第2/3話 僕たちの父の人生
〈父〉
貴様が読んだあの物語は事実だ。私は貴様の母とともに、父を殺した。
あっけなかったよ。すべて計画通りに進み、私は彼を殺した。彼は私に命乞いまでした。
みじめだと思った。
あんなにも恐れていた相手が、こんなにも無力になっていたとはね。
しかしその時、私とそっくりなその父の顔を見たとき、私はその姿に私を重ねた。
私は悟った。
私もいずれこうなるのだ、と。その時すでに、アキは身ごもっていた。貴様だ。
すべてがいずれこの場面を再現するように思えた。いや、確信だった。
最初はお前だけを殺そうか、それともアキもろとも殺してしまおうか迷った。
しかし、それ以上にいい案が出た。貴様を乗っ取るという選択肢だ。
アキの魔力と、私の土人の魔法に対する研究を組み合わせれば、可能だった。
もちろん、失敗した時のリスクもあったが、私はそれ以外の選択は、考えられなかった。
しかし、できなかった。
私がそのことを計画していた時すでに、アキは私のもとから消え去ってしまった。
アキは私が想像していた以上に優秀だった。
その優秀さゆえに、私は彼女を選択したのだが、ここにきてそれが裏目に出るとは予想もしなかった。
アキは姿を隠し、貴様を生んだ。そして育て上げた。
私は貴様を乗っ取るか殺すかするために、必死になって全国を探したが、どこにも見つからなかった。
またあの女の優秀さだ。この城に隠れているとは。
もちろんこの城内はすべて探したが、この城内にあって、この城内になかった。
貴様も知っているだろう。
魔法だ。
あっちの世界でも群を抜いて優秀だった。彼女はこの城内に別の空間を作り、そこで暮らしていた。
私は急がねばならなかった。
人間が脳や精神の根本を形成する重要な期間は、だいたい三歳までと言われている。
さらにそこから引き伸ばしても、私が貴様を乗っ取るには、六歳くらいまでがぎりぎりだった。
私は貴様がその年になる前に、見つけなければならなかった。
しかし私には貴様が生まれた時間を知らない。もちろん予想はできたが、アキが出産をコントロールしたかもしれなかった。彼女はそれまでできる。
私は焦っていた。
いくら探しても見つからなかった。
しかしある日、一体の土人が、城の中から姿を消した。そうだ、貴様らの空間へと移動したのだ。
私は喜んだよ。
見つけた、とね。
アキはそんなことをするはずがなかったが、どうせ貴様の頼みだったのだろう。
親ばかだ。愛しているがゆえに、判断を誤る。
いや、彼女も疲れていたのかもしれない。
いやどうでもいい。
要するに、貴様が原因で、今の貴様がいるという事だ。 みな自分の業を相続するのだ。
土人を呼び込まなければ、貴様はあの部屋の中で成長し、思い通りの力を手にしていたかもしれない。
今となってはこのざまだ。…互いにな。
貴様らを見つけたが、計画はうまくいかなかった。
時間が過ぎてしまったのだ。貴様らを見つけたとき、私は喜びとともに焦っていた。
時間がなかった。貴様らは逃げ続ける。追いついたときも同様だ。
まずはアキを捕まえ、魔力を強制的に吸い出し、その後私が魔法を発動させなければならなかった。
しかも、あの魔法は相手が自ら私の手を取りにこなければ成立しない。
相手が自ら私を求めなければ、乗っ取れなかった。
貴様は私の手を取ったが、しかし魔法は発動しなかった。
アキはよくやった。
そして私は罰を受けた。
魔法は失敗し、私は貴様を直接殺す事が出来なくなっていた。失敗した時の副作用だった。
私は絶望したよ。私はあの父のようにみじめに殺されるのだと、自ら生み出したものに。
しかし私はあきらめなかった。私はもう一人子供を作ろうと思った。貴様がだめならもう一人の子供を乗っ取ればいいと。しかしそれもかなわなかった。貴様たちを捕まえた後、私はアキと交わる事に決めた。アキの部屋へと向かった時、彼女は私に微笑んで言った。
「交わるのは構わない、けどあなたの欲望は叶わない」と。
アキは自分の子宮を破壊していた。自らの手で。
私は激怒した。そこまで私を殺したいのかと。一度は求め合った中だろう。
そうまでして私は不幸にならなければならないのか。誰も皆、死にたくはない。
生まれて間もない子供は、人間として生きているのかだろうか?
