新世界と塗りつぶされた過去

 全く呼吸を乱さずに迅速な速さで少女は林の中を駆け抜けていく…

地形を利用しつつ、廃病院から距離を取る。

それ程、大きくない湖の水辺の前で足を止め、ふと水面を見る。水面に映った少女の顔は返り血が付いていた。

「はぁ...」。とため息を吐き、手で水を掬い少女は洗顔する。


「……この新世界で過ごしてもう半年…か」


と独り言を呟きながら、半年前の自分自身を思い出す。

————————世界の始まりを。


「さぁ…起きて、


 そんな誰かの声が彼女…レンの意識を繋ぎ合わせる。

深い深い海の底から引き上げられるような感覚で目を覚ます...


 「うっ...」と声を漏らして目を開くとそこは...見知らぬ巨大な空間だった。


「ここは…どこ?」


周りを見渡すと広い休憩場、何かの販売施設、浮遊する機械。

だが、一番注目したのは…周りに居るだ。

額に角のようなものが生えている男、見惚れてしまうほど美しい金髪の女性。

だが口の隙間からは小さな牙が見えていたり……

他にも獣に近いような人間やら人の形に近い機械…?

そのような人々が立った状態で目を閉じている、中には目覚めゆく人も居るようだが…レンと同じく見知らぬ場所にいて困惑している。

困惑で後ずさる体に右手が何かが当たる…フサフサとした柔らかい触り心地だ。

「なっ、何?」。と驚きを隠せないまま、恐る恐る視線を右手の方に向けたその正体は…


…?」


犬…いや狼のような尻尾が腰から生えてる。訳が分からない……

なにか自分の体が変化している…という違和感を感じ、ガラス張りの販売施設に足を進める。

ガラスの前に立ち、己の容姿が目に映り……動く事も出来ない程の衝撃を受けた。

灰色の短い髪に透き通るような薄水色の瞳、狼のような耳や尻尾に美しくとも、可愛らしい顔はレンにとってはまるで……


「誰…?」


…別人だ。だがしかしガラスが映す姿は紛れもないレン自身だ。

その瞬間、が同時に消えていく…


「私…なの?」


そう呟いた瞬間……一つの疑問がレンの頭をよぎり、無意識に口が開いた。


「私って…誰?」


レンは…己のが消えていた…意識すら追いつけないスピードで……


あれから数分後…レンは休憩場のソファで座り込んいた。自分の過去を思い出そうとしても…


「何も…思い出せない」


と俯いてしまうのと連動するかのように耳がしゅん…とし尻尾が少し下がる。

覚えているのはレンという名前のみ…それ以外は未だ闇の中、不安がこみ上げてくる。

ふと周りを見渡すとほとんどの人々が、目を覚ましていた。他者とコミュニケーションを取る者、助けを求める者

先程のレンと同じく己の容姿を確認する者、そして過去の記憶を取り戻そうとする者達。

不安と恐怖がこの巨大な空間全体を覆っていた。

 すると突然、アナウンスから低い声が空間全体を響き渡った。


「ようこそ…科学と魔術が交差する【新世界】へ…」

「何かおもてなしをしたいところだが…まずは自己紹介が先か」


と謎の男は話し始め、周りは騒然とするが……気にもしないように淡々と話し始める。


「私の名前は『R』、この空間…『lobby』の管理人だ」

「このlobbyは好きに使って構わない。中央の休憩場、右側の販売施設、左側の銀行は全て使える。」

「奥にあるマイルーム、訓練室も使えるが規則は守って貰おう。」


と言った瞬間、lobbyの中央から画面が飛び出す。

殆どの人が状況を理解出来ないまま、腑に落ちない顔で画面を見る。

画面にはこのような事が記されていた。


 1,このlobby及びマイルームで、暴力又は殺人を禁止。違反行為と見なされた場合は相応の処罰が下される。

 2,このlobby及びマイルームで、窃盗又は破壊を禁止。違反行為と見なされた場合は相応の処罰が下される。

 3,このlobbyで、不適切、意味不明の行為を禁止。違反行為と見なされた場合は相応の処罰が下される。

 以上の三つの規則を厳守せよ。


「では続けよう……」とRは説明を続ける。


「現在このlobbyには35109人々が居るが別のlobbyへ移転する事が可能だ」

「別のlobbyへ居る彼らもたった今している説明を聞いている。多い場所では8万人以上居るな」

「移転するには私と連絡を取らなければいけない為、これを支給しよう」


と言うとレン…いや人々全員の右手のひらが暖かい青い光が溢れ出し、手を開くと…?

菱形の形をしたを手にしていた。

触れたという感覚すら無いほどに、いつの間にか手にしていたことに人々は驚きを隠せない……


「その石には二つの使い道がある、一つは私との連絡手段。もう一つは【新世界】からlobbyへの転送手段だ」


という言葉に皆が困惑しつつもレンは青い石を見つめる。


「ではここら辺で、質問を設けよう。質問がある方は挙手を」


とRは質問する時間を与えたとき、周りは更に騒然する中でレンの近くにいた赤髪の青年が挙手した瞬間、浮遊していた機械が彼の目の前にピタリと止まり中央にモニターが現れ、赤髪の青年が映し出された。

画面に移された自分の顔を見て少し驚くが、彼は話し始める。


「まず…そもそも【新世界】って何だ?」

「それから俺達はどうしてここに居る!過去の記憶がないのも関係しているんだろう?」


と彼は真剣な表情で尋ねる。それに続いてRも答える。


「【新世界】についてはこれから話すつもりだ、【新世界】について説明した所で君達がどうしてここにいるのか。何故、過去の記憶がないのかを話そう」


「先程も言った通り【新世界】とは科学と魔術が交差する世界だ。二つの線を想像して欲しい。一つは現代技術が進歩した世界、度重なる戦争で銃器、自動車、医療技術等を生み出した世界だ」


「もう一方の世界は魔術が進歩した世界で呪文、呪術、錬金術などの技術があるがもう一つあるそれは『種族』だ。獣人、鬼、吸血鬼等の種族が数多く存在している。この二つの世界がまるで糸のように結びついた世界を我々はこのように名付けた…【】と」


レンは先程見た自分の容姿が獣人だと気付く。レン以外もそうである、自分の容姿を見た者達が己の種族に気付く。

Rは淡々と話し続ける。


「そして次に、君達がどうしてここにいるのかについて話そう。それは二つの世界のどちらかのだからだ」


「誰がどこの世界に居たのかは…まだ我々は分からない」


とどこか悔しそうに説明を続ける。


「そして最後の何故、過去の記憶がないのか。それは…答えられない」

「答えられない…?答えられないってなんだよ!」


と赤髪の青年は怒鳴る。それに続くかのように周囲はRに対して批判する。


「強いて言えば…君達を為だ」


とRは答える。それ程、秘密だと大抵の人々が理解する。

「他に質問は?」とRは質問を募るが、大抵はRに対して批判する者達ばかりだ。挙手する人は居ない。


「では最後に心して聞いてほしい...」


と言うRの言葉に批判する人々は押し黙る。


「君達は…このlobbyが存在する限り…『死ぬことが出来ない』」


 ………そんな言葉が人々の胸に突き刺さると共に、を生み出す引き金となる事を、その場に居た人々は思いも知らなかった。

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