさ、野菜切っててくれない? 芋とか皮むいててよ。 本当何? また再発してんじゃん。同時多発発症なの? ねえもう本当やめて、いい加減にして、落ち着いて、風出さないで!」


 もうデモンズしかいない。デモンズにゴーレムを作ってもらって、この病人三人を連れてゴーレムで逃げるしかない。デモンズの方を向くと、彼はにっこりと笑う。


「大丈夫、僕は負けないから。絶対に君を守ってあげる。そうしたら、皆でこの世界を分けっこしようね」


「いや馬鹿じゃないの負けるわ、相手魔王様だよ? ねえ、落ち着いてよ、落ち着いてくれ頼むから、何で? 朝ゴーレムに羽生やしてみてって言ったから? それで怒ってるの? 世界とか言ってないで皆を止めてくれない? 何で地面触ってんの? いい加減にしてくれないかなあ?」


 駄目だ、全員痛い状態になっちゃってる。


 どうしよう? 何この状態?


 借金地獄より最悪じゃない?


 っていうか何で本当に魔王様ご来店してるの?何なの? 私何かした? 何もして無くない? 人に言え無いような疚しいこと何もして無くない?なのに何でこんな大災厄に見舞われてるの? なにこれ?


「ねえもう帰ろうよ、戻ろうよ、無理だって皆普通の人間だから。ただの料理人の集団なの、頼むから変な夢から覚めて、危ないから、怪我するから、今は生存本能で戦闘意識高まってるかもしれないけどそれ高まってるだけだから、攻撃力上がってないから!」


 屋台の仲間達もとい現在は病人の集団に話しかけていると、じり、と魔王が近づいてくる。何かもう腹立ってきた。


「勇者よ……」

「いやただの料理人です」

「ふん、我の前で偽りは不要だ」


 聞く耳を持たない。何なんだこいつ。本当に腹が立ってきた。こいつの黒い雲のせいで客足は完全に途絶えたし。


「勇者よ、改めて貴様に問おう、貴様は我との戦いを望んでいるか……」

「あのねえ! いい加減にしてくださいよ、何度も料理人って言ってますよね? 魔王なら勇者と戦ってくれませんか?! 何で屋台の料理集団襲ってるんですか? 恥ずかしくないんですか? 魔王なのに料理人襲って恥ずかしくないんですか? それに私魔力とか一切無いんですよ! 偽るだの言う前に確認してくれませんかねえ!」


 見上げながら怒鳴りつけると、魔王は「ぬん」と戸惑ったような声を上げると、私に向かって手をかざし始める。


 いや手をかざさなくても分かってよ。っていうか普通魔王なら人の魔力とかすぐにわかるものじゃないの?

何?


「む、魔力が感じられない」

「無いからです!」

「そんな、そんな人間がいる訳が……!」

「だからここにいるんですよ、私が!」


 魔王がかざした手を下ろす。しかし納得してない。いや納得してくれよ。無いものは無いんだよ。はっ倒すぞ。


「魔力が無い人間が、何故魔神の魂を持つ者を操れるのだ……?」


 痛さに触発されてしまったのか、


 魔王様が凄まじい痛い発言をしている。痛い。病気だ。王の魂とか、前世とか魂とかそういう不思議系列の感じだとは思わなかった。絶対墓地とか近づかないタイプだ。何か親近感すら沸いてきた。


「いや、もうそういうのいいので、私勇者じゃないので、人違いなので」

「ならば何故魔神の魂を持つものを操る……」


 魔王様が私を見て驚愕の表情をする。


 思えば目の前のこの魔王は本物だろうか?何か実は偽物だったりしていない? 思えば絵に描いたような魔王という見た目をしているから魔王だと思ったけど、魔法とかで禍々しい覇気とか出して魔王ぶってるだけで、ただの強盗とかだったりする?