まだ自我を持たずに、ただ与えられる物だけを与えられ、自ら生み出そうとしない。
それが人間か?ならば私が生まれ変わった方が、何倍もの何かを生み出せるというのに。
私はわからなくなった。何をすればいいのか。死を知って、どう生きていけばいいのかを。
私は自由のために、私の父を殺した。しかし、自由を手にした後に待っていたのは、新しい不自由だった。
私はどうすればいいのだ。
なぜ、なぜ何かをしなきゃいけないのだ。これはもう呪いだ。父から受けた洗脳だ。彼を殺した後にも、彼は私の中で生き続けていた。
しかしその時、私はひらめいた。
どうせ私は死ぬのだ、ならば私を生かせ続けようと。
私は死を受け入れた。今振り返れば、あの時すでにこの景色を眺めていたのかもしれない。
それから、私は貴様の中に私を産み付けることを考え始めた。
私の知識、私の能力、私の技術を貴様に遺伝させようと。
貴様に教育を施しているときは、私の中に、貴様に対する愛情が芽生えていた。
貴様が私の望むとおりに成長していく姿が、私にはうれしかった。
初めての感覚だったよ。
貴様が何かをできるようになった時、その時の私は貴様を愛していたのだ。
よく貴様の頭を撫でていただろう。あれは私からの愛情表現だ。
愛するとは自らの能力を相手に与えることを言うのだ。与えられたものは愛される。それだけだ。
そうして貴様は育っていった。私の型にはまるように。
しかし貴様の中に、邪魔なノイズが入っていることに私は気づいた。
貴様はすでに、愛を知っていたのだ。愛することを知っていた。それでは私とは違う。
その原因はやはり貴様の母だった。また彼女が私を邪魔したのだ。
貴様は母に会いに行くことを楽しみにしていたな。
彼女は私が意図的に弱らせていた。
記憶を戻すためだ。正しくは記憶を植え付けるためだが。
しかし逆効果だった。弱まっていく彼女に貴様は優しくしていた。会うたびに貴様と距離を置くようになっていく彼女に、貴様は会うたびに優しくしていった。
人はすでに持っている自由が脅かされると、よりその自由を求めるようになる。
だから少しずつ会う時間を少なくしていったのに。それにもかかわらず貴様は彼女をより愛していった。幼いころによほど愛されたのだろう。
だから私は、貴様の手で彼女を殺させることにした。
まだ覚えているだろう、拳銃の感覚を。母の笑みを。あれは私が仕組んだ。
いいか、貴様に母を殺させたのは私だ。
最初、貴様が廊下であった女はアキではない。私が用意した別の女だ。
アキはいつまでも洗脳に抵抗した。
だからもう、諦めたのだ。
仮面に、彼女から抜き取った魔力をほとんどを注ぎ込み、彼女に着けた。
あの仮面は本来、自らを鼓舞する目的で作られたものだ。
自然界の人間が、敵と戦うために。
つまりその仮面には、人を動機づける作用があるということだ。私はそこに目を付けた。
つまり仮面は意図的に動機をコントロールするためのものだ。
ある動機を強くし、ある動機を弱める。
貴様には主に、抵抗感を押さえつけさせた。
アキの仮面には貴様への殺意を増幅させ、保護する気持ちを無くすようにした。
つまり彼女は、自らの力で、貴様を殺そうとしたことになる。
そんな状態の彼女を倉庫に待機させた。あの部屋は、貴様がアキを殺すためだけに作ったものだ。その倉庫に偽の母が貴様を追い込み、本当の母がその中で貴様を追い込む。
追い込まれた貴様は、引き金を引かざるを得なくなる。あの時貴様にかぶせた仮面も、抵抗感をなくすものだ。母を殺すことへの抵抗感だ。
あの時なぜ拳銃にしたと思う?
私が貴様を殺しに来るときのための、つまり今この瞬間のためだ。
貴様は刀で私を正そうとするが、できない。そうして私は最後に、貴様に勝つ。試合に負けて勝負に勝つということだ。
貴様は最終的には私を超えることもできず、私を生かし続ける。
刀は私には効かない。
その刀はもともと自然界にあるものだった。
神に祭られていた。
自然界の伝説では、それは切りたいものを切れる刀と言われていた。
しかしアキは真意に気づいていた。
その刀で切れるものは己の中の他人だと。彼女は歴史から読み解き、さらには自らに使っていた。
そのおかげで、私は彼女と出会えた。
彼女は自然界全体からの希望だった。それは全人類からのプレッシャーを意味する。
己の意思の中に、人々の意識が嫌でも流れ込むのだ。
彼女は本来、好奇心旺盛な娘だったが、社会からの欲求に、それを抑えていた。
才能のあるものにとって、それ以上の苦痛はないだろう。
そんな時彼女は刀の事を知り、そしてその力を使った。
だから彼女は、私とともに来た。
今までと違う世界へと。
貴様にもきっと、答えを求める欲求が強く出ただろう。
私はそれが邪魔だ。だから貴様には仮面をかぶせた。
…仮面はまるで他者の願望だな。
ほかにも、貴様には伝えなきゃならないことがある。あのメイドのことだ。
貴様に集団暗殺を依頼したことがあったな。あれはあの娘を貴様に救わせることが目的だった。
母を殺し、愛する対象を失った後、貴様はその対象を求めていた。
もちろん貴様は気づかない。仮面に隠れているからな。
私がアキを求めたように、貴様にもその対象が必要だった。
そうすることによって、私に、父に再び牙を向け始めることになる。
あの暗殺集団は私が手配したものだ。彼らが手配されるように、クライアントをそそのかした。
貴様はそうして、彼女と出会い、自らを安定させていった。
貴様らに渡す情報を最小限にしたのは、そのためでもある。
人間は殺し続ける事には耐えきれない。
人間はそもそも人を積極的に殺すようには設計されていない。殺すためには何かしらの大義が必要だ。
例えば、誰かのためとか、自らを守るためとか、そうやって自らを正当化していくとともに、貴様らは私への牙を磨き始める。
最後に貴様が自然界へ行くまでの事だ。
もうわかっていると思うが、貴様の意思決定はどこにもない。すべては私を含めた環境によって決定づけられている。
しかし正直言って、王国の娘が入ってきたのはイレギュラーだった。
王国から私のところに暗殺の依頼が来ていた。王から直々に。自分の娘を殺せと。
あの娘にかけられた呪いは、どうやら失敗だったらしい。いや、実験自体は成功したが、彼女にかけられることが失敗だったようだ。
本当は国王と王女、そしてその側近にかけようと作られたものだった。
しかし理由は聞かなかったが、あの娘にかけられてしまったようだ。私はあの老婆の仕業だとみているが、真実は知らない。王たちは、私と同じように、生き残りたかったらしいな、…笑わせる。
私には都合がよかった。本来ならあの老婆に貴様を預けようと思っていたのが、あの娘とともにあることによって、貴様は私に対してより強力になるシナリオが描けた。
これで私の計画は完璧になった。
あとは貴様の愛するものを奪い、取り戻そうとさせれば、終わりだ。
終わりは今だ。
ようやく私は解放される。
私は死なない。
私は貴様らの中で生き続ける。
そして、今度は貴様らから次の世代、そして次の世代へと私は引き継がれていく。
私は生きる。
私は貴様らの中で生き続ける。
これが人間の歴史だ。一人一人の人生が、過去から現在、現在から未来へと橋渡しを続けていく。
さぁ、貴様は何を生む?
父はほほ笑んだ。
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