「あの、本当もう興味ないので、お帰りください、一度その、家とかに帰って、確認してまたお戻りください」

「しかし貴様は……」

「お帰りください」


 いい加減にしてくれというこちらの気持ちが通じたのか、自称魔王様は静かに消えていく。何か消え方、天に召されてるみたいだ。もう現れないでほしい。


「待て! 魔王! 降りて来い! くそっ! 逃げられたかっ!」


 魔王様が消えたと同時に、何者かが私の横を勢いよく通り過ぎ、天に向かって悔しがる。


「うーわ……」


 また嫌な予感しかしない。その人物は、後ろ姿でも分かるくらいいかにも勇者ですという格好をしている。絵に描いた魔王の次は絵に描いた勇者だ。何だこの茶番。


 関わる前に立ち去ろうとデルの服の裾を引っ張り目で合図すると、デルは勇者様を燃やそうとした。慌てて止めつつ睨むと、デルは笑みを浮かべる。


 何でこんなに意思の疎通できないの?とりあえず勇者がぶつぶつお空に向かって何か言っている間にミユハとチユハの肩を掴み、移動させようとすると二人は頷き勇者の周りを凍りつかせ始めた。


 こっちも駄目だった。もうこれからギーが何かしでかすことは想像に容易い。


「ギーもデモンズも何もしないで、ここからすぐに移動するから」


 先手を打ちついでにデモンズにも注意をすると、比較的声が大きく出てしまい、勇者が勢いよくこちらに振り返った。


「貴女は……!」


 勇者の眼差しに、嫌な予感しか感じない。


「こんにちは、ただの料理人です、それではさようなら」

「待て、俺は勇者だ、偽らなくていい! 魔神の魂を持つ者を従える者……君は聖女だろう?!」


 駄目だこの勇者も意思疎通ができない。それに目も節穴だ。さらに痛い。はやく逃げよう。






◇・◇・◇






 ある所に、生まれつき、魔力を持たない料理人がおりました。


 彼女は屋台を営みながらを国の各地を巡りました。


 そして、生まれつき膨大な魔力を身体に秘めた魔神の魂を持つ者を集め、争いを続けていた魔王と人々を繋ぎ、世界に本当の意味での平和をもたらしたのです。


 しかし、そんな偉業を成し遂げたにも関わらず、彼女は、己がただの料理人であること、そして魔神の魂を持つ者はただの人で、自分の店の従業員でしかないのだと、最後の最後まで言い続けました。


 そんな彼女に、長年人としての姿を成しながらも、神に近い存在として孤独に苛まれ続けていた魔神の魂を持つ者たちは、深く感謝しました。


 魔神の魂を持つ者たちは、彼女の傍にいることを願い、彼女が永遠の眠りにつくと、その墓の周囲を守る様にそれぞれ祠を立て、自分たちも眠りにつきました。


 一番最初に眠りについたのは、炎の魔神の魂を待つ者です。


 彼は、彼女が一人ぼっちで寂しくならないよう、自分が一番に迎えに行くのだと言って、眠りにつきました。


 二番目と三番目に眠りについた、水と氷の魔神の魂を持つ者たちは、彼女がどんな姿になっていようと絶対に分かり、自分たちは見つけることが出来るのだと言って眠りにつきました。


 四番目に眠りについた、風の魔神の魂を持つ者は、何も悲しくない。起きてくるその日まで、彼女が悪い夢を見ないよう見守るだけだと言って眠りにつきました。


 最後に眠ったのは、土の魔神の魂と、闇の魔神の魂の二つを持つ者です。帰ってきた彼女は自分たちのことを忘れているから、どんな言葉をかけるか今のうちに考えておくと言って眠りにつきました


 そう、魔神の魂を持つ者たちは、彼女とまた会える日を、ずっとずっと、彼女の傍で待っているのです。


 料理人が永遠の眠りについて、何百年の時が過ぎた今もなお、料理人と魔神の魂を持つ者の話は、その形を変えることなく数多の国で語り継がれています。





